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運命の日、セレスティアは生まれてはじめて、本来の住まいであるはずの王城に向かった。
ヴァストォール城。
ティアモラの首都ヴァストォールの中心に位置する威風堂々たるその建造物は、三百五十年の歴史を誇る、国の宝とされている。
かつて祖国が東西に分割される前にも、二度にも渡って首都となり、王城の名誉を賜っていた。
歴代の東ティアモラの王たちにとっては、自らの継承権をより権威付けする象徴でもあり、戴冠はこの地で行うよう定めていたほどだ。
粗末な馬車に乗ってその城門をくぐり抜けるセレスティアは、小さく身震いした。
(おぞましい……)
城の領域に入るや否や、たまらない負の感情が全身を覆う。
これは、断じて気のせいではないだろう。
「姫さま?」
ただ一人の供として同乗を許された乳母……母に続いて、二代に渡って仕えてくれている忠義の者だ……が案じ顔を見せるが、セレスティアは作り笑いで首を振った。
(無理もないだろう。……わたくしは、この城の女主人にとって、招かれざる客……。いや、いっそ殺したいほどに憎んでいる存在なのだから……)
わずか十四才でありながら、類い希な叡智の主。
自らの立場を容易に推理できる。
実際、暗殺未遂事件も幾度となく経ており、回避した経験があるだけに、含蓄のある結論だ。
全く以て無理もないと、誰よりも本人が理解している。
セレスティアの、亡き母マヌエラ妃の容貌に瓜双つの姿は、レスニア妃にとって、疎ましい限りのものだろう。
「かんなぎ」や高位の聖職者に準じる存在として、更に、王族としての栄達を望まない旨を言外に訴えるかのように結い上げず、ただゆったりと背に降ろした緩く波打つ青みがかった銀の髪と、凍てついた冬の湖のような瞳の怜悧な美貌を誇る王女は、どこに出しても人々の羨望の対象となる存在だったが、その姿は宮廷人たちの目に触れる機会はなかった。
だが、実際に双方を見た者は片手の数もいないはずながら、もう一人の王女エテルティアと全く対照的な麗しさだと、噂が噂を呼んで、常にひそかな話題となっているらしい。
エテルティアもまた、母であるレスニア妃に酷似した、赤みの強い金髪に、燃える炎のような瞳の王女である。
容貌も素晴らしく整ったものだと言う。
しかし、セレスティアは興味もなかった。
強がりでも何でもなく、会ったこともない異母妹に、セレスティアは全く関心を抱いていなかった。
ロールウェルの領地拝領の際にすら顔を見せなかった父も、その後妻たる義母も、もちろん、異母弟にも、特段の感情を持っていない。
あまりにも早熟で賢しい身。「肉親の情」への見切りを、本当に幼い時分につけてしまったのだ。
それからはもう、自分に与えられた世界の中で、果たすべき役割を勤め上げるために腐心して来た。
この先の生涯、ロールウェル内に留まって、その繁栄のためだけに邁進するのに不満もなく過ごしていたのだが、突然の呼び出しだ。
王命に逆らう謂われもなく従順に従い、今に至る。
「ああ……それにしても、一体、どのようなお呼び出しなのでございましょう。……これほど、突然に……」
乳母は、ひどく心細げに窓の外を眺める。
ずっとうち捨てて来たセレスティアに対して、王が今更手の平を返し正当な処遇をするとはとても思えない。
悪い予感が募るのも仕方がなかった。
「さあ……」
応じながら、セレスティアも眉間を寄せる。
良い用件であるはずがないぐらいは、容易に察せられた。
昨日足を運んでくれた神官の話しでは、異母妹のエテルティアが、自らの領土を欲しているらしいので、それをかなえるための領地替えが沙汰されるのでは……と、達観している。
ロールウェルは丹精した大地であり、自らの成長の日々を知った上で大いなる同情を寄せ、後には心からの敬意を捧げてくれるに至った、慕わしく思う領民たちの住まいであるが、王がそれを取り上げると言うのなら、セレスティアに拒む術などない。
一応とは言え王族なので、その後も最低限の暮らしは保証されるはずだと、セレスティアは慰めにもならない納得を自らに強いる。
諦めるのに慣れている身なので、父の仕打ちに今更傷付く謂われもない。
(悩んだところで意味などない……)
セレスティアは溜め息を押し殺した。
(なるようにしかならないのだ。わたくしにできるのは、その上での判断しかない……)
初々しいはずの思春期にありながら、いっそ痛ましいまでの結論だ。
そしてそれは真理でもある。