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「……私の子、か……」
しばしを経て、ようやく呼吸の落ち着いて来たセルアの肩を抱きながら、レスヴィックはつぶやいた。
「……陛下……」
「あなたは、どうして、それほどまでに、子孫にこだわるのですか?」
「……どうして……?」
夫の言葉が理解できず、セルアは目を丸くする。
「当然ではございませんかっ! 陛下は、このイブリール皇室唯一の直系であらせられます。お世継ぎを設けるのは、義務でございましょう? 国の誰もが、それを希っております!」
血の継承。
自身が、有史以前より続く神官の名門の末裔であるために、セルアは一層それを重く受け止めているのだ。
否応なしに、この代で、血脈を閉ざしてしまう事実に強い罪悪感もある。
だが、所詮は爵位すら持たない一門の問題。
歴史の長短はあれ、帝国の皇室が代々受け継いで来た系統を絶やすのとは訳が違う。
イブリール皇家の断絶は、一国に留まらない、凄まじい影響力を有する大事となるのだ。
「帝国は、神の御意志によって誕生したもの。あなたを迎え入れたのも然り。……そして私は、その恵みに深く感謝しています」
神の采配によって結ばれた二人である。
何にも優る恩寵だと、レスヴィックはそう主張してはばからない。
臣下や民たちも同様で、神の祝福を受けて誕生したセルアを讃え、心からの忠誠を捧げてくれていた。
子供を産むのが、難しい身と承知の上で!
セルアにとっては、つらいばかりだ。
彼らの想いに応えられない自らが許せない。
「……わたくしはっ……」
「セルア」
レスヴィックは厳しい瞳を見せた。
「あなたが、イブリールの繁栄を望んでくれるのを嬉しく思います。けれど、子を産むことだけが、君主の伴侶の役目だと言うのですか?」
「……陛下……。何を……?」
「そうした考えは、世の御婦人方や、かつて君主たちの伴侶となった全ての「かんなぎ」さま方を、子供を産む道具扱いするのに相違ないのでは?」
「そんなっ……」
あまりの暴論だ。
セルアは懸命に首を振った。
しかし……本当に否と、言えるのだろうか?
確かに、諸国の歴代君主の中には、同性の伴侶を選んだ者もそれなりの数でいる。
当然、後継者を設けられず、兄弟や近しい親族に次代を委ねたものだ。
そしてまた、妃を迎えたところで、その全てが直系の子孫を産み落とせた訳ではない。
女であっても、「かんなぎ」であっても、同様に。
それこそ、神の思し召しだったのだろう。
子供を産む道具扱い……とは、尊厳を無視するような言葉だが、実際、その立場にあって役目を果たせなかった妃たちは皆、ひどく苦しんだに違いない。
……罪などでは、断じてないのに!
「……神の差配に、全てをお委ねしましょう。私は、あなた以外の誰にも、この身も心も捧げるつもりは、毛頭ありません」
「……陛下……」
「……例えあなたが……抗いがたい運命によって、私を遺して、「神の園」へ召されたとしても」
「……そんなっ……」
たまらない歓喜がセルアの胸を満たす。
嬉しい、のだ。
たしなめなければならないのに、心が震える。
「けれど……皇統は……」
堪えられない涙を零して、セルアは憂慮を告げた。
皇室の直系は、もはやレスヴィックただ一人。
傍系に委ねるにしても、最も近しい血筋であるサナレーン侯爵やその姉弟に、皇位を継承する意志はない。
無理強いに、意味もないだろう。
となれば、更に血を遠くしてしまうだけだ。
やむを得ないと、誰もが納得してくれるのだろうか?
セルアにはとても、レスヴィックに倣って神の意向を待ち受ける悠長な気持ちになれなかった。
その時である。
「陛下!」
扉の向こうから切羽詰まった侍女の声が響いた。
二人は互いを見合う。
もはや充分な深夜である。
一体何事かと、悪い予感を覚えて無理はないだろう。
果たして、もたらされた報告は、スィーナー公爵の、急な逝去であった。




