70話 シークレットストラテジー
和訳『極秘計画』
晴希の婚約を解消させるには、大きく分けて3つの障害があった。
①晴希の奪還と脱出
要塞とまではいかないまでも、警備の固い屋敷に侵入して晴希を拐うのは相当なリスクがあり、成功させるには天音の全面的な協力が必要になるだろう。
②失われた記憶
晴希の記憶は未だに眠ったままであり、記憶が戻れば僕への恋心も復活して、持病である男性嫌悪症が解消される可能性が高い。
③誓約書の無効
実は、これが最難関で晴希のお祖父さんを説得し、冨幸を納得させる必要があるが、相当な覚悟と代償が必要になるだろう。
どこまで信用して良いのか分からなかったが、晴希を救う為にはリスクを背負ってでも動かなければならず、僕は天音の提案に乗る事にした。
晴希奪還作戦は3日後……天音の彼氏を装おって、敷地内へ侵入する事から始まる。それまでに屋敷の構造や、脱出ルートを把握しなければならず、僕が頭を悩ませていると……
ピンポーン……
誰かが家のインターホンを押した。僕が扉を開けると、そこにいたのは……
「ナツ……」
夏稀は無言で部屋の中に入ると鬼気迫る顔をしながら……
「ハルと突然、連絡が取れなくなったんだ。草原さん、何か知らないか?」
「えっ? あっ、実は……」
晴希の現状を打ち明けると夏稀は僕の胸ぐらを掴み上げながら激しく睨み付け……
「だから、そう言う事は早く言えって言ってんだろ」
「ごっ、ごめん。これ以上、ナツ達を危険に巻き込みたくなくて……」
すると手を緩めた夏稀は、少し悲しそうな顔で俯きながら……
「そんな事言って晴希に、もしもの事があったら……ごめん、草原さんに八つ当たりしてもしょうがないのにな」
「……ナツ」
そう言い残すと夏稀は、大人しく帰って行ったのだが後日、屋敷へ潜入する事だけは黙っておく事にした。
天音から口止めされていた事もあるが、冨幸の凶悪さを知る夏稀は、絶対に引き止めてくると思ったからだ。
― 作戦2日前 ―
冨幸を出し抜く作戦については、天音に任せているが、脱出に使えそうな物は、嵩張らない・目立たないを条件に用意しても構わないと言われていたので、僕はホームセンターに買い物へと出掛ける事にした。
「この十徳ナイフは使えそうだぞ。こっちのスニーカー型の安全靴なんかも良いかも知れない」
手痛い出費ではあったが、これも晴希の為だと使えそうな物を手当たり次第、購入した。すると、帰り道、公園のベンチで見覚えがある女性を見つけた……亜紀だ。
手を上げながら挨拶すると、亜紀も笑って挨拶を返してくれた。
「こんにちは。今日は買い物ですか?」
「えっ、あぁ……日用品をちょっと……」
どうやら亜紀も買い物に行っていた様で、横には大きな紙袋が置かれてあった。
「亜紀さんも買い物ですか。結構、大荷物ですね」
「実は来月から別の学校に転勤する事になってしまって、同僚や御近所さんに気持ちばかりの御礼をと……」
少し寂しそうな顔を浮かべた亜紀……どうやら少し遠くの学校へと転勤になる様で、この町からも引っ越してしまうらしい。寂しくなるが、これも致し方無い事だと僕が残念がっていると……
「晴希ちゃんの記憶は、その後どうですか?」
「うーん。相変わらず……ですね」
「そうですか……あっ、そうだ」
心配そうな目で訴え掛けて来た亜紀だったが、これ以上、厄介事に巻き込む訳にはいかないと、窮地へ立たされている事は伏せ、つい誤魔化してしまった。
そんな気まずい雰囲気の中、亜紀は何かを思い出した様に手を打つと……
「少し早いけど誕生日プレゼントも兼ねて、コレを直樹さんに……」
「えっ? 何か申し訳ない様な……でも、ありがとう。開けてみても良い?」
僕の問い掛けに笑って頷く亜紀。貰ったプレゼントを開けると、中にはお洒落なベルトが入っていた。
「何か、凄い高そうだけど、本当に貰っちゃって良いの?」
「直樹さんのベルト、ボロボロだったから丈夫なのを選んで見ました。良かったら沢山使ってください」
僕は亜紀に改めて御礼を言うと、帰路へとついた。明日には天音との擦り合わせもあり、購入した物をバックに詰めると早めに就寝する事にした。
