52話 モスキートーン
和訳『小さなざわめき』
― ミカゲマート ―
翌日、バイト先で晴希との復縁を、夏稀に報告した僕だったが、夏稀の機嫌は最悪だった。それもそのはずだ、だって昨日は……
「テメェ……復縁したなら何で、報告しねぇんだよ」
「いっ、いやその……中々、報告するタイミングが無かったと言うか、なんと言うか……」
夏稀は、昨夜も晴希を探して色んな場所を回っていたらしい。親友の危機とあってか、どうやら政斗からの誘いまで断って探していた様だ。
「俺がイブをどれだけ楽しみにしてたか、分かるか? お前らだけイチャつきやがって……」
「ごっ、ごめんナツ……本当にごめん」
復縁の知らせが無かった事に怒り心頭の夏稀だったが、必死で謝罪をする僕に免じて今回だけは許してくれた。
「話は大体わかった。まさか晴希の祖父さんが立花先生の死にまで関わってたとはな……それで草原さん達は、今後どうするつもりなんだ?」
「えっ? あっ、いやその……」
まさかのノープラン……
夏稀の怒りがピークへと達すると……
再び胸ぐらを掴みながら……
「悠長に構えやがって、晴希は愚かアンタの人生だって掛かってるんだぞ。もっと真剣に……」
二人が揉めていると、40代後半ぐらいの見知らぬ男性が事務所へと入って来て何かを呟いた。
「くふふ……今、喧嘩してましたね。二人共クビにしますよ」
「えっ?」
「はっ?」
突然のクビ発言に、僕達は顔を見合わせ戸惑っていた。堪らず、夏稀が……
「あっ……アンタ、いったい誰だよ。俺らは別に喧嘩してた訳じゃ……」
「おやっ、聞いとらんのか減点1です。私は今日から、この店の店長に就任しました『倉本 』と申します。以後、お見知りおきを……」
目の前にいたのは、まさかの新店長だった。晴希の一件もあり、全く話を聞いていなかった僕達は早速、目を付けられてしまった様だ。
パンパン……
「ほらっ、こんな所で立ち話をしていないでサッサと仕事に戻りなさい。君達は雇われてると言う事を、もっと自覚しないと……」
煽る様にして、手を打った店長は僕達に対して冷たく当たった。ホールへと戻った僕達は、急か急かと仕事を熟してゆくのだが、常に誰かから監視されている様な嫌な視線を感じている。
――やっぱり、おかしい。
まるでアラを探す様に常に監視してくる店長に、僕は疑問を抱いていた。
「ナツ……あの店長、少し変じゃないか?」
「草原さんも、感じてたか。俺達の事をジロジロ見ては、何か手帳に書き込んでるみたいだし、監視でもされている様な気分だな」
違和感を感じていた僕達が、コソコソ話をしていると、店長は凄い剣幕で駆けつけ……
「そこの二人、仕事中に私語は禁止ですよ」
「はい」
「うすっ」
執拗なまでに、僕達をマークする店長……もしかしたら、冨幸や晴希のお祖父さんの刺客なのかも知れない。
警戒する二人は、相談する事も出来ずに黙々と仕事を熟していると……漸く退勤時間になった。
――これで、ナツと話が出来るな。
「草原君、ちょっと良いかね?」
そう思ったのも束の間、なんと店長が僕を呼び出した。戸惑いつつも僕は……
「僕は呼ばれたから、ナツは先に帰ってくれないか? 後で電話するからさ」
「……気をつけろよ。アイツらの刺客だったら何をしてくるか分からないからな」
「うん……ありがとう」
今日はクリスマス、どうやら夏稀達はデートの様だ。昨日の一件でデートを潰してしまった事もあり、僕は悪いと思って先に帰したのだが……内心は不安で仕方が無かった。
もし立花と言う教師と同じ様に、晴希のお祖父さんからの嫌がらせだったらと思うと……体が竦み、胸が苦しくなった。
コンコンコン……
「失礼します」
満を持して店長室へと入った僕だったが……中には店長と、テンダイが待ち構えていた。
「退社時間にも関わらず、呼び出してしまってすまんのぉ」
「いえ、それで話と言うのは?」
店長達から聞かされたのは、スーパーの合併話だった。元々、経営が悪化していた事もあり、大手スーパーに吸収される形で合併する事になった様なのだが……
「当然、合併にはリスクもある」
店長が口にしたのは、なんとバイト切り……所謂、リストラである。僕がゾッとしながら固まっていると、このピンチに救いの手を差し伸べてくれたのは、やはりテンダイであった。
