80話 運命の掛け違い
― 式場近くの公園 ―
怪しい黒スーツの男がベンチへと腰掛けている。時折、式場の方を向いては、何だかソワソワとしている様に見えた。
そんな男に近付いて来たのは、なんと中年のお巡りさん。胸から出した手帳を見せると……
「佐武 寅泰さんだね。安倍 雅俊さんの事で聞きたい事があるんだが……署まで同行して貰えるかな?」
「……安倍さん?」
何があったのかも伝えられず、頭にハテナマークを浮かべたまま佐武は、警察署に連行されてしまった。
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― 結婚式場のチャペル前 ―
全体集合写真を撮り終えて一段落すると、晴希の後ろに女性陣が集まり、我先よと身構えていた。これから始まるのは、幸せのお裾分け……ブーケトスだ。
「じゃあ、始めるよぉ。3、2、1、えいっ」
晴希の投げた白薔薇ブーケのバトンは、フワフワと空を漂いながら、ある女性の手へと落ちた。
「次は、亜紀先生の番だね」
「ふふふっ……ありがとう、晴希ちゃん」
ブーケを受け取った亜紀は嬉しそうに微笑んでいたのだが、その横で悔しがっていたのは……
「…………」
「ナツ、そんなに気を落とすなよ」
ブーケを取れなかったのが、余程ショックだったのだろう、肩を落とした夏稀は、そのまま披露宴会場の方へと歩いて行ってしまった。
皆が披露宴会場に向かう中、僕達は……
カシャカシャ……カシャ……
「良いね、良いね……良いよぉ、二人共。じゃあ、次は、もっと近付いてポーズしてみようか?」
「ふふっ……撮影楽しいね、直樹さん」
「でも何だか、テンダイの方が楽しんでない?」
一眼レフのカメラを構えた元テンダイは、前後左右、飛んだり、寝転がったりしながら僕達の写真を撮りまくっていた。
「藤代さん、そろそろ会場入りしないとテーブル席の写真が撮れなくなりますよ」
「あっ、いけない。じゃあ、僕は先に行って皆を写真に納めとくよ」
「宜しくお願いします」
そう言うと、元テンダイは会場の方へと走っていった。僕達が後で写真を見るのを楽しみにしていると……
「あらあらっ、藤代さんも大変ですわね」
すると、テンダイと入れ替わる形で声を掛けて来たのは、天音だった。何やら少し深刻そうな顔をしているが何かあったのだろうか?
「実は、新しい祝電が届いたんですの。コレですわ」
どうやら先ほど、手渡しで追加の祝電が届けられたらしいのだが、その送り主の名前があまりにもふざけていたので、悪戯ではないかと天音は疑っている様だ。
内容を見てみるとそこには……
【草原 結婚式へ参列出来なくて、ごめん。あれから安倍さんとも色々話したけど、どうしても決心する事が出来なくて、こんな俺を許してくれ。お前達の幸せを心から祈ってる。激情の童貞・佐武】
「こっ、これ……サークルの先輩からだよ。名前は、コードネームなんだ」
なんと祝電は、ずっと恨まれていると思っていた佐武からだった。どうやら、随分と悩んでいたらしく、安倍のアドバイスもあって電報を送ってくれた様だ。
「わぁ……面白いね。ちなみに直樹さんのコードネームは?」
「若葉の童貞・草原……だけど」
「ふんっ……下品な名前ですわね。まあ良いですわ、サークルの先輩なら追加しても問題ありませんわね」
そう言うと、司会の準備もある事からと天音も会場の方へと歩いて行ってしまった。だが、僕には腑に落ちない事があった……安倍の事だ。
祝電の内容を見る限り、佐武はもう怒ってる様子はない、腹いせに阿倍を刺した事に違和感を感じていると……後ろから城崎が声を掛けて来た。
「草原君達に、僕から特別なプレゼントがあるんだけど、良かったらこっちへ来てくれないかな」
城崎は優しく笑うと穏やかな口調で、誰もいないテラスへ僕達を誘導した。
