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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第五章 セレナーデ 〜巡る季節と紡いだ絆〜
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72話 エスケープゴート

和訳『囮作戦』

 ― 数十分前 ―


「お言葉ですが、天音様。どうにも腑に落ちない点がございます」


 何でもテンダイは、蓮華の間に誘導されている様な気がしてならなかったとの事。通り越し苦労なら良いが、冨幸の劣悪な性格を考えると胸騒ぎがした様だ。


「でも藤代さん。時計台に入るには、この部屋しか残って無くってよ」


「たぶん、そう仕向けたのでしょう。でもどうやら冨幸様にも見落としがあった様です」


 そう言ってテンダイは地図を広げると、とある部屋を指し示した。


『桔梗の間』


「春日野さんは、既に時計台の中にいます。1つ上の階にはなりますが、上手く橋渡しが出来れば中に入る事は可能なはずです」


 テンダイの話では、ロープの様な物があれば、何とか入り込めそうだとの事。天音は咄嗟にベルトの事を思い出し、僕へと伝えて来た。桔梗の間の窓から顔を出した僕は、晴希の姿を見つけるとベルトを丸めて投げ渡した。


「ベルトを受け取ったら、バックルをどこかに括り付けて垂らして……早く」


「うっ、うん」


 僕は晴希の垂らしたベルトを掴むと、何とか時計台の中へ入る事に成功した。


「天音さん、無事に時計台に入れました。春日野さんも一緒です」


「それは朗報ですわ。それではプランC……時計台の中の階段を降りて来て下さい。地下室で落ち合いましょう」


 そう言うと天音は、自室の裏にある扉を開いた。


「あらっ、藤代さん。そんなに険しい顔をして、どうかされましたの?」


「僕は、ココに残って蓮華の間に向かいます」


 どうやら、テンダイは囮になって部屋に入るつもりらしい。中にどんな罠が待ち受けているかも分からない為、天音は必死に引き留めたのが……


「誰かが犠牲にならなければ、逃亡が明るみになってしまいます。それなら責めて、僕が……」


 そう言って数分後に自ら罠へと掛かりに行ったテンダイは、警備員達に抱えられ病院へと搬送された。



 ― 時計台の地下 ―


「暗いから、足下に気を付けて……」

「はい。でも何か脱出ゲームしてるみたいでワクワクしますね」


 相変わらず能天気な晴希に、少し困惑しつつも下へ下へと降りて行った僕達は、ついに最深部へと辿り着いた。


「天音さんは、ココで待ってて欲しいと言ってたけど……」


 すると、晴希は僕のスーツの袖を引っ張り、少し困惑した様な顔をしながら……


「草原さんは、命の危険を侵してまで、どうして私の事を助けてくれるんですか?」


「そっ、それは……」


 僕は、戸惑いから真実を語るのを躊躇していた。


 好きだからと言うのは簡単だった。でも今の晴希に本当の気持ちが伝わるか分からず、言葉にするないが怖かった。


 そんな僕の口から出たのは……


「約束したから……」

「約束?」


 僕は誤魔化す様にして晴希に答えたが、これはどうやら失敗だったらしい。


「もしかして、ナツとの約束かな。あの子は少し強引な所があるから……」


「違う……」

「ごっ、ごめんなさい」

 

