5話 チアキューピッド
和訳『恋の救援者』
先程までのオドオドした態度とは打って変わり、自信に満ちた顔で晴希の前に立った僕は、意を介さず質問を繰り出す事にした。
「晴希ちゃんには、その……憧れの人はいたりするの?」
「へっ?」
あまりにも唐突な質問に、初めはキョトンとした顔をしていた晴希だったが、これこそが僕の作戦だった。
名付けて『僕がキューピッド作戦』
晴希から『憧れの人』を聞き出して、自らがサポートへ徹する。そうする事で自動的に恋愛対象から外れるのが目的だった。
上手く行けば誰も不幸にならず、無事にハッピーエンドを迎えられるはずだったのだが……肝心なのは、晴希に憧れの人がいるか否かだった。
「ちょっと恥ずかしいんですけど、憧れの人はいますよ」
――よしっ、ビンゴ!!
どうやら晴希には憧れの人がいる様で、赤くなった頰を両掌で覆うと少し照れている様にも見えた。
どうやら、好感触だ。
「どんな人なの?」
「優しくて、凄く頼りになる人です。ただ、実際には会った事も、見た事も無い人なので、どんな方なのかは分からないんですけどね」
――会った事も見たことも無い人? どうして、そんな人に憧れたんだろう?
晴希の回答に、謎は深まるばかり……首を傾げた僕は、真相を確かめる為にも質問を再開する事にしたのだが……
「あのさ……その憧れの人って、何者なの?」
「ふふふっ……降参ですか?」
「うん、降参」
これ以上、時間を費せば泥沼に嵌まると考えた僕は素直に負けを認めると、晴希は得意気な顔をしながら……
「実はオンラインゲームのプレーヤーさんなんですよ。初心者の私にも手厚くサポートしてくれて……この前なんて身を呈して、守ってくれたんですよ」
身振り手振りをしながらから嬉しそうに話す晴希は……まさに小さな天使であった。何のゲームの話かは良くわからないが、どうやら初心者をフォローしている上級プレーヤーがいるらしい。
こんな可愛い子に憧れられてるなんて羨ましいと思いつつも、これは作戦なのだと心に言い聞かせ、晴希への想いを押し殺す僕だったが……
「あっ!!」
「ん?」
晴希の話に出たオンラインゲームと言う、ワードで重要な事を思い出すと、僕は、慌ただしくパソコンの前まで向かい……
「食事中に申し訳ないんだけど、パソコンを起動しても良いかな?」
「はい、構わないですけど……」
カチッ……カチッカチッ……
早速、パソコンを起動させた僕は、カタカタとパスワードを入力して画面を開いた。
「今日はゲームのイベント日でさぁ。早朝のログインボーナスが豪華なんだよ」
オンラインゲーム『モーニングローリー』
アカウント数500万人の多人数参加型RPGである。その中で神と崇められる程のプレーヤーが存在していた……
プレーヤー名
『爽幻の騎士 オキナ』
これは僕の使うアバターである。名実と共に最強のプレーヤーとして君臨しており、今や一つの伝説として語り継がれるレベルまで到達していた。
ローディング中……
「よしっ、後は立ち上がるのを待つだけだ。あっ、話の途中でごめんね。それで会った事もない人が憧れの人って訳か……ゲームの世界にも良い人っているもんだな」
「えへへ……そうなんですよ。優しくて紳士なんですよ、それに凄く強くって……直樹さんだって絶対に、惚れちゃいますよ」
余程、好きだったのか、熱烈に語り続ける晴希……憧れの人がオンラインゲームのプレーヤーだった事は意外だったが、これは僕に取って好都合だった。
何故ならネット上であれば何人かプレーヤーの伝手もあり、繋がりがあったからだ。
晴希の恋路の為……そして自身の保身の為にも恋の架け橋になるべく、策へと踏み出す僕の心は静かに研ぎ澄まされていた。
そして、この作戦もいよいよ大詰め……
僕は、ついに必殺の一言を言い放った。
「良かったら、その憧れの人との恋路を僕にも応援させてくれないかな。オンラインゲームなら何人か伝手もあるし、きっと力になれると思うんだけど……」
「えぇ、本当ですか? 私、嬉しいです。あぁん……どんな人なのかな?」
自分の世界へと入り込んでいる晴希を見て、僕はすっかり安心しきっていた。このまま行けば晴希の恋愛対象は、このプレーヤーへと向くはずだと……
僕の思惑が勝利への確信に変わった時、ゲームのログイン画面が開かれた。すると、横で見ていた晴希がパソコンを指を差しながら突然、声を上げたのだ。
「えっ、これって……モーニングローリーじゃないですか。直樹さんも、このゲームをプレイしてるんですか?」
「ん? まあ嗜む程度にだけど……」
一瞬、僕も驚いてしまったがモーニングローリーは大人気ゲーム、名前ぐらいは聞いた事があってもおかしくは無いはずだと心に言い聞かせ、僕は何とか平常心を保っていたのだが……
「私も最近、このゲームを始めたんですよ。『ハルハレ』って名前の魔法使いを使ってるんですけど、操作が難しくって……」
「えっ?」
この晴希の一言によって、事態は急展開を迎える事となった。
見習い魔道士 『ハルハレ』
数週間前に突如現れた魔法使いのアバターなのだが……ステータスの振り分けミスなのか攻撃力だけが特化されており、詠唱中に攻撃を喰らっては殺られてばかりいた。
見兼ねた僕が何度か救出した覚えはあるのだが……
――ま・さ・か!?
