71話 フレキシブルジョイン
和訳『適材適所・役割分担』
「草原君、その節は……すまなかった」
「貴方は……いったい、どういう事ですか?」
なんと、現れたのはテンダイだった。
いても立ってもいられなくなった僕は、天音に詰め寄ると不満そうな顔で説明を求めたのだが……
「さっきもお話させて頂いた通り、藤代さんが今回の作戦の協力者ですわよ」
「だって、この人は……僕を一度、裏切って冨幸に寝返ってるんですよ」
すると、天音は深い溜め息を吐きながら……
「私は、別に裏切られてませんわよ。それに脅されてやった事まで、私は咎めませんわ」
「…………」
確かに娘さんの命が掛かっていた事も考えると、情状酌量の余地はあるかも知れないが、僕にはどうしても納得する事が出来なかった。
「この作戦、協力者無しでは成功致しませんわ。ハルお姉様の未来が掛かってるんですのよ、形振り構っていられる状況じゃないと思いますわよ」
「すまない草原君……罪滅ぼしって訳じゃ無いけど、どうか協力させてくれ」
まさに苦渋の選択ではあったが、晴希を助ける為にはやむを得ないと僕は渋々、承諾する事にした。
「では作戦を説明しますわよ。一度しか言わないので、良く聞いて理解しますのよ」
天音の説明は的確で、頭の回転が速い人には分かり易かったのかも知れないが、僕には到底理解が出来ずに戸惑っていると……テンダイが要約してくれた。
どうやら晴希のいる屋敷と僕が向かう建物は白い円柱型の時計台を挟んで建っているらしい。この時計台にはいくつかの窓があり、一番近い部屋からなら跨いで移動する事も出来るんだとか……
何でも時計台は反時計回りにゆっくりと回転しており、時間帯によって移れる窓が変わるらしい。部屋までは天音とテンダイが誘導してくれる様だ。
邪魔さえ入らなければ特段、難しくは無さそうだが、それでも監視の目を掻い潜るのは難易度が高そうだ。
「時計台に入れたとして、その後はどうしたら良いんだ?」
「いくつかプランはありますが、状況に応じて変わりますので、私達が責任を持って指示を出しますわ」
「じゃあ、通信が出来なくなった場合は?」
すると、天音は少し考えながら……
「それは自己判断にお任せ致しますわ。私達が指示出来なくなった時点で計画は破綻しています故……もう、我武者羅に跑いていただくしかありませんわね」
「…………」
これは考え得る最悪な想定であり、発生する確率は数%に満たないだろうとの事。少しだけ安心しつつも、いざと言う時には晴希を連れて逃げなければと僕は自身を奮い立たせた。
― 作戦当日 ―
僕は天音の指示通り、貰ったスーツを着て、待合せ場所まで向かうと、迎えにリムジンがやって来た。
「ご機嫌麗しゅう、3号……さあ、お入りなさい」
「天音お嬢様……御一緒させていただき光栄です」
どうやら慶恩寺家では、婚約までの間、恋人は番号で呼ぶ風習があるらしい。車内に乗り込んだ僕は、天音に寄り添うと……
「今日は何して遊ぼうかしら……ねぇ、3号?」
「お嬢様の仰せのままに……」
まるで奴隷の様に合わせる僕だったが、これで間違いは無いようだ。敷地内へと入るとテーマパークにでも来た様にずらりと豪邸が建ち並んでいる。
そのあまりのスケールの大きさに驚きを隠せない僕だったが、天音は起点を利かせながら……
「私、今日は少し疲れましてよ……執事14号、リラクゼーションルームに寄って下さる?」
「承知いたしました」
すると、車はとある建物の前で止まった……どうやらココが目的の屋敷らしい。天音との事前の打合せで、マッサージ中に僕は寝た振りをして『睡蓮の間』と呼ばれる休憩室に着いたところから、作戦は始まる様だ。
「あっ……そこっ……気持ち良いですわね」
「本当に気持ちが良いです。僕、段々と眠気が……」
天音と共にマッサージを受けていると、つい気持ち良くなってしまい、気付けば僕は眠りに落ちていた。
次に目を覚ますと、そこは六畳程の和室だった。布団の横にはスーツなどが畳まれて置かれていた。
時刻は、午前1時……早速、腕時計を付けると天音から連絡が入った……
「中々、迫真の演技でしたわね。やるじゃありませんの」
「あっ、ありがとうございます」
どうやら天音は、リアルで寝てしまった事に気付いていないらしく、僕の株は見えないところで上がっていた。
何はともあれ、無事に睡蓮の間に辿り着けた事に安堵し、作戦を進める事にした。
僕は着替えを済ませると指示通りトイレを探す振りをして、すぐ上にある『菖蒲の間』を目指す事にした。
天音は自室から屋敷のセキュリティにアクセスし、テンダイと共に晴希と僕に指示を出してくれた。
「そこの突き当たりを右側ですわよ。いけません、すぐ左の部屋にお入りになって……」
天音の指示の下、セキュリティを掻い潜って目的の部屋へと何とか辿り着いたのだが……
「駄目ですわ……予定よりも3分遅れてましてよ。次は15分後、2階に降りて『杜若の間』に向かいますわよ」
どうやら天音の思惑通りには行かずに苦戦している模様。本当は、早めに行って部屋に潜伏しておきたいところだったが、セキュリティの仕様上、数分間、入ったままだと扉や窓がロックされてしまうらしい。
危険を回避する為にも天音は、ギリギリのところを見極めて、誘導してくれていたのだが……
「部屋に来て数分経ったけど、窓から時計台の入口は見えないけど」
「何かが可笑しいですわね。取り敢えず、部屋を出ていただけますかしら」
天音の口調から想定外の事態が起こったのは明白だった。そこで監視カメラの映像を見ていたテンダイがある事に気付さき……
「天音様、見てください。時計台が逆回転してございます」
「何ですって……これは、お兄様の仕業ですわ。ハルお姉様の方は?」
どうやら天音の行動を不審に思っていた冨幸が時計台のプログラムに細工をしていたらしい。晴希の方は何とかなりそうだったが、僕の方は今からだと夜明けに間に合うのは『蓮華の間』しか無いようだ。
「『蓮華の間』ですわ。2つ階段を上がって一番奥の部屋ですのよ」
焦った天音は、少し取り乱している様に見えた。そんな天音に対して、テンダイは……
「蓮華の間の前に着きました……入ります」
ココに入るまでは、警備員とも落ち合わず嘘の様にスムーズだった。天が味方でもしてくれたのだろうと思い、部屋に駆け込むと……
『強制ロック』
ドン、ドン……
「出してくれ、頼む。ココから出し……うぎゃああ……」
なんと部屋に入った瞬間に扉と窓が全てロックされてしまったのである。そして、あろう事かドアノブを回しながら、扉を叩いていると突然、体に鋭い痛みと痺れが走って……ついには倒れてしまった?。
海外からタブレットでセキュリティの画面を見ていた冨幸は、静かに笑みを浮かべながら……
「相変わらず詰めが甘いな、僕に敵う訳が無いのに張り合ってちゃって……本当に可愛い妹だよ。あの邪魔者は今頃、感電して病院送りかな。帰ったら不法侵入罪で訴えてやる。あっははは……」
数分後、駆け付けて来た警備員が、取り囲むと……




