11
ロールウェルの離宮に戻ったセレスティアは、しばしもせずに客の訪問を受けた。
神官たちを除いて全く稀で、乳母を含めて、わずか四名の使用人たちはそのもてなしに苦慮してしまう。
何せ、この離宮の暮らしぶりは、庶民と同程度である。
最近は領土から上納される税が増しているため、幾らかの余裕が生じているとは言え、隣国の大貴族を歓待できるような仕度は皆無だ。
しかし、案ずるに及ばず、客人たるサナレーン侯爵は、様々な食料や生活用品を土産として持参してくれた。
この場の貧窮ぶりを承知の上でのおとないは、恐縮しきりだが、嬉しい贈り物であるのは確かである。
「不躾な訪問に、温かなお心遣い、痛み入っております」
供した茶菓子の大半は彼の土産だったのだが、ほんの二品ばかりセレスティア手製のケーキとビスケットがあり、サナレーン侯爵は、それに感謝を述べた。
彼と、離宮の主であるセレスティアが対峙しているのは、食堂を兼ねた居間だ。
使用人たちの居室を含めて、たった五つしか部屋のない離宮と呼ぶのすらはばかれる建物なので、他に客人を通す場所もない。
それでも、宮廷作法に則って、乳母が同席の上での歓待となった。
ちなみに、サナレーン侯爵の方には付き人がいない。
離宮までは、荷馬車を御す下男がいたものの、持参のそれらを引き渡すなり先に帰っており、彼は単身でのおとないを果たしたのだ。
随行者への心づけに不自由な窮状を把握しているからこその配慮だろう。
「こちらの御菓子は、殿下のお手造りと拝察仕りますが?」
サナレーン侯爵は、ここでも慧眼の問い……いや、確認をする。
セレスティアは苦笑して同意した。
「お恥ずかしながら、我が家には、専任の料理人がおりません。手の空いた者が、兼ねての作業を賄っております。……それは、わたくしとて同じこと……」
四年前、突然の卒中で料理人が身罷った後、王城から後任は派遣されなかった。
変わり者ながらも腕の良い料理人だった彼は、出世街道から弾かれたこの職場を大層気に入り、幼い日のセレスティアに様々な調理を教えてくれた祖父のような人物だった。
今は、たった一人の下男……こちらも祖父のように慕っているが、亡き料理人よりは畏まった関係だ……と、侍女二名、そして乳母の四人がセレスティアに仕えてくれている。
下男にしても乳母にしても、もはや高齢。
一人何役もこなさなければならない楽とは言えない業務であるため、宿下がりを促しているが、二人して頑として首を縦に振ろうとしない。
自分たちがいなくなったら、離宮の運営がが更に苦しくなるのを理解しているためだ。
侍女たちにしても、母の存命中からの忠義の者であり、婚期を逃して仕え続けてくれているため、すっかり嫁遅れになってしまった。
器量よしの上、大変な働き者のため、これまでの歳月、幾度となく縁談はあったものの、彼女たちもまた、不遇の王女を見捨てられず、今に至っていた。
下男を除き、いずれもセレスティアの肉体の秘密を知る者たちである。
「……うむ……」
サナレーン侯爵は、ビスケットを口に運ぶ。
そして、笑みを見せた。
「大変、おいしゅうございます」
「……お恥ずかしい……」
追従などでないとわかっているからこそ、セレスティアには、他の言葉もない。
「我が家では、相対する御方の人となりを察するには、お手料理や、お手ずからのお茶をお振る舞い頂くべし……との教えがございましてな。いやはや……確かにお人柄の滲み出る、いたわりに満ちた優しい味わいでございます」
「………………。侯爵さま」
それこそが彼の配慮の言葉であると察しつつ、セレスティアは本題を促した。
その表情に感服を示して、サナレーン侯爵は軽く一礼する。
「単刀直入に申しましょう」
彼は食べかけのビスケットを皿に戻すと、真剣な眼差しで告げた。
「殿下のお手造りを御馳走になり、先の斎王猊下の御遺命の真意を確信いたしました。御身は、我がイブリールに不可欠の御方。何としても我が国にお迎えいたしたく存じます」
「……ですがっ」
堂々巡りになるとわかっていても、セレスティアは、否を告げずにいられない。
「御懸念は無用のもの」
サナレーン侯爵は、苦慮する言葉を切ってきっぱりと告げる。
「殿下が、男児として、この世に生を受けられたこと、臣もすでに承知してございます」
「なっ!」
まさか、隣国の者が、そこまで正確な情報を把握しているなどと、どうして想像できただろう?
反応したのはセレスティアでなく、その椅子の背後に控えていた乳母だった。
セレスティアは、彼女にわずかに顔を向けて迂闊な発言をしないように目配せでたしなめる。
そして、サナレーン侯爵に向き直った。
彼は、セレスティアに対する一人称を「臣」としている。
その事実の重みを、理解できないはずもなかった。
サナレーン侯爵の中で、セレスティアが主君の伴侶となる未来は、もはや動かしがたい決定事項なのだ。