「まあまあ、草原君。そう身構え無くても大丈夫だよ。別に倉本店長は君達をクビにしようって考えている訳じゃ無いんだ」
「えっ?」
これは、これから想定される問題の予習……つまり例えばの話であった。
今後、合併に伴い人員削減の事態に陥った時に備え、優秀な人材を育ててゆこうと言う一大プロジェクトの様だ。
「はい。それは、分かりましたが……」
では何故、僕が呼び出されたのか疑問に感じていると……
「草原君には、アルバイター達の纏め役をお願いしたいんだ」
テンダイ曰く、真面目でパートやアルバイト達からの信頼も厚い僕に、バイトリーダーをやって欲しいらしい。
「僕なんかに、務まるでしょうか?」
「草原君なら大丈夫。僕もサポートするから……」
テンダイの後押しもあり、僕はバイトリーダーになる事を快く承諾した。
― 夜の歓楽街 ―
夏稀は、政斗に連れられて歩いていた。クリスマスのデートと言えば、映画やカラオケ、お買い物に高級なレストランでの食事が一般的なのだが……
「ふははは……よし、今度は北口のゲーセン行くか。その後は山盛りのハンバーガーでも……ん?」
「…………」
あろう事か、ゲームセンターの梯子……オマケに食事は、格安のファーストフードで済まそうとする政斗に……夏稀は、ジト目で睨んでいた。
――期待した俺が、バカだった……
まるで女心の分かっていない政斗に、頬を膨らましながら、不機嫌そうな顔をしていると……
シュッ……
「なっ……」
突如、何者かが夏稀のバックを奪い盗り、走り去った。当然、これには政斗も苛立ち……
「俺に喧嘩を売るとは良い度胸だ。捕まえて血祭りにしてやる」
物凄い勢いで走り出した政斗に、夏稀も必死に食らいついてゆく。窃盗犯との距離は見る見るうちに縮まり、暗い路地裏に着いた時に漸く、追い付くと……
「グワッ……」
「ふははは……死んで詫びるか、死ぬ前に詫びるか選ばしてやろう」
窃盗犯の服を無理矢理、引っ張り地面へと叩き付け、政斗が拳を振り上げると……
「あははは……」
何処からともなく、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。声のする方を見ると、そこにはサンタ衣装の冨幸がいた。
「ハッピー、メリークリスマス。聖なる夜の巡り合わせに感謝するよ」
「テメェ……どうしてココに……」
この窃盗犯は、どうやら冨幸の回し者だったらしい。まんまと策略に嵌まってしまった二人だが、その意図とはいったい?
「昨日は、どうも……僕の顔に泥を塗ってくれたお礼に、今日は素敵なプレゼントをお届けしようと思ってね」
「ナツ……アイツ意外と良い奴なのか?」
「そんな訳無いだろ、何か仕掛けて来るぞ」
暗がりから現れた数人の男達。その中には、何と……あの大和もいた。
「大和……キサマ、いつからこんな奴の手先になり下がったんだ」
「あぁん? バイトだよ、バイト。喧嘩の立会人になれば、5万もくれるって言うから話に乗ってやったんだ。まさか、相手がお前だとは思わなかったけどな。ふははは……」
「…………」
どうやら大和は、冨幸の口車に乗せられている様だが、事態は最悪だった。多勢に無勢……しかも、向こうには屈強な冨幸や大和までいる。
政斗達は、どう逃げるか模索していると……
「あははは……まさか、暴走族の長が逃げ出すとか、無いよね?」
「あぁん? 良く言うぜ。数に物を言わせて、俺らにリンチかまそうとしてる卑怯者がよぉ」
冨幸が挑発によって、目が釣り上げてゆく政斗。一触即発の事態に夏稀も内心、ヒヤヒヤとしながら聞いていたのだが……
「あははは……まあ、そう熱り立つなよ。僕は別に、数に任せて君達を襲おうとしてる訳じゃないんだからさ」
「??」
この険悪なムードの中、最初に言葉を発したのは冨幸だった。どうやら冨幸は一騎打ちで政斗に勝負を挑む様だ。
「昨日は、良い所で逃げられちゃったから……今日は、たっぷり楽しませて貰うよ」
「戯けが、お前が警察なんぞ呼ぶからだろうが……」
正々堂々と勝負を受ける事にした政斗だったが、冨幸は不気味に笑っていた。そんな冨幸の顔を見ていると寒気がする様だった。




