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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第五章 セレナーデ 〜巡る季節と紡いだ絆〜
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73話 トゥルーディテール

和訳『詳細事実』

 ― ホテル ―


 雨に打たれていた事もあり、僕は晴希を連れて天音の手配してくれていたホテルへ移動する事にした。


 結婚への障害も残すところ、誓約書のみとなったが、これこそが最難関。晴希のお祖父さんをどうやって、説得すれば良いか悩んでいると……


「直樹さん、シャワー出たから入っちゃて下さい」

「うん、わかった」


 ――シャワーして、少し頭を冷やそう……


 一度、頭をリセットしないと良い案は浮かばないと思い僕はシャワーを済ませた。心も体もスッキリした僕が浴室から出ると……


「なんかアメニティも充実してるし、凄い所だなココ……ん?」


 晴希の様子が可笑しかった……

 バスローブ姿で立ったまま……

 思い詰めた様な顔で僕を見つめていたから……


「直樹さんに、見て欲しい物があるの。私の身体……」


 すると晴希は突然……

 バスローブを脱ぎ始めた……


「ちょっ……何をしてるんだよ晴希。今はそんな事……えっ?」


 最初は、既成事実を作る為に子作りでも進めて来たのではと、ヒヤヒヤとしていたが……それは、すぐに間違いだった事に気付いた。


 晴希の身体の服で隠れる部分には、夥しい数の火傷や傷跡があり……とても痛々しかった。


「まさかコレ、冨幸の奴が……」

「違うの。これは、小学生の頃に……」


 晴希の父親はギャンブルと酒に明け暮れる毎日……機嫌が悪い日には母親や晴希に対しても酷い虐待を繰り返していたらしい。


 そんな素行の悪い父親を見兼ねてお祖父さんもお金を貸すのを止めると、首の回らなくなった父親は、親交の深い慶恩寺家へと押し掛け、晴希の婚約を条件に借金を肩代わりして貰った様だ。


「調教と言って毎日の様に虐待されてたの……でも冨幸君が家に来る日だけは、妙に機嫌が良くてね」


 虐待は日を追う事にエスカレートして行った様だが、冨幸が家に来る日だけは、大金を貰える事もあってか、虐待を受けなかったらしい。


 そのうちに晴希は男性嫌悪症(ミサンドリー)を発症する様になり、冨幸以外の異性と触れられない体へなってしまった様だ。


 そんなある日の事、両親の急用で祖父の家に行く事となったらしいのだが、厳格な祖父と二人きりになるのが嫌だったのか晴希は、自宅のグローゼットに身を隠くしていたらしい。


 暫くすると外出したはずの両親が帰って来て、離婚話を始めた様だが、親権や財産分与の事で酷く揉めていたらしい……


「お父さんは、それでも慶恩寺家にお金を縋ろうとして、怒ったお母さんは……」


「…………」


 堪えきれなくなった母親が父親の腹部をナイフで刺してしまったらしい。動揺していた母親は、晴希に殺人者の子のレッテル貼りたくない一心で家に火を放ち、心中を図ったそうなのだが……


「私がクローゼットから出ると、お母さんは目を丸くして驚いてね」


 火の勢いは凄まじく、周りは煙で殆ど見えなかったらしい。そんな中、どうにかして晴希を救いたかった母親は、床下収納の中へ晴希を閉じ込めたらしい。


 母親は死の直前に、お祖父さんに晴希の居場所を伝えており、鎮火後すぐに救出されたが、家は全焼、両親も焼け死んでしまった様だ。


『私の乙女を奪って下さい』


 あの日、晴希が言い放った『あの言葉』を思い出すと、僕の心は抉られる様な切ない気持ちになった。


 今だから分かる……

 あれは、僕を誘惑していた訳じゃなく……


 運命の人だと信じた僕が……

 自身の身体を見ても受入れてくれるのか……

 試していたのだと……

 