その頃、病院では……
― 病院 ―
緊急手術を終えた安倍は、集中治療室で治療を受けていた。依然として意識は戻らないが、臓器や太い血管の損傷は無く、何とか一命を取り留めていた。
そんな様子を心配そうに見つめる太田、土井、水嶋……
「安倍さん、手術は無事終わっただによ」
「佐武殿は、どうして、こんな酷い事をしたでござるか」
すると、安倍の目がうっすらと開いて、酸素マスク越しに何かを話してる様に見えた。
「しししっ……心配しなくても、さささっ……佐武さんなら、さき程、けけけっ……警察が確保したみたいですから」
その言葉を受けた安倍は目を見開くと、手をバタバとさせながら、付けていた酸素マスクを無理矢理外し……
「佐武じゃない、俺を襲ったのは……草原が危ない、急いで連絡しろ」
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チャペルの影で太陽が遮られた薄暗いテラス……
すっかり浮かれていた僕達は、城崎からのサプライズに胸を膨らませていたのだが……
「城崎さんからのプレゼントって何だろうな」
「ふふっ……楽しみだね」
「きっと、二人にも気に入って貰えると思うよ……ふふふっ」
城崎が取り出したのは薔薇の花束だったのだが、少し違和感があった……その花弁が、焼け焦げた炭の様に黒い色をしていたからだ。
僕達が顔を見合せながら戸惑っていると、城崎は表情一つ変えること無く淡々と語り出した。
「草原君……君は西洋の魔女狩りを知っているかな」
「城崎さん?」
僕には城崎が何を言っているのか良く分からなかった。何かサプライズに関わっているのだろうか?
「神に謀反した者への制裁だよ。腹を切り裂き、腸を引き摺り出して見せしめにするんだ」
「城崎さん、急にどうしたんですか?」
最早、理解不能……
話の意図を理解出来なかった僕達が困惑していると突然、城崎の顔が豹変して鬼の形相となり……
「常に清純潔白でなければならなかったんだ『神の依り代』たる君は……不貞行為など持っての他だ。それをこの女は誘惑し、誑かし、貶めた……これは神へ対する冒涜なんだよ」
「さっきから、何を言って……えっ?」
すると、城崎はスーツの裏から刃渡り15㎝程の鈍く光るナイフを取りし、僕達に見せつけながら刀身をペロリと舐めた。
「神に仇なす魔女は、駆逐しなきゃならないんだ」
「まさか、安倍さんを襲ったのも……」
すると城崎は、天を見上げ薄気味悪い表情を浮かべながら高笑いしだした……
「あはぁ、あはははぁ……僕だよ。アイツは五十代童貞を語りながら、ずっと僕達の事を騙してたんだ、当然の報いだろ」
何でも安倍はバツイチで、元妻との間には息子がいたらしい。
教育費も毎月支払い、月に一度は必ず食事にも行っていて離婚後の関係も良好だったらしい。だが憎悪の炎を燃やした城崎は、なんと事故に見せ掛けて息子を殺してしまったと言うのだ。
何でも、その息子は僕に雰囲気が似ていたらしく、安倍は自分の子の様に僕へと厳しくも優しく接してくれていたらしい。
「ココに来る前に真相ー話したら、逆上して掴み掛かって来てさ……つい刺しちゃったんだよ。あははっ……親切に関係を断ち切ってあげたのにね」
「あっ、アンタは……」
しどろもどろになりながら後退りしていた僕達だったが、城崎はコチラを睨みながらニコッと笑うと……
「怖がらなくても、もう大丈夫だよ。今から僕が、魔女の呪いから君を解き放ってあげる……さあ、断罪の時だよ」
そう言うと城崎は、持っていた内ナイフを静かに持ち上げながら、晴希の方へと走り出した。
※直樹達が良い雰囲気の中、舌打ちしていたのは城崎だった様です。詳しくは『74話 カタルマシス』を御覧ください。




