76話 インビテーションリフト
和訳『招待状の亀裂』
※今回は、箸休めでは無く、本編直結になります。
「えへへっ……このドレスはどうかな?」
「良いと思うけど、さっきのも似合ってたから迷っちゃうな」
季節は巡り、僕達は結婚式に向けて準備を行っていた。式場選びからブライダルプラン・ドレス選びに至るまで、やる事はいっぱいだ。
仕事の合間を縫いながら足を運ぶので、多忙ではあったが、不思議と辛いと感じる事は無かった。
「直樹さん、朝御飯出来たよ」
「あっ、ありがとう。うん……凄く、美味しいよ」
この頃から結婚生活を見越して、互いの家へと出入りし、半同棲生活を送っていたのだが……そんなある日の事。
「草原君、ちょっと良いかな?」
「えっ? あっ、はい」
バイト中、急に店長から呼び出しを受けたのだ。何か、ミスをしてしまったのではないかと僕がオドオドとしていると……
「藤代君が退職した事は知ってるね」
「はい……」
あの事故以降、テンダイは暫くの間、入院していたが、退院後に仕事へ復帰する事無く、そのまま退職する事になったらしい。
天音の会社に転職する話は元々、伺っていたので特段、驚きは無かったのだが……
「実は新たな店長代理に、君を推薦しようと思うんだが、やってみないか?」
「それって、つまり……」
どうやら店長は、僕を正社員として雇用し、店長代理へ割り当てたいと考えているらしい。僕に取っては願ったり叶ったりの展開ではあるが正直、不安が無い訳では無かった。
「僕なんかに勤まるでしょうか?」
「それは、君次第だよ。私は問題無いと思うけどね」
最終的には人事部の判断にはなるそうだが、正社員への雇用と店長代理の就任を推薦して貰える事になった。
家に帰った僕は早速、晴希にこの事を話すと……
「直樹さんがテンダイか。ふふっ……なんか似合わないね」
「晴希もやっぱりそう思うか……でも、まあ正社員で雇用して貰えるチャンスだしさ」
そう言って笑い合える事が僕取っては掛け替えの無い時間だった。その後、正式に雇用が決まり僕は晴れて店長代理となった。
結婚式まで3ヶ月を切った頃、招待状の準備をしていると……
【緊急招集】
なんと『中年童貞の集い』の招集であった。
晴希との一件で半年以上も参加していなかった事もあり、少し気まずいと思う反面、どうしても直接、結婚式への招待状を渡したかった僕は、会合へと参加する事にした。
阿倍の部屋に向かうと、中には錚々たるメンバーが立ち並んでいた。
五十代童貞
『情熱の童貞・安部』
四十代童貞
『博愛の童貞・城崎』
『激情の童貞・佐武』
『大食漢の童貞・太田』
『自然派童貞・土井』
『人見知童貞・水嶋』
三十代童貞
『若葉の童貞・草原』
リーダーの阿倍には結婚と脱退の意向は伝えてあり、忙しい中、全員召集してくれた様だ。
「えーー……この度、ピュアグリーン・草原が結婚する事になり、この集まりからも抜ける事になった。少し寂しくはなるが、最後の挨拶をして貰ってから乾杯をしたいと思う。じゃあ、草原頼む」
「ココは、僕に取って心の拠り所でした。抜け駆けする形で不快に思われるかも知れませんが、良かったら親交の深かった皆さんを結婚式へ招待させて下さい」
そう言うと僕は1人ずつ真っ直ぐに向き合いながら、招待状を手渡して行った。
「阿倍さん……こんな僕を迎え入れてくれたのに、すみません」
「そんなにシンミリすんなよ、めでたい事なんだからさ。俺は盛り上げ隊長として結婚式に参加させて貰うから宜しくな」
そう言うと阿倍は、僕の頭を撫でながら大笑いをしていた。すると……
「僕も参列させて貰うよ。今から式が楽しみだね」
「城崎さんも、ありがとうございます」
そう言うと城崎は、柔らかい笑顔で招待状を受け取ってくれた。
「結婚式は、ご馳走いっぱい出るのかにぃ?」
