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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
最終章 アリア ~僕と晴希の愛の軌跡~
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86話 天使の導き

 その日、僕は夢を見た……僕が絶望し、壊れてしまった日から一度も見る事のなかった晴希の夢だ。


 夢の中の晴希は優しい顔で、僕の事を見つめると、いつもの調子で……


「もう直樹さん、遅刻だよ」

「ごめん、晴希。その……」


 言いたい事は山ほどあったのに、いざ面と向かうと何も言えなくなってしまう。


 そんな自分が嫌で……情けなくて……

 ずっと俯いていると……


「ふふっ……なんて冗談だよ。私、全部知ってるから、直樹さんが辛かった事も、ずっと苦しんで来た事も……」


「……晴希」


 そう言うと晴希は笑顔で許してくれた。そして、再び向かい合うと、今度は少し寂しそうな顔をしながら……


「私の事を好きになってくれて、ありがとう。でも、もう私は傍にいてあげられないから……直樹さんには、新しい幸せを探して欲しいの」


「晴希……」


 もしかしたら、これは僕の身勝手な妄想で、晴希に肯定する様な事を言わせてるだけじゃないかと、自分自身を疑っていると……


「直樹さん……今、私の言った事を信じてないでしょ?」

「えっ? いや、そんな事は……」


 ……図星だった。


 ジト目で見つめる晴希に、僕がアタフタとしていると晴希は、軽く微笑みながら……


「ふふっ……無理しなくて良いよ。じゃあ、信じて貰える様に直樹さんの知らない秘密を教えてあげる」


 そう言うと晴希は得意気な顔をしながら、僕に詰め寄って来た。このやり取りが、妙に懐かしくて……僕の心は、不思議と温かくなっていた。


「私はね……私は、直樹さんと出会ったあの日に、本当は、死んじゃうはずだったんだよ」


「えっ?」


 婚約発表会から抜け出した晴希は、人生に絶望していた様で、あの夜……命を絶ってしまうつもりだったらしい。


「本当に、運命だって思ったの。こんな私でも幸せになれるんだって……あの時は、本当に嬉しかったんだよ」


「……晴希」


 そんな時に、僕と出会った事で運命が変わったんだと晴希は言った……当然、これは僕も知らなかった事だ。


 何でも、結婚三周年記念のビデオレターの中に、この事実は隠していたらしいのだが、焦心しきっていた僕は、ビデオレターの存在すら忘れてしまっていた。


「火事の時も、式場で刺されそうになった時も、直樹さんが身を呈して守ってくれて私、嬉しかったんだよ。だから、もう自分の事を責めないで良いんだよ……あっ!?」


「えっ?」


 自らの想いを伝えた晴希の体は、次第に透き通ってゆく……もしかしたら、僕が自責の念で潰れてしまうのを危惧して、会いに来てくれたのかも知れない。


「ごめん、話したい事いっぱいあったのに……もう、時間が無いみたい」


「晴希ぃ……あぁ……」


 ドタッ


 晴希の事を何とか引き留めたくて、夢中で抱き締め様としたが、体は空を切ってしまい……体勢を崩した僕は、そのまま倒れてしまった。


「消えないでくれよ、頼むよ。うううっ……」


 涙で顔をグチャグチャにした僕が、必死に訴えかけると、晴希は優しく微笑みながら……


「大丈夫、私はいつでも直樹さん達の事を見守ってるから、心はずっと一緒だから……」


 僕が顔を上げると、晴希もまた涙を流していた。


 これが、きっと最後……

 本当に、最後なんだと悟った僕は……

 目に溜めた涙を腕で振り払いながら……

 心に溜め込んでいた想いを口にした。


「僕は、晴希と出会えて……本当に幸せだった。こんな僕の事を好きになってくれて、ありがとう……愛してるよ」


 口下手だった僕が……

 晴希へ送った最後の言葉だった……


「私も直樹さんと出会えて、幸せだったよ。今まで私の事を想っててくれてありがとう……愛してる」


 僕が優しくキスをすると、晴希は春風に溶けて消えてしまった。消えゆく意識の中で晴希の声が聞こえる……


「短冊板……私の願い……だよ」


 僕が笑顔で頷くと、優しい風が辺りを包み……

 この夢の世界は、終わりを告げてしまった。


 ・

 ・

 ・


 夢から覚めると僕の枕は、溢れ出た涙でビショビショに濡れて冷たくなっていたが、その唇には微かな温もりが残っていた。


 夢の記憶は鮮明に残っているのに、どうしても最後に取り交わした晴希との約束だけが思い出せず、僕はもどかしくて……やりきれない気持ちだった。


 ――大切な約束だったはずなのに……


 数日後、自宅へと帰宅した僕は、山になっていた郵便物の中からビデオレターを探し出した。小さな封筒の中には一枚のディスクが入っており、再生してみると……


【ちょっと恥ずかしいんだけど、出会ったあの日から直樹さんは、私のヒーローだったんだよ。これが運命なんだって、本気で……】


 夢の中で語っていた通り、出会った日に晴希は、本当に命を絶つつもりでいたらしい。


 夢と現実が重なった瞬間、僕の胸は急に熱くなり、嬉しさと切なさから涙が溢れたが、それと同時に謂れのない使命感へと駆られた僕は思う……


 ――思い出さなきゃ……絶対に……


 そう意気込んだ僕だったが、強い決意とは裏腹に結局、約束は思い出す事が出来ず、迷走してしまい、やるせない日々が続いていた。


 そんな、ある日の事だった……


「直樹さん、明日は予定空いてますか?」

「特に、予定は無いけど……何かあるの?」


 亜紀から誘われたのは、七夕に行われる花火大会だった。楠木駅から徒歩数分の所に会場があるらしく、どうやら一緒に行きたかった様だが……


「それなら、特設会場なんかよりも、もっと良い場所……ああっ!!」


 ――そうだ……短冊板だ!!


「亜紀さん……行こう」

「えっ? ちょっと……花火大会は、明日ですってば」


 そう言うと僕は、亜紀の手を引いて走り出した。初めは戸惑っていた亜紀も、これが晴希の遺言だと知ると快く付いて来てくれた。


 僕は、思い出していた。

 あの夢の中で交わした……

 大切な晴希との約束を……


『短冊板に書いてある私の願いを、直樹さんに叶えて欲しいの』


 短冊板には、晴希が残した願いが書かれているはず……もしかしたら、誰かに伝えたい事や未練があったのかも知れない。


 僕達は晴希への想いを胸に、短冊板のあるパン屋『ル・シエル』を目指した。

※死んだ人が夢に出てくるのは、夢占い的には『守護』や『再出発』の意味があるそうです。



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