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さすがに、流れの騎士の時代や、その延長だった折と異なり、頭巾を被ってはいない。
相変わらず、ぱさついた髪の手入れはなく、どれほどの長さになるのか定かでない後ろの方を、そのまま背の肩布の中に垂らしているようだが、端整な容貌を晒け出し、まとう装束も、かなり上質なものへと変じている。
「外交官特権を侵害なさるのですか?」
今、ウォールグ大公がしようとしているのは、大使の拘束。
……否!
殺害だろう。
「すでに敵となった者に、何の敬意を表する謂われがあろうか! 生かしておくことさえ危険じゃ!」
ウォールグ大公は吠えた。
しかし、ラーダも負けていない。
「敵国の大使閣下だからこそ、生命を奪うなど、ティアモラの尊厳を損なう愚行にございます!」
彼は、ドリュー伯爵を背に置いて、ウォールグ大公へでなく、現時点における、事実上の最高権力者のエテルティアへと訴える。
実際、その通りだった。
「黙らぬか!」
かつてのタスト公爵同様、ウォールグ大公もまた、この男の聡明さを疎んじている。
こうした発言を許される現状も、能力に対する正当な処遇なのだが、そうは捉えず、エテルティアのなす扱いを不当と捉え、妬ましく思って仕方がないのだ。
「この者が大使となって、すでに十年近く経っておる。我が国に対する理解も深かろう。イブリールにその知識が渡るのを、阻止せねばならぬ!」
正確には赴任から八年だが、これまた尤もに聞こえる発言だ。
恐らく彼は、生粋のティアモラ人よりもこの国を良く把握している人物だろう。
表面的な情報のみならず、詳細な分析までを果たしているはずだ。
「……あ、……」
ドリュー伯爵が何か訴えようとして呻くのに、ラーダは振り返って彼を睨み付ける。
「ティアモラの国体を傷付けてもですか?」
そして、彼はウォールグ大公と再度対峙した。
「国の内情が筒抜けになって良いと言うのか!」
国体などよりも、遙かにそれは重要だと応じるウォールグ大公の発言に、廷臣たちも同意を見せる。
だが……。
「大使閣下が把握してある情報なら、すでに全て、イブリールに報告済みのはずです」
ラーダの訴えるところは、更なる得心を誘った。
紛れもない事実だ。
ティアモラが各国に派遣している大使たちにしたところで、日々、詳細な情報を祖国へ発信している。
まして、平時ならぬ緊張状態に陥っているのだ。
いつ何時、その身が拘束され、危機に晒されるか知れないとあっては、入手した一切を、寸暇を惜しんで報告するに違いない。
それこそが、外交官の役目だった。
エテルティアは、息で笑った。
「……ラーダの訴えに、分があろうな……」
王女の采配に、ウォールグ大公は悔しさを隠そうともせずに表情を歪める。
しかし、公正な判断であるのは疑いようもない。