「がぁははは……ブーケは俺がゲットするでござる」
「どどどっ、土井君……きききっ、君は花嫁にでもなる気ですか?」
「みんな……ありがとうございます」
すると、太田、土井、水嶋も笑顔で招待状を受け取ってくれた。
そして最後の1人、佐武の前に立つと……
「佐武さん、今までありがとうございました。良かったら結婚式に……あっ」
ビリビリビリ……
佐武は鬼の様な形相で僕の手から招待状を奪い取ると……なんと、ビリビリに破いてしまった。
「何を勘違いしてやがる。恩を仇で返しやがって……俺は絶対に認めねぇからな。結婚式もぶち壊してやるよ」
「おい、こらっ、佐武どこ行くんだよ」
余程、気に触ったのか佐武は、阿倍の制止を振り切って部屋から出ていってしまった。まさかの事態に僕が肩を落としていると……
「もうあんな奴はもう知らん。放っとけ、放っとけ……さあ折角、草原が持って来てくれた『八重垣』で乾杯しようぜ」
出ていってしまった佐武に怒りを露にすると、安倍は乾杯し、持ってきた銘酒をガブガブと飲み出した。
ただ、どうしても佐武の事が気になってしまった僕は顔を強張らせると……
「僕、佐武さんを探して来ます」
「主賓がいなくなって、どうすんだよ」
家を飛び出した僕は辺りを見渡してみるが、既に姿はどこにも無かった。暫く辺りを駆け回っていると、河川敷の方に佐武らしき影を見つけた。
「佐武さん、待って下さい」
「こんな所まで追って来て何なんだよ。そんなに俺を怒らせたいのか?」
すると佐武は胸ぐらを掴み上げ、鬼の形相で睨みつけた。だが、僕は臆する事も無く、その澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめると……
「不快な思いをさせてしまい、すみませんでした。最後、こんなお別れになってしまうのが嫌で……」
「それが迷惑なんだよ。人の気も知らずに……お前は俺達を裏切ったんだ」
普段は寡黙な佐武だが、この時ばかりは興奮して、激しい口調で食って掛かって来た。
でも僕も負けじと……
「それでも、僕は佐武さんの事を……」
バシッ!!
すると、佐武の拳が僕の右頬へと当たってしまい、口内を切ったのか、口いっぱいに血の味が広がる。
「テメェ、いい加減にしろよ。良いか、二度と俺の前に姿を表すな」
「…………」
そう言い残すと、佐武はどこかへと走り去ってしまった。肩を落としながら阿倍の家へと戻る僕だったが、殴られた頬よりも心の方が痛かった。
「お前……どうしたんだよ、その顔」
他のメンバーは、既に酔い潰れて寝てしまっていたが、僕の様子に気付いた安倍が介抱してくれた。
「すみません、安倍さん。悪いのは全部、僕なんです。佐武さんの事を許してあげてくれませんか」
「この後に及んで人の心配とは……どこまでお人好しなんだよ。まあ、佐武の事は見捨てたりしないから安心しろよ。アイツが辛い目にあって来たのは知ってるからさ」
何でも佐武の女嫌いは、幼少期のトラウマが原因らしい。シングルマザーだった母親は男狂いの毒親で、佐武と幼い妹を捨てて出て行ってしまったらしい。
「その後、佐武達は施設で保護されたらしいんだが……」
「…………」
なんと佐武が高校生の頃……女子達のからの陰湿なイジメにより、なんと妹は自殺してしまった言う。
「佐武さん……」
「アイツの事は俺に任せろ……大丈夫だ」
安倍はそう言うと、静かに僕の肩を叩いた。
ご覧頂き有り難うございます。
第五章も、これで完結となりますが、如何だったでしょうか?
『最後章 アリア 〜僕と晴希の愛の軌跡〜』も引き続きお楽しみ下さい。
※タイトル回収になります。
※物語はついに『真愛』へと続いてゆきます。
※銘酒『八重垣』の詳細については『29話 ジェネラルミート』を御覧ください。