 少し強い口調で返してしまった事もあり、晴希は謝罪をすると、そのまま俯いてしまった。


 ――悪いのは、僕の方なのに……


 僕達が沈黙のまま暫く立ち尽くしていると、奥の扉が開き、中からは……


「お待たせしましたわね。隠蔽と撹乱工作を行っていましたら、遅くなってしまいましたの」


「あっ、天音ちゃん。今日は、ありがとうね」


 すると、天音は手招きで僕達を呼び寄せ更に地下へと誘導した。


「事は一刻を争いますわ。お話は『海』に出てからにしますわよ」


「うっ、海?」


 どうやら時計台の下には緊急用のボートが用意されており一旦、海に出てから町へと潜伏する気の様だ。


「では、参りますわよ」


 ブブブブ……


 操作に慣れているのか簡単にボートのエンジンを吹かせた天音は、海へと走り出した。どうやら敷地から海までは近かった様で、物の数分で海へと出る事が出来た。


 日が昇る前に港へ下船した僕達は、陸へ上がると、天音が取り出したのは……なんとサンドイッチだった。


「お腹の足しには、なりましてよ」

「ありがとう」


 そう言って一同はサンドイッチを食べ始めたのだが、晴希の表情は暗かった。


 僕は申し訳なさそうに近付くと……


「いや、その……さっきはごめんね」

「えっ、あっ……大丈夫です。あはは……」


「何があったんですの?」

「実は……」


 ギクシャクしている二人に、何があったのか訪ねた天音は凛とした表情で淡々と……


「そんなの決まっているじゃありませんの。ハルお姉様の事が好きだからですわ」


「ちょっ……もう……」


 ――そんな事を今の晴希に知られたら、嫌われてしまうに決まってる。


 晴希の反応を見るのが怖くなってしまった僕は、いても立ってもいられなくなってしまい、その場から走り去ってしまった。


 そんな僕の姿を見て、晴希は……


 ――何だろう? 凄く胸が痛い……心臓がバクバクする。私は何か、凄く大事な事を忘れている様な気がする。


 呆然と立ち尽くす晴希は、少し困った顔をしながら天音に問い掛けた。


「私、草原さんの事を思うと胸が痛いの。でも、どうしてだろうな、何も思い出せなくて……天音ちゃん、草原さんは私の何なんだったの?」


「恋人ですわよ」


 天音の言葉に一瞬、驚いた顔をした晴希は、悲しそうに俯くと今度は……


「じゃ、じゃあ何で言ってくれなかったの。私達、付き合ってたんだったら……」


「ハルお姉様を傷付けたく無かったんじゃありませんの。底無しに優しい人ですから……」


 パラ……パラ……


 すると、空から雨が降ってきた……


「私が出来るのは、ココまで……後は二人の問題ですのよ。慶恩寺の不祥事は私に任せて、早く追い掛けた方が宜しいんじゃありませんの」


「ありがとう、天音ちゃん。私、行って来るよ」


 雨の強さは次第にましてゆき、気付けば晴希は、ずぶ濡れになっていた。


 だけど……


 ――前にも、こんな事があった気がする……

 

『じゃあ、アイツらがいなくなるまで、ウチに来なよ』

『えっ?』


 ――どこに行ったの?


『晴希は……僕が守る』


 ――会いたい……凄く会いたいよ……


 辺りを走り回る晴希、その目には次第に涙が溜まっていた。


『僕僕はやっぱり、晴希の事が好きなんだ。こんな僕で良ければ……付き合って下さい』

『はい……宜しくお願いします』


 ――直樹さん……


『好きだよ……晴希』

『私も……直樹さんの事が大好きです』


 ――私、いっぱい謝らなきゃならない事がある……


 気が付くと晴希は、パン屋 『ル・シエル』の前にいた。先客がいるのか階段の柵が空いていた。階段を登ると見えたのは短冊板、そこに書かれていたのは……


【晴希と付き合う事が出来ますように 草原 直樹】


 屋上の椅子にはズブ濡れの僕が凭れていた。この時の僕は、天音に本当の事を言われて……何もかも、どうでも良くなっていたのかも知れない。


 そんな僕の姿を見て、晴希は……


「直樹さん……ごめんなさい。私、ずっと……ずっと忘れてたの……大切な事」


「晴希……」


 僕は立ち上がると、晴希が腕を広げながら抱きしめて来た。ハッとした僕が咄嗟に腕を掴もうとすると……


「私、思い出したから……直樹さんの事、直樹さんが好きだった事、火事の時に身を呈して守ってくれた事」


 ――晴希……


 僕は振り上げた腕をそのまま晴希の背中に回すと、優しく抱き締めた。晴希の目からは雨に混じりながら大量の涙が溢れていた。


「直樹さん、好きだよ……大好き」

「僕も晴希の事を愛してる」


 抱き合った晴希は温かくて、優しくて……ふわっと良い香りがした。そして、僕は改めて決意すると晴希の顔を優しく見つめながら……


「晴希……僕と結婚しよう」

「直樹さん……うぅぅ……ありがとう」


 これから、どれだけの困難が待ち受けているかは分からない。でも僕は逃げずに立ち向かう事を決めた。この晴希の笑顔を絶やさない為にも……

過去描写

※雨の日の出会い 『2話 トランスルーセント』

※晴希を守る直樹 『26話 ツイストリング』

※告白の時    『42話 ドーニングフルムーン』

※イブのキス   『51話 タースティレイク』

※短冊板の願い事 『18話 サマーバレンタイン』

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