54話 ローンアイドラ
和訳『孤独な怠け者』
― 自宅 ―
「お掛けになった電話は現在、使われていないか電波の……」
「あれっ?」
何度、連絡しても一向に繋がる気配の無い夏稀の電話に違和感を感じつつも……今日はクリスマス。
きっと、二人だけの時間を謳歌しているのだと勝手に思い込み、僕はニヤけていた。
すると……
チャラチャラン……
慌てて電話に出ると、相手は晴希だった。復縁した事をお祖父さんに悟られない様に今日は会わない事にしていたのだが……
「あっ、晴希か……どうしたの?」
「メリークリスマス、直樹さん。今日、知り合いの業者さんに来て貰って、盗聴器を全部撤去して貰えたからもう大丈夫。それと相談なんだけど……」
晴希の口から語られたのは、壮大なデモ計画だった。
毎年、お正月になると冨幸の実家の大豪邸では、世界中から賓客が集められて盛大なパーティーが行れるらしい。
婚約者である晴希も嫌々ながら毎年、参加していた様だが……今回は、このパーティーを利用して誓約書の存在を暴露し、婚約破棄を提言する様だ。
「でも平気なのか? そんな無茶な事をして……」
「大丈夫だよ。直樹さんも一緒だし」
「えっ?」
どうやら、このデモ計画には僕も含まれていたらしい。晴希にはいくつかの作戦がある様だが、本当に大丈夫なのだろうか?
「あわわっ……お鍋が沸騰しちゃってる。詳しい事はまた明日、連絡するから……じゃね」
「あっ、ちょっと……」
結局、晴希の計画へと巻き込まれる形となった僕だったが……溜め息を付きながら空を見上げるとキラリと星が光った。
――どうか、僕達の作戦が上手く行きます様に……
悲痛な思いを乗せて……
僕の願いは……
星の夜空へと静かに消えていった。
― ミカゲマート ―
翌日、僕がバイトを終え事務所に戻ると、パートのおばちゃん達が声を掛けて来た。
「聞いたわよ、直樹君。バイトリーダーになったんだって?」
「直樹君なら大丈夫。おばちゃん達も応援してるからね」
店長から正式発表もあり、バイトリーダーへと就任した僕は、皆に持て囃されていたのだが……
「はん。早速、リーダー気取りかい」
50代後半の弛みきった体と顎……鋭い目付きで、睨みつけながらボヤいたのは、一番古株のパート『添田』だった。
「リーダーになったからって、私の前でデカイ顔をすんじゃ無いわよ。アンタを教育してやったのは、誰だと思ってるんだい」
「はっ……はい、すみません」
教育とは言っても、添田は僕の事を奴隷の様に扱き使って来ただけで、何も教わっていない。
癖が強く周りからも、煙たがれていた添田だが、その存在感は圧倒的で、自分よりも立場が上がった僕を僻み、文句を言って来たのだ。
「あっ、そうだ。はい、これ」
「えっと、これは何ですか?」
添田が直樹に手渡して来たのは、商品入替えのメモだった。帰り際にこんな物を手渡して来ていったい、どう言うつもりなのだろうか?
「今日は小湊さんが休んだせいで、シフトに入る事になったんだけど……」
どうやら添田は夏稀が休んだ事でシフト入りした様だが、店長とテンダイが急遽、出張になってしまい商品の入替を任されてしまったらしい。
「私の腰が悪いのは知ってるでしょ? 元はと言えば、小湊さんのせいだし、アンタは教育係なんだから手伝って当然よね」
「でっ……でも……」
晴希との電話会議を控えていた事もあり、本当はすぐにでも帰りたかったのだが、添田の物言いに抗う事が出来ず結局、残る事になってしまった。
――ごめんな、晴希……
晴希へ遅れる事を伝えると、僕は渋々と商品の入替えを行う事にした。
「ふぃ……」
漸く仕事を終えて、一息ついていると……今度は、添田が不敵な笑みを浮かべながら声を掛けて来た。それはまるで、蛙を睨む蛇の様であった。
「あっ……良い所に来たわね。申し訳御座いません、お客様。ただ今、責任者が参りましたので……」
「はい?」
店長達が不在の中……添田は、レジが忙しいからと言い訳をして、クレーム対応を僕へと押し付けて来たのだ。
「こんな腐った商品を並べているとは……この店の品質管理はどうなってるのかね」
「大変、申し訳御座いませんでした。この様な事が怒らない様に、細心の注意と再発防止を……」
お客さんの怒りは中々治まらず、僕は終始、謝罪を繰り返した。青果コーナーの製品確認と報告書を纏め終える頃には、辺りはスッカリ暗くなっていた。
ガシャ……
昔ながらの勤怠マシンにタイムカードを入れ退勤しようとしていると、事務所の扉が開き、入って来たのは何と、店長だった。
「草原君は早番だったはずだけど、どうして、こんな時間まで居るの?」
「実は……」
僕は正直に話す事にした。商品の品替に時間が掛かった事、クレームがあり対応に追われていた事。
「あのねぇ……草原君」
すると店長は何故、添田達がいるのに交代しなかったのか疑問を投げ掛けて来た。僕はレジが、忙しかったからだと説明をしたのだが……
「忙しい? そんな事は無いはずだが……」
店長はパソコンを立ち上げると、僕に画面を見せて来た。なんと僕が対応を行っていた約2時間の接客人数はたったの5人だったのだ。
不信感を抱いた店長は、添田達を呼び出し問い詰めたのだが……
「嫌ですわ。草原君は早番だし、自分で引き受けた仕事ぐらい出来るって言ったんですけどね。僕はリーダーだからって聞かなくて……そうだよね山田さん」
「えっ……はっ、はい。そうです」
なんと、添田は僕が自主的に残業したのだと、責任を擦り付けて来たのだ。添田の圧力に負けてか、一緒にシフトに入っていた山田まで同調すると……店長の目付きが変わる。
「草原君……責任感からか、残業代を稼ぎたかったのかは分からないが、不当な理由で残るのはマズイんじゃないのか?」
「えっ?」
どうやら店長は、添田の話を信じ込んでいる様だ……確かに二人から言われたのでは無理も無い。いつもなら簡単に食い下がってしまう僕だったが、この日は違った。
「待って下さい。僕の話を聞いて下さいよ」
自分の用事を放棄してまで、商品の入替を手伝わされた僕は内心、苛立っていた。何とか話を聞いて貰おうと猛抗議をしたのだが……
「もし仮にそうだったとしても、それは断らなかった草原君のせいであって……私のせいじゃないわよ」
添田は、それでも罪を認めない。開き直り、その達者な口で僕を非難し続けて来たのだ。流石の店長も困った顔で、僕を帰宅させた。
― 自宅 ―
「なあ、添田さん……酷いだろ?」
「ふふふっ……それは、確かに酷いね。私と一緒の時には全然、そんな事無かったのにな」
家へと帰宅した僕は、今日あった事を晴希に愚痴っていた。事情を説明すると、晴希も笑いながら許してくれた。
「それで作戦はどうするの?」
「あっ、それ何だけど、私がいくつかプランを練っておいたから後でメールするね」
どうやら晴希には考えがあるらしい。ココで口論するよりも、ずっと効率が良さそうだと僕も潔く了承したのだが……
「決行は、来年の1月3日……直樹さんも、この日は休みを取っておいてね」
「ああ……わかった」
今年も残す所、あと一週間……冨幸との婚約を解消させる為に、不安と希望を背負いながらも僕は計画実行に向けて強い決意したのであった。




