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国母セルア  作者: 小松しま
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「お祖父さまが!」


 イブリール首脳陣が集う閣議の席で、急使にもたらされた報告書を読むセルアは言葉を失った。

「失礼をっ!」

 硬直する皇妃に誰もが訝る中、傍らに座していた初老のラジアナ大公が、セルアの手から書簡を受け取る。

「……何と! ゼルフィード大神官台下が、暗殺されたとっ……!」

 途端、ざわめきが起こる。

 ゼルフィードは、前妃マヌエラの父にて、セルアの祖父。

 ローディアナ神殿有数の重鎮として、サザル入りしている救援隊にも多くの協力をしてくれている人物だった。

 ちなみに、台下とは、大神官位を担う者へ敬称だった。

 猊下と称される、斎王、そして大神官長に次ぐ立場として、そのよう尊重されている。

 とは言え、こうした正式な場に限って用いられる符丁のような扱いのものであり、専らには、ただ、大神官さまと呼ぶのが慣例だ。

「何ですと!」

「そのようなっ!」

 ここで彼を殺して利益を得るのは、ティアモラ王室が最たるものだろう。

 ラジアナ大公はなおも読み進める。

「……し、痴れ者がっ!」

 ややもせずに、わなわなと震え、怒りを吐き出した。

 その憤りは、凄まじい限りだ。

「……殿下?」

「一体……」

「どのような仔細が?」

 書簡には、皇妃付き侍女・アレノーワが下手人として逮捕され、詮議を受けている旨が記されていた。

 その黒幕はセルアであるとの筋書きが用意されているともだ。

「馬鹿な!」

「アレノーワ殿が、どうしてそのようなっ!」

「濡れ衣じゃ!」

「そもそも、なぜ、妃殿下が、実の祖父君を刹い奉るような筋合いがあろうか!」

 全くその通りだ。

「即刻、ティアモラに抗議を! アレノーワは、我が国よりティアモラの民を救うために派遣せし一員。その身柄を、イブリールの威信にかけて奪還しなければなりません!」

 セルアは驚愕から必死に立ち直り、強く命じた。

 臨月に近しい身重の姿で、いっそ痛々しいほどだ。

 ここに集う者の中には、「秘密」を知っている者も少なくない。

 彼らは、セルアの腹部の膨らみが、ドレスに忍ばせてあるあの神器によるものとわかっていても、たまらない健気さに心打たれる。

 事実上、たった一人の頼りとなる身内を、セルアは喪ったのだ。

 そして、その犯人扱いを受けてもいた。

 いかばかりの衝撃に見舞われているかなど、推察するまでもない。

「畏まりまして!」

 即座に臣下たちは動き出す。

 だが、そう易々とかなうような問題ではなかった。

 各国家には、固有の裁判権がある。

 それは、他国の圧力に左右されるべきものでないのだ。

 罪を裁く権力は、断じて外部より侵害されてはならない、国が国であるための重要な要素である。

 おそらくティアモラは、この抗議を、国辱たる干渉だと訴えて来るだろう。

 そうしない方がおかしい。

 しかし、もはや、正攻法での交渉がかなう段階ではなくなった。

(急がなければ……! アレノーワの生命が危うい!)

 セルアは、たまらない焦燥に奥歯を噛み締める。

 実の姉のように大切に思う侍女を、何としても助けたかった。

 情のみならず、彼女には、何の罪もありはしないのだから!

 しかし、ティアモラ側が繰り広げるだろう今後の展開は、容易に想像できる。

 先方は間違いなく、アレノーワに罪を着せ、見せしめを兼ねて処刑するはずだ。

(お祖父さま!)

 セルアは、亡き偉大なる大神官を呼ぶ。

(どうか……どうか、アレノーワをお救いくださいませ! ……お願いです、お母さまっ!)

 祈るだけでは何にもならないぐらいは、百も承知している。

 それでも、セルアはまだ若輩の身でしかないのだ。

 いかに皇帝代行の権力を有していても、手立ては限られていた。


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