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「……妄言をさえずる侍女の何をお庇いなのかなど、知る由もございませんが、お父さまが、そのような愚かしい行いをなさるはずがないぐらい、娘であるこのわたくしが誰よりも存じ上げております。あなたは……、一国の主にて、神に認められた真実の王妃を伴侶とされる御身」
父に反論を許さず、エテルティアは厳しい口調で告げる。
「侍女ごときと戯れるような恥知らずな行為。わたくしのお父さまが、なされるはずはありません。なぜならそれは、西ティアモラの継承権を有する王女であるお母さまを愚弄するに外ならないからです」
彼女は、現状の祖国。東西ティアモラが統一された真因を、言外に訴えた。
王妃は、王にとって掛け替えのない唯一の存在でなければならないのだ。
準ずる存在など、あってはならない。
……実際それは、王妃の出自云々のみならず、「夫婦」に対し、神の定め賜うた摂理である。
「勇み足の過ちとは言え、曲がりなりにも正式な婚姻を果たしてしまった以上、先の王妃とお母さまを、妻と言う立場に置いて同列に扱うのは、……承伏しがたい感情を殺して、認めぬ訳にはまいりますまい」
故マヌエラ妃が、口惜しいながらも正式な先妻であると、エテルティアは明言した。
「なれど、お父さまは、過ちを越えて、正式な……真実の王妃を娶っておいでの御方。賤しい娘風情を、高貴な妻と並べるなど、言語道断の愚行でございましょう?」
それを引き替えにする形を取って、手付きの侍女を、どこまでも貶める。
……と言うより、そのような女が存在しては、正当にて真実の伴侶であるレスニア妃も、侍女と並び称される屈辱に見舞われてしまうのだ。
つまり、祖国再統一の道筋を作った西ティアモラ王女にて、東西ティアモラ王妃となったレスニア妃を卑しめる結果に繋がる。
思いも寄らなかった大前提を指摘されて、バルモア三世は遅まきながら、多くの危険に思い至った。
エテルティアは、いきどおりを堪え、軽く肩を上下させる。
言いたいことは山のようにある。
だが、それを口にしたところで意味などないと彼女は理解していた。
「……あなたは……東西ティアモラ再統一を果たされた君主として、歴史に名を残される国王陛下なのです。その業績を汚すような行いは、厳にお慎みくださいませ」
このような訓戒を、わざわざ告げなければならないのは、嘆かわしい限りだ。
だが、バルモア三世の自尊心をくすぐる指摘ではあった。
そう……。
彼は、王と民双方にとっての長年の悲願だった東西ティアモラを再統一させた君主であるのだ。
前妻を不遇に追いやった後妻の計らいの結果でしかなかろうが、事実は事実だ。
「お父さまの治世は、後の世に長く語り継がれる、栄誉あるものでなければなりません。それを汚そう存在は、名代たるわたくしが全力で排除いたしましょう」
「ま、まさか……ラモーディを……」
業績を傷付ける者は容赦しないとのエテルティアの姿勢に、見せかけの誇らしさへ心を揺らめかせていたバルモア三世は我にかえり、表情をひきつらせた。
「お父さまを貶める虚言を告げた報いを、その者は受けねばなりません」
「よ、余の子なのじゃ! そなたの、妹か、弟であるかもしれぬのじゃぞっ!」
彼は、起き上がろうと、寝台の上を這う。
「わたくしの兄弟は、イルストのみ!」
その動きを制して、エテルティアは断言した。