「実は憧れの人も、このゲームのプレーヤーさんなんですよ」
「あのぉ……プレーヤーの名前は?」
最悪のシナリオが僕の脳裏を掠める……
恐る恐る憧れのプレーヤー名を確認してみると……
「爽幻の騎士 オキナ様です」
「なっ!?」
神様の悪戯なのか、はたまた運命の巡り合わせなのか……僕の想像していた『最悪なシナリオ』は見事に、適中してしまったのである。
そんな僕へ追い討ちを掛けるようにゲーム画面が立ち上がると晴希にプレーヤー名が露呈してしまい……
「直樹さんが……オキナ様?」
慌ててゲーム画面を僕は手で隠したが、時すでに遅し……間近で画面を見ていた晴希は口をポカンと開けると目を見開いたまま固まっていた。
奇しくも、僕の企ては最悪の方向へ向かい走り出してしまった。最早、言い逃れする事も叶わず、パニック状態へと陥った僕の事を……
晴希は、憧れの眼差しで見つめていた。
「いやっ、その……これは何かの誤解で……えっと、その……つまり……」
想像の上を行く展開に、僕が完全に取り乱していると、晴希は何かを決意した様な眼差しで見つめながらトドメの一言を言い放つのだった。
「やっぱり直樹さんは私の運命の人なんです。もし、ご迷惑じゃなければ私をずっとお傍に……二十歳になったら、直樹さんのお嫁さんにさせて下さい」
「なっ!?」
まさかの逆プロポーズ……流石にそれは無いだろうと、僕は言葉半分に聞いていたが、顔を真っ赤に染めながら照れている晴希を見ていると、とても冗談で言っている様には思えなかった。
「晴希ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、こう言うのは良くないよ。ほっ、ほらっ……ウチラまだ知り合ったばかりだろ、お互いの事も良く知らないしさ」
何かの間違いだと訴えたかった僕だが最早、後の祭りである。如何に傷付けずに晴希を諦めさせるか、僕は言葉を選んで話したつもりだったのだが……
「これからいくらだって時間は、あるんです。愛さえあれば……きっと大丈夫ですよ」
煮え切らない僕の回答に対して、運命の人だと信じて止まない晴希は当然、反論して来た。
それでも僕は、食い下がる訳には行かなかった。
「だっ……だけど、お互いが知らない事だらけで付き合ってもギクシャクしちゃうし、結婚なんか……まだ全然、考えられないよ」
「それは一理あるかも知れませんね。確かにお互いの事を良く知らずに付き合うのは、良くない事かも知れません」
僕の必死の説得に漸く、理解を示してくれたと思い、喜んでいたのも束の間、晴希は俯いたままとんでもない事をボソっと呟いた。
「(お互いの事をもっと知り合うには、心も体も裸になって話し合わないとダメだよね。そう裸になって……)」
晴希は徐に着ていた服の裾へと手を掛けたのだが……僕は、大慌てて止めに入る。
「ダメーー、それだけは絶対にダメだから。さぁ、早まらずに……ゆっくりと手を下ろそうか。そう、ゆっくりと……」
まるで爆弾でも処理するかの様に、慎重に言葉を選んでいたが、この一瞬も油断出来ない状況に息苦しさを感じ……いつしか僕は、逃げる事だけを考えていた。
「突然の事で、僕もなんて言ったら良いのか分からないから……ちょっと、シャワーを浴びて頭を冷やして来るよ」
そう言い残すと僕は晴希を一人残し、救済の風呂場へと駆け込むのだった。
※『爽幻の騎士 オキナ』
爽幻は、名字の草原をモジった物です。
オキナは、名前の直樹を入れ換えた物です。




