5
生まれてはじめて足を踏み入れた大広間において、セレスティアは父に謁見する運びとなった。
そこにはなぜか、多くの廷臣たちが詰めかけている。
華やかな装いをまとう彼らが作った人垣の中を、質素……いや、いっそ見窄らしいとさえ言える装いの王女は、乳母一人を従えて、毅然と玉座を目指して進む。
「この方が、セレスティアさま」
「何とお美しい……」
「誠……マヌエラさまに瓜双つじゃ……」
ざわめきが走った。
直後、王妃の座に腰掛けるレスニアが厳しい睨みを放ったため、広間は沈黙に包まれる。
「セレスティア……まかりこしました……」
はじめての宮廷にも関わらず、完璧な作法でセレスティアは王と王妃にまみえる。
ここで自らを王女とも、ロールウェル女領主とも自称しないのは処世術だ。
肩書きは、何一つセレスティアの身の安泰をもたらしはしないと、誰よりも本人が理解していた。
「おお……よう、参った……」
玉座のバルモア三世は、何とも複雑な表情で第一王女を迎える。
セレスティアの母である先の王妃・マヌエラの姿が、その脳裏には甦っていた。
(何と……何と、美しく成長して……)
王は感嘆の涙を懸命に堪える。
一方のセレスティアもまた、奇妙な想いに捕らわれていた。
(このような方だっただろうか……?)
父に最後に会ったのは、もう六年近く前だ。
母の生前は、わずかな時間を縫ってあの離宮を忍びで訪問していたと聞くが、没後はそれも途絶え、第一王女との邂逅もほんの数回しか果たされていない。
セレスティアにとって、父の姿を目の当たりにするのは、久しぶりどころでないのだ。
記憶には、むしろ肖像画のそれの印象が強い。
だが、今、目の前に座す男の憔悴ぶりはどうだろう?
年齢より遙かに老け、疲れた気配が漂っている。
反して、傍らに傲然と座するレスニアは、義理の娘に対して隠そうともしない激しい憎しみを放ち、その気迫に支えられてのものだろうか? 脅威の若々しさを見せ付けているようだ。
憎い女の忘れ形見との対峙に備え、ありったけの衣装や宝石で身を飾り、最高の化粧を施し、満を持していたのだろう。
実際、セレスティアがその姿を目の当たりにするのははじめてだが、彼女の美しさには圧倒させられる。
……だからと言って、感服などするはずもないのだが。
「陛下っ」
陶酔の心地で第一王女を凝視する夫を、レスニア妃は非難の声で咎める。
バルモア三世は、はっ……と我にかえって咳払いした。
「……セ、セレスティア。……我が娘よ……。そ、そなたに伺候を命じたのは、他でもない……そなたへ縁談があってな……」
「わたくしに……?」
あまりにも思いがけない言葉に、セレスティアは目を丸くした。
とてもメリットなどあり得ないだろうに、誰か酔狂な求婚者でもいるのだろうか?
何より、肉体の特異を充分自覚している身には、悪い冗談でしかない。
背後の乳母の、凄まじいうろたえが察せられるだけに、セレスティアは反応に苦慮した。
「そ、そうなのじゃ。……ほ、ほれ、サナレーン侯よ」
名指しを受けて、列席者の一人と思しき青年貴族が一歩前に出た。
「お初に御意を得ます。……我が主君イブリール帝レスヴィック陛下より命を受け、セレスティア内親王殿下への求婚の使者としてまかり越しました、宰相補佐の任にございます、サナレーン侯爵レオニードと申します」
肩口に着くかどうかのさらさらとした黒髪と緑の瞳をした、細身の美しい青年である。
洗練された優雅な物腰は、見る者の陶酔を誘うようだ。
宰相補佐を勤めし侯爵なる高位にありながら、華美を嫌うたちであるのか、あるいはイブリールと言う地のお国柄なのか、まとう装飾品も慎ましい限りだった。
ティアモラにあって、彼の年頃の高位の貴族ならば、その地位や権力、財産を誇示させるように先祖伝来の宝石などで飾り付けるのが専らだと言うのに、そうした気負いが全くないのだろう。
実際、醸し出す優雅な雰囲気だけで、充分過ぎるほどに彼の「人物」を物語ってはいる。
無論、装束の仕立ては見事の一言。
趣味の良さは、感嘆を覚えるばかりだ。
優れた美的感覚を有しているらしく、最小限の宝飾品のいずれもが素晴らしい調和で、彼を引き立てている。
しなやかな十指にも宝石の煌めきはなく、実に小振りで品の良いシンプルな平打ちの印章指輪が一つ、光るのみだった。
ティアモラの宮廷では考えられない、いっそ質素とさえ片付けられる出で立ちである。
「……わたくしへ……求婚……」
とにもかくにもセレスティアが復唱すれば、視界の片隅で、王妃が表情を歪める。
どうやらこれは、彼女にとって、望ましくない事態であるらしい。