「さっき……結婚しようって、言ってくれて本当に嬉しかった。でもこんな私が幸せになって良いのか分からなくて……不安で……えっ?」


 すると、感情を抑え切れなくなった僕は晴希を強く抱き締めていた……もう、堪えられなかった。


「幸せになって良いに決まってるだろ。こんな……こんなに辛い思いをしてきたんだよ。晴希は、誰よりも幸せになって貰わなきゃ……うぅぅ……」


 気が付くと僕は泣いていた……晴希があまりにも不憫で辛い境遇越えて来たからだ。晴希が今まで全部一人で背負って来た事を知ると涙と嗚咽が止まらなかった。


「晴希の痛みは、僕が背負うから……晴希を守れるぐらい強い男になるから……だから……」


「直樹さん、ありがとう……愛してるよ」


 それから僕達は、キスを交わした……

 たぶん今までで一番熱いキスだった。


 互いの体温や鼓動……

 指先の一本に至るまで……

 全てが重なってゆく……


 ――僕が晴希を……必ず幸せにしてみせる。


 晴希への想いを胸に、僕はお祖父さんを説得する事を心に決めた。



 ― 翌日 ―


 朝、起きると横に晴希の姿が無い事に気付き、慌てて飛び起きると……晴希は、窓越しに空を見つめていた。


「あっ、直樹さん。おはようございます」

「あっ、おはよう」


 昨日の事が嘘みたいに平和な朝だった。晴希の笑顔が優しい朝日に照らされて輝いて見える……それは、まるで童話に出てくる女神の様でもあった。


「天音さんの話だと、冨幸は夕方には日本へ帰国するらしい。それまでに何とかお祖父さんを説得しないとな」


「うん」


 笑顔で返す晴希……もう僕達に迷いは無かった。


 朝食を済ませた僕達は、お祖父さんのいる実家へと足を急がせた。



 ― 春日野家 本殿 ―


 やはり晴希の実家は大豪邸であり、目の前にすると僕は躊躇してしまった。思いきって呼び鈴を鳴らすと、年老いた執事が出て来て……


「晴希お嬢様、どうしてコチラに?」


「じいや……ごめん、時間が無いの。お祖父ちゃんの所に通してくれるかな」


 始めは戸惑っていた執事も、晴希の真剣な眼差しを見て状況を察したのか、中へと入れてくれた。


 扉を何枚も開け、辿り着いたのは書斎だった。そこには車椅子に乗ったあの厳格なお祖父さんがいた。


「お祖父ちゃん、話がしたいの」

「…………ついて来るが良い」


 そう言って机下のボタンを押すと、棚が自動で動き、隠し部屋への入口が開いた……中に入ると、壁面には春日野家の歴史が書き綴られていた。


「お前が話したいのは、誓約書の事じゃな」


「うん……お母さんが白紙にした誓約書を、どうして、戻したりしたの?」


 するとお祖父さんは眉一つ動かさず、静かに語り出した。


「慶恩寺家との関わりは江戸時代に上る……天明5年大飢饉を慶恩寺に救われる。天保10年疫病を慶恩寺が治める。明治27年大地震による食糧難を救われる……」


「…………」


 お祖父さんは、歴史を指し示しながら淡々と話を続けていたが、僕にはその意味も重要性も良く分からなかった。


「先代が慶恩寺と春日野が血で結ばれる事を強く望んでおってのぉ。ワシが死ぬ前に是非とも、その思慕を成就させたいのじゃ」


「そんなの勝手だよ。私の気持ちなんて、何も考えて無いじゃないの」

 

 晴希が猛反論するとお祖父さんは、気を悪くしたのか鋭く睨み付けると……


「勝手なのはお前の方じゃ、一族の誇りを無下にしおって……ゴホッ、ゴホッ……」


 家庭事情には、首を突っ込まない方が良いと思い傍観に徹していた僕だったが、流石にこれには我慢が出来なくなって……


「家庭の問題に口を出すのは、失礼な事を承知でお話します。晴希は物じゃ無いんですよ、血縁を繋ぐ事と孫娘の気持ち……お祖父さんは、どっちが大事なんですか」


「黙っとれ、若造。お前みたいな下賎な血族には、到底分かる話では無いのだ」


「そっ、そんな言い方って……えっ?」


 僕を馬鹿にした様な態度のお祖父さんに腹を立てた晴希は、キッと睨み付けると強い口調で言い換えそうとしたのだが、僕がこれを制止すると……


「僕の事はいくら悪く言って貰っても構いません。でも、晴希は……晴希の思いは汲んであげて欲しいんです」


「綺麗事ばかり抜かしおって……お前だって財産目当てじゃろう。結婚しようが一銭足りともお前達にはくれてやらん。じゃが今、諦めると言うなら1%、つまり50億をお前に……」


「そんな物、入りません。僕達はらただ結婚を承諾していただければ、それで良いんです。慶恩寺家に恩があるのであれば、遺産は全て譲渡して頂いても構いません」


 まるで自慢するかの様に語り出したお祖父さんがお金を使って強請(ゆす)ろうとして来たが、僕は揺るがなかった……表情すら変えずに真っ直ぐに立ち向かったのだ。


 そんな僕に対して、お祖父さんは少し怯んでいる様に見えた。


「冨幸君と一緒になったら……私は必ず不幸になる。それでもお祖父ちゃん無理矢理、結婚させたいの?」


「お祖父さん、晴希は誰よりも辛い思いをしてきました。だからこそ、これからは誰よりも幸せに生きないといけないんだと思います。だから……」


「もう良い……お前達の勝手にするが良い」


 ビリッ、ビリッ……


 そう言うとお祖父さんは誓約書を取り出すと、ビリビリに破いてしまった。どうやら火に油を注いでしまった様だが、結果的にこれで晴希は解放された様だ。


「お祖父ちゃん……」


「もう、お前の顔など見たくないわ。さっさと行ってしまうが良い……」


 お祖父さんがそう言い放つと、晴希は頬を膨らませながら出ていってしまった。僕も急いで後を追おうとしたのだが突然、お祖父さんが呼び止めて来て……


「草原君、すまなかったね。あの日、君が晴希を救ってくれなければ今頃は……少し我が儘に育ててしまったが、ワシにとっては大事な孫娘じゃ。どうか幸せにしてやって欲しい」


「えっ……あっ、はい。必ず幸せにしてみせます」


 ――本当は、お祖父さんも晴希の事を……


 僕は、深くお辞儀をすると書斎を後にする事にした。玄関を出ると晴希が詰めよって来て……


「出てくる時に、お祖父ちゃんと話していたみたいだけど、何かあったの?」


「えっ、いや……でも、お祖父さんも結婚式には招待しようよ」


 すると、余程可笑しかったのか晴希はクスリと笑うと……


「私、嫌われてるし、来ないかもよ」

「そんな事ないよ。きっと来てくれるさ」


 僕は信じていた。

 きっといつの日か分かり合える日は来るのだと……

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