60話 バンケットグレース
和訳は『大舞踏会』
「通路での歓談は、迷惑でしてよ」
僕が、声のする方へ振り返ると、そこには……誰もいなかった。空耳かと思い、視線を正面に戻そうとした時だった……
「無視するとは何事ですの、えいっ」
「あっ、痛っ」
直後、僕の足先に鈍い痛みが走った。
顔を歪めながら視線を下げると、そこにはゴスロリ風なドレスを纏った金髪ツインカールの美少女が、頬を膨らませながら睨んでいた。
「あっ、ごめん、気付かなかったよ。お嬢ちゃんは、小学生かな? お父さんとか、お母さんは?」
「しょ、小学生……貴方、無礼ですわよ。私を誰だと思っているんですの」
幼い顔立ちと低身長から小学生だと勘違いしてしまった僕だが、話を伺うと晴希と同じ女子高生だった。
余程、気を悪くしたのか、少女は体をプルプルと震わせると目を鋭く尖らせながら獣の様に威嚇していた。
すると……
「天音様、先程の失言、申し訳ございませんでした」
「貴方は……ミカドマートの藤代さんでしたわよね。この不届者は、アナタの使用人でしたの?」
僕の事を睨む少女だったが、テンダイが仲裁へ入った事で、どうやら落ち着きを取り戻した様だ……
「彼が……草原君です」
テンダイが僕の事を紹介すると、少女は不適に笑い、今度は蔑んだ目で物珍しそうに見つめ直すと……
「お兄様の恋敵が、どんな方なのか。ずっと気にはなっていましたけど……こんな醜怪な人だとは、思ってもみませんでしたわ」
この少女の名は『慶恩寺 天音』……慶恩寺家の長女にして、冨幸の妹らしい……その華奢で可愛らしい容姿からは、想像も付かないくらいアクティブであり高校生にして、3つの会社を任される程の辣腕振りを発揮している。
「私を侮辱した人間は、奴隷にして飼いならすのが慣わしですが……アナタはタイプじゃ無いので、見逃して差し上げますわ」
そう言い残すと天音は、クルリと反転しながら不機嫌に人混みへ消えて行ってしまった。
「天音様……僕も、ご一緒致しますよ」
ご機嫌を取る為なのか、僕から逃げる為なのか……テンダイも天音を追う様にして人混みへと紛れて行っつしまった。
僕の心に訪れる疑念と信頼の崩壊……
――テンダイ……どうして?
この悲痛な裏切りは、テンダイの人柄や性格からは到底、考えられ無かった……何か理由があるのだろうか?
チャンチャンチャンチャーン……
僕がそんな事を考えていると突如、会場内にアナウンスが流れた。
【只今より、特設コーナーにおきまして新年祝賀会の特別イベントを開催致します。皆様、奮ってご参加下さい】
――イベント?
どうやら、これが晴希の話していた催し物らしい。何が企画されているのかは、未だに分からなかったが、僕は会場へと足を急がせた。
― 特設会場 ―
毎年、豪華な景品が出品される事から特設会場には、既に多くの人が集まっていた。何やらテレビ局の人までいるようだ。
――凄い賑わいだな。
人混みを掻き分け、会場の中心まで行くと……
「あっ、草原さんですね。お待ちしておりました。さあ、コチラに急いで下さい」
「えっ?」
言われるがままに、奥へと進むと僕はエレベーターの様な物に乗せられ……真っ暗な部屋へと案内されてしまう。
――ココは、いったい?
暗くて良く見えないが、どうやら他にも誰かがいる様だ。
【お待たせ致しました。それでは、イベント開始です。皆様、壇上の勇者達を温かい拍手でお迎え下さい】
パチパチ……パチパチ……
「えっ? ええぇ!?」
アナウンスと共に、緞帳が上がると目の前の光景に目を疑った。
溢れんばかりの会場……
眩しく照らし出すスポットライト……
壇上には、僕の他に4人の男が立っていた。
すぐ横には、何故かテンダイの姿……
僕は動揺を隠せずに目を泳がせていると……
【壇上の勇者達には、これから豪華景品を賭けて対決していただきます】
――対決?
僕が困惑している中、会場のボルテージは最高潮の盛り上がりを見せていた。
【さぁ、最初の対決は……これだ】
僕のすぐ後ろには、見た事が無い程の巨大なスクリーンと1畳程の黒いボックスが用意されていた。
【今から5人の勇者達には、このグローバルボックスの中で、対決を行って貰います。勝負の内容は、当社が誇る大人気ゲーム……モーニングローリー】
――えっ?
モーニングローリーの制作会社が、慶恩寺グループだったのには驚かされたが、これは慣れ親しんだゲーム。『爽幻の騎士 オキナ』として名を馳せていた僕に取っては、有利な展開かと思われたが……
【壇上の勇者達は勿論、このゲームのトップランカー達です】
『白銀の剣士 バズラス』
『戦乱の暗殺者 スラン』
『深淵の狩人 リオルド』
『爽幻の騎士 オキナ』
いづれもゲームの中では有名なトップランカー達だ。中でも一目を置かれていたのが……
ワールドチャンピオン『神の英雄 ブロス』
時代遅れのヨレヨレなスカジャンに、ユルユルのスウェット、冬なのサンダルに素足と自由奔放な着こなしに、モジャモジャ頭と生やしっぱなしの無精髭。
見るからに、だらしの無い風貌だが……ゲーム内では右に出る者はおらず、その強さは、まさに神に匹敵していると言っても過言では無かった。
プロゲーマーとして名を馳せていたブロスは、雑誌やテレビにも度々、取材をされいる著名人であったが……
「お初にオキナ君、ブロスだ。君は公式大会には出て来ないから、こうやって顔を合わせるのは初めてだな」
そう言うとニコやかに手を出して来たブロスだが、僕が手を差し出そうとすると、黒いヘヤーバンドの厳つい筋肉男と窶れた黄色いスーツの小男が割り込んで来た……どうやら、この二人がスランとリオルドの様だ。
「止めときな。俺がこの前に握手した時は、腕に電流を流されて痛い目にあったからな」
「僕の時は、痺れ薬だったよ」
「おいおい、俺がそんな事する訳が無いだろ?」
確かにブロスは、ネット上であまり良い噂話は聞かなかった。女を誑かしたり、酒場で暴れて警察沙汰になったりと……
結局、僕はブロスとは握手をせずに、その場から離れると、スランとリオルドがコッソリと話し掛けて来た。
「なあ、オキナさん。俺達と手を組まないか?」
「えっ!?」
二人が持ち掛けて来たのは、なんと裏取引だった。
最強のプレーヤーであるブロスに、単身では勝ち目が無い悟った二人は、僕を巻き込んで一気に叩いてしまおうと提案して来たのだ。
「でっ……でも……それじゃ……」
「俺達は、アイツに恨みがあるんだ。頼む、協力してくれ」
「アイツにさえ勝てれば、後は君の好きにして貰って構わないからさ」
言葉巧みに僕を誘導しようとしていた二人だが、係員に誘導されると、渋々とボックス内へ入っていった。
結局、僕は二人の誘いに乗るでもなく、断るでもなく、言われるがままにボックスへと入って行った。激しく心を揺さぶられてながら……




