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注目の中、サナレーン侯爵は、優雅な余裕を保ったまま、軽く咳払いする。
「不肖の身が求婚の使者としてまかりこしましたのは、先の斎王猊下の御遺命に従ってのこと」
先の斎王とは、先日亡くなったイブリールの老「かんなぎ」のことである。
新帝やサナレーン侯爵家の面々の母代わりを勤めた賢婦人として名高い。
「猊下は、神よりのお言葉を賜り、我らへお伝えくださいました。無論、神の叡慮によって、セレスティア殿下の御身の御無念も承知の上のこと」
「な、何をっ……!」
レスニアは激高した。
「馬鹿を申すでない! 子の産めぬ妃など迎えて何の意味がある!」
そのような建前の理屈を抜きに、彼女は強い拒絶を見せる。
何があっても、セレスティアに栄光を与えるのは我慢ならなかった。
「我らが神のお導きにございます。そもそも、我がイブリールは、偉大なる使徒「水晶の御使い」さまの御采配によって興されました帝国。よって、神の御叡慮を何より重んじております」
サナレーン侯爵は、「皇帝に直系の子が誕生し得なくとも、神の加護があるために、その示唆を最優先する」と断言したのだ。
神の意志を受けて建国されたイブリールの民としての強い自負の現われである。
だがそれは、皇室に最も近しい血を有した外戚である自分の存在を誇示しかねない危険な発言でもあった。
もし、皇帝が子を設けず崩御する事態が訪れたら、玉座は彼の元に転がり込むのである。
しかし、サナレーン侯爵の姿勢には、至高の座への執着はかけらもない。
傍観する者に真偽など察せられないが、表面的には、ただただ、「かんなぎ」の遺命を尊重するばかりだ。
「な、な、な……」
レスニアは、わなわなと震え出す。
「サナレーン侯爵さま……」
ここに至って、セレスティアが口を開いた。
応じて、彼は一礼する。
「……不躾を承知で伺います。おおせの通りでしたら、わたくしは、真実の妻として招かれるのではなく、神の御威光を担い、陛下の御養育に携わる身と……なるのでございましょうか?」
セレスティアの優れた問いに、サナレーン侯爵は、ほんのわずかに口元を緩めた。
果たして、今の言葉にどれほど重要な意味が込められているのか、理解した者が他にいるのかどうか……。
「御意にございます」
サナレーン侯爵は、全く平静に同意を示した。
「……なれば、御成長の暁には……皇室を離れ、静かな暮らしを……お許し頂けると、そう……考えてよろしいのですね?」
皇籍離脱。
つまりは、離縁である。
皇帝を導く者として、並び称される至尊の座に就く必要があるが、いざ幼君が成人した後は、一切の権利を手放すので、自由を保障してほしいと交渉したのだ。
「それこそ、全ては神の御叡慮。教えを奉じる者として、お導きに従うばかりにございます」
サナレーン侯爵もまた、見事な切り返しをした。
さすが、皇室の外戚として有史以来の繁栄を誇る一門の長である。
幾らでも取りようのある言葉は、相対する者の器を測る問いのようでもあった。
(……)
セレスティアは、内心で苦笑を堪える。
この先の問答の無意味さを察したのだ。
結果が見えたと、言っても良い。
この男はきっと、いや、間違いなく、自らを幼君の伴侶としてイブリールに連れ帰るのだろう。
そして多分、それが自分に与えられた運命なのだと、セレスティアは理解する。
また、サナレーン侯爵の器量にも感服を禁じ得ない。
好奇心がくすぐられ、これほどの人物が忠誠を捧げる君主を見てみたいとも思う。
(この国に……わたくしの生きる場所はない……)
だが、だからと言って、唯々諾々と従うのは危険過ぎた。
「そこまでおおせ頂けますのを……光栄に存じます……」
セレスティアは、ひとまず退却を望んだ。
今はまだ、結論を急ぐべきではない。
「過分なお言葉に正直な気恥ずかしさもございますし……何より、あまりに突然で……。少し、考える時間を頂戴いたしたく存じます」
実際のところ、妥当な言葉である。
バルモア三世はそれに同意し、セレスティアはようやく退出を許された。




