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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第四章 カプリース 〜冬山に舞い散る雪花〜
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45話 レラティビティ

和訳『相対性理論』

 キス男、『慶恩寺(けいおんじ) 冨幸(ふゆき)』は晴希が通っていた中学の同級生らしいのだが、その甘いマスクからは想像がつかない程に冷徹で非情な性格をしていた様だ。


 人の弱みを握っては、奴隷の様に扱う素行の悪さ……恨みや憎しみ抱く者も多く、影では『偽りのプリンス』と呼ばれ、恐れられていたらしい。


 勿論、晴希も冨幸の事を良く思っていなかったのだが……逆らう事が出来なかったと言う。


 それは……


「忘れたのか、僕はお前に触れられる唯一の異性だ。どんな奴と付き合おうが、最終的には僕の下へと戻ってくる……本能的にな」


 自信たっぷりに語る冨幸だったが、晴希はニッコリと笑うと……徐に僕と手を繋いだ。


「あはははっ……そんな痩せ我慢を僕に見せて、いったい何がした…………んっ!?」


 10秒……20秒……30秒……


 時間が経てど、一向にパニック症状の出ない晴希を見て、冨幸は口をグニャリと歪ませていた。


「まさか……克服したのか?」


「直樹さんは冨幸君と同じ()()な人なの。もう私は直樹さんと