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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
最終章 アリア ~僕と晴希の愛の軌跡~
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84話 最期の約束

 お寺へと走り出した夏稀は涙を腕で拭いながら、思い出していた……


 晴希との最期の約束を……



 ― 夏稀の回想 ―


 一年前の今日、ナイフで刺された晴希の下に駆けよった夏稀は、ただ必死に声を掛け続けていた……


「ハルっ!! ハルっ、しっかりしろよ!!」


 力無く倒れ込んだ晴希のドレスは、血で真っ赤に染まり、一刻の猶予も無い事が分かった。


「なっ……ナツ……ナツなの」

「ハル、大丈夫だ。今、救急車も呼んだから……すぐに病院へ連れていってやるからな」


 晴希の胸に空いた傷は深く、その顔は生気を失ったかの様に真っ白になっていた。


「私ね……直樹さんと結婚する事が……夢だったの」

「分かったよ……分かったから、もう喋るなよ」


 その時、夏稀の脳裏に蘇ったのは、結婚式の数週間前に晴希と取り交わした約束だったと言う……


『私ね、直樹さんと結婚する事が夢だったの。もし、その夢が叶ったらね……私、もう死んでも後悔しないと思うんだ』


『いや、死んじゃ駄目だろ。それより、結婚式の日は晴希達もお酒飲んだりして大変だろうし、終わったら俺が代理で婚姻届を出して来てやるよ。まだ俺は、お酒も飲めないしな』


『ありがとうね、ナツ。やっぱり持つべき物は親友だね』


 まさに、幸せからドン底へと突き落とされた気分だった。


 何故こんな事になってしまったのかと悔やんでいると晴希は、自らの死期を悟ったかの様に夏稀の方に顔を向けながら、あるお願いをして来たと言う。


「ナツ……私達の結婚を……無かった事に……しないで……お願い……」


「……分かったよ……ハル」

「あっ……ちょっと小湊さん!!」


 そう言うと夏稀は、外に向かって走り出した。慌てて引き留め様とした亜紀だったが……


「亜紀先生……直樹さんの事……お願い……しま……」

「晴希ちゃん? 晴希ちゃーーん!!」


 晴希は亜紀に僕の事を託すと、そのまま意識を失ってしまったらしい。


 最早、風前の灯……晴希の命が、もう長くはないと悟った夏稀は、夢中で走っていた。靴のヒールが折れようと、何度転んでも……やらなきゃならない事があったからだ。


 キキィッ……


「テメェ、引き殺されてぇのか!! って、アンタ政斗さん所の……」


 道路の真ん中で腕を大きく広げた夏稀は、一台のバイクを引き留めると、藁をも縋る思いで土下座をした。


「お願いだ……親友の命が危ないんだ。この婚姻届を早く出しに行かないと、ハルが……うううっ」


「後ろに乗りな。事情は知らないけど、アンタ程の人が頭を下げるなんて、余程の事なんだろう」


 そして、市役所まで到着した夏稀は、急いで婚姻届を提出すると亜紀へと電話を掛けたらしい。


「もしもし、先生ですか。晴希達の婚姻届は無事に受理されました」


「ありがとう、晴希ちゃんにすぐ知らせるわ」


 僕と夫婦になれた事を聞いた晴希は、眠ったまま一縷の涙を流すと、優しい笑顔で天国へと旅立ったらしい。


 ・

 ・

 ・


「折角、夫婦になれたのに、草原さんがあんなじゃ……ハルが報われねぇよ」


 そう言うと、夏稀は悲しそうな顔をしながら静かにお寺へと、戻って行った。一回忌の法要を終えると一同が解散する中、残った亜紀に夏稀が問い掛ける。


「先生は、これからどうするんですか?」


「私は……これまで通り、直樹さんを支えて行くつもりよ。大丈夫、いつの日かきっと晴希ちゃんの死も受け入れて……立ち直ってくれるって、信じてるから」


 何かを決意した様に強い眼差しで夏稀を見つめると、亜紀は笑顔でそう答えた。すると夏稀は少し心配そうな顔をしながら……


「自分の幸せは、どうするんですか。そんな事してると婚期逃しちゃいますよ」


「私は良いのよ。ただ直樹さんが立ち直ってくれた時に、一緒にいてあげたいの。直樹さんの辛さを分かってあげられるのは、たぶん私だけだから……」


 そう語る亜紀は微笑んでいたが、何処か寂しそうにも見えた。夏稀は、どうにも納得がいかないよう様で視線を横に反らすと……


「ハルとの約束ですか?」


 晴希が死に際に僕の事を頼んだ事が尾を引いているんじゃないかと心配した夏稀が、再び問い掛けると亜紀は少し困った顔をしながらも……


「それもあるけど、違うわ。私ね、やっぱり直樹さんの事が好きなんだと思う。それに私は……直樹さんから大切な人を奪ってしまったから、その罪滅ぼしも理由の一つかな」


 何でも亜紀は小さい頃に、交通事故で死に掛けた事があったらしい。その日は濃い霧が掛かっていて、横断歩道を渡ろうとした亜紀に向かってトラック走って来たのだと言う。


 間一髪の所で歩道に突き飛ばされた亜紀は、軽傷で済んだのだが、助けてくれた男性は、そのままトラックに轢かれて帰らぬ人となってしまったらしい……その男性こそが、僕の父親だった様だ。


「先生が良いんなら、俺は止めないけどさ」

「心配してくれて、ありがとうね」


 そう言って手を振った夏稀は、少し寂しそうな顔で去っていった。

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