― 作戦前日 ―
今日は天音と待合せをしていた。場所は天音の経営するアパレル会社だ。どうやら高層ビルの一角にあるらしいのだが、情報漏洩を避ける為に裏口から入る様に指示されていた。
「草原さんですね。どうぞ、こちらへ……」
「あっ、はい」
スタッフと思われる人に案内され、辿り着いたのは、大きな会議室だった。
「ココは、事前に盗聴器の調査や監視カメラにも細工施してあるから、安心して貰って構わないですわよ」
「えっ、あっ……はい」
ココまでやらなくても良いのではないかと思いつつも冨幸の執着心や嫉妬心は、妹の天音から見ても異常らしく……計画がバレれば、邪魔をして来るのは必至との事。
「明日、お兄様達は大事な会議で海外へ飛び立ちますの。これはハルお姉様を救う最後のチャンスですのよ、呉々も抜かりなく……って聞いてますの?」
「えっ……あっ、はい」
天音の迫力に圧倒されていた僕は、まるで奴隷の様だった。それでも晴希を救うためには、致し方無い事だと必死に堪えていたのだが……
「じゃあ、作戦説明の前に持って来た物をチェックさせて貰いますわよ」
「うっ、うん。結構、使えそうな物を揃えて来たつもりなんだけど……」
僕がバックを開き、購入した物を次々と出してゆく……十徳ナイフやスニーカー型の安全靴・キーホルダー型のドライバーなど数点を机の上に出すと天音は、顔を真っ赤にしながら……
「そっ……そんな、ふざけた格好で慶恩寺の敷居を跨ぐつもりですの!! 山登りや工事現場に行く訳じゃありませんのよ。正装に決まってるじゃありませんの」
「すっ、すみません」
流石にコレには天音も怒り心頭の様で、目を吊り上げながら怒鳴られてしまう。そして、僕の購入した物は悉く却下されてしまったのだが……
「今、身に付けているベルト……これはアウトドア用品の中でも、かなりのハイブランドですわね。コレなら良いでしょう」
「えっ……あっ、はい」
なんと、亜紀からプレゼントされたベルトだけが天音から採用された。少し複雑な心境ではあったが、この決定には抗えず呆然としていると、今度は天音が奥から大きな箱を取り出し……
「箱……開けて下さいます?」
「はっ……はい」
箱を開けると中からは、お洒落なスーツや革靴などが出て来た。どうやら僕の行動を見越して天音が事前に用意しておいてくれたらしい。
「まずは着てみて下さるかしら」
「はい……」
スーツやズボン、靴に至るまで寸分の狂い無くピッタリだった。どうやら、僕の跡を追い回していたのは、採寸をする為だったらしい。
すると天音は自慢気な顔をしながら語り出す……
「このスーツは防火仕様で燃えづらく、破れ難いのが特徴ですのよ。こっちの革靴は、とても軽くて、衝撃吸収や静音性にも優れていますわ。ビルの3階くらいなら飛び降りても無傷で済みますのよ。そして、このネクタイ……」
「あっ……あぁ……はい」
お洒落で高機能なのは分かったが、淡々と説明された事あり頭には入って来ず、混乱していると今度は天音が……
「今までのは、オプションみたいな物なので全部、忘れて頂いても構いませんわ。重要なのはココからですのよ、脳裏にしっかり刻み付けて頂きますわ」
「……はい」
天音が改まって説明を始めたのは腕時計だった。何でも、骨伝導仕様の通話機能が付いている様で、音漏れを心配せずに会話を聞く事が出来るらしい。
しかも、独自の位置確認システムも搭載している様で時計のマップ画面で位置情報を把握する事も出来るんだとか……
「つまり、天音さんが位置を確認しながら僕に指示を出せるって事で良いですか?」
「間違ってはいませんが、テストなら50点の解答ですわね。実は同じ時計をハルお姉様にもプレゼントしていますのよ」
こうなる事を予想し、晴希には事前にこの時計を渡していたらしい。つまり、天音は晴希と僕、両方と連絡を取り合いながら屋敷を移動する事になる様だ。
「とは言え、私一人では同時に会話は出来ないので、助っ人を呼んでますの。もう出てきても、よろしくてよ」
奥の扉が開き中から現れたのは、何と……




