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「そういうふうに、すぐに隅っこで座られるとやりにくいんだよなー!」
入学して二ヶ月も立った体育実技の授業。エグゾスケイルアーマーの実習の時間で、いつもどおり、実技をすぐに終わらせて体育館の隅に座っていた尾地に、クラスメートの男子が大きな声を上げた。
体育館にいる全員の動きを止めるくらいの大きく怒りがこもった声だった。
大声を出したのは和栗貴文、入学初日から尾地に対していい印象をもっていなかった男子だ。
尾地の彼に対するこれまでの印象は
「毎日ちゃんと髪型を決めてきてえらいな」
といった感じくらいだ。
「だいたいなんで、こんなおっさんが俺たちと同じクラスなんだよ。そいつが毎回、授業じゃ課題をすぐに終わらせて二時間座ってるだけ。何しに来てんだよ」
まだ座ったままの尾地は「まあ、そうだよな」という感想で聞いていた。
「できるんだったら、こんなとこいないでとっとと仕事しろよ、オッサン!」
どうやら文句は終わったようだ。会場は尾地のリアクションを期待していた。ゆっくりと立ち上がってこれまでの和栗君の姿を思い浮かべる。
「そういえば」
和栗君は尾地が授業で正解を出すびに嫌な顔をしていたな。そして特にキリカさんと話している時にこちらを睨んでいた。
尾地も相応の歳を重ねているので、クラスメートの視線だけで誰が誰を好きか、気にかけているのか。人間関係を観察だけで洞察できた。
「もうちょっと気を使うべきだったか」
学校のクラスの中で、飛び抜けた中年が活躍するなんてことは、少年少女たちの成長の場の阻害でしかない。それを勉強が楽しくて、忘れていた。
立ち上がった尾地はほんのちょっと笑顔を浮かべた顔で和栗君を見る。
「それと、キリカさんを取るなんてことはありえませんから」
心のなかでそう言ってから、ゆっくりと近づく。自然、全員の視線が尾地に集まる。怒声を浴びせられても静かな大人に、和栗は少し後ずさった。
教師のタジマが動きそうになったので、尾地は目でそれを止めた。和栗に文句を言おうとしたキリカにも、目と頷きだけで動かないようにお願いした。
和栗君の目を見た後に話し始める。
「和栗くん、忠告ありがとう。私自身、いい歳をして学生でいることに浮かれてしまっていたようだ。
まず皆さんに謝らなければいけません。私は私の素性を皆さんにお伝えしませんでした、それはこの教室で学ぶ立場であっても皆さんとは違う、別の人種として半年やり過ごそうと思っていたためです。皆さんを無視することで、皆さんから無視してもらおうと思っていたからです」
ざわつきが起こる。この場にいる皆が尾地の言葉を聞いている。和栗くんは何かを言い返そうとしたが頭に言葉が浮かばないため毛、パクパクと口を動かす。
「皆さんに私自身の事を語らなかったのは…恥ずかしかったからです。
実を言いますと私はプロの冒険者です。すでに二十年以上冒険者をやっている人間です。しかし、免許を持っていません。この冒険者免許制度というのは十年以上前に作られたものですが、首都沈没の時代から冒険者をやっている私にとっては…自らの血と命を張って冒険者という人生をやってきた私にとっては、役所の認定による後付の免許なんてのは、侮蔑的なものにしか思えてなりませんでした。だから今まで一度も免許をもったことはありませんでした」
この場を収めるべき教師のタジマは壁に背を預けて、全て聞き終わるまで待つ姿勢だ。
「しかし、その結果、免許の非保持者はダンジョンに入れなくなり、やむなく免許取得のためにこの学校に入り、このクラスでみなさんと一緒に学ぶこととなりました」
「かっこわるー!」
キリカの声が飛び、少なくない笑いが周囲に起こる。
「たしかに、かっこ悪い。免許がないこともかっこ悪いし、皆さんに素性を隠していたこともかっこ悪い」
尾地もそうだと認めた。
「私も半年間、静かにやり過ごすつもりでした。しかし…」
尾地は下を見つめて、少し黙った後
「楽しかったです」
見上げた瞳は輝いてた。
「授業が、勉強が、知識が楽しかった。今ままでの冒険者人生で感じていた経験が知識により形が整えられ、強度が増していくのを感じました。自分自身の曖昧な体験が新たな見識により磨かれ輝くのを感じた。ダンジョンにはなかった感覚がココにはあった」
クラスメートの半分は尾地の意見にうなずき、もう半分は理解を示さなかった。
「皆さんには学ぶ権利があり、それを阻害することは許されない。そして皆さんのノイズになっている私にも、同じ様に学ぶ権利があります。我々の社会は、異なる人間同士の権利を並び立たせることを目標としています。どうか皆さんには、私が共に学ぶことを認めていただきたい…そうお願いします。
そして、遅れましたが…、
無免許冒険者の尾地です。四〇代です。みなさん、よろしくおねがいします!」
頭を下げ、尾地は入学して初めて、クラスメートたちに自己紹介をした。
「あ、の、その」
言葉を挟む余地がなかった和栗がようやく
言葉を発した。
「その…アーマーの実習は?」
最初に言ったことだ。隅っこに座ってるなと。これからどうするの?ということだ。
その返答であるかのように、尾地の装着しているアーマーの各所が輝き始めた。メモリーが活性化している。
いきなり飛び上がる尾地の体。
和栗の目の前で螺旋状に回転して一気に天井ギリギリまで飛び上がった。
尾地の伸ばした足は、回転する刃物となって、空中連撃の武器と化す。
空中上昇八連蹴
天井スレスレから落ちてきた尾地は、ほとんど着地モーションを取らなかった。着地の衝撃すらメモリーの力で消しているのだ。
「ごめん、アーマーとメモリーの使い方に関してのみは、教わることは一切、ないんだ」
尾地がそう謝ると、教師のタジマが
「そんな超高等技術見せるなー、生徒に悪影響だー」
と文句を言ってきた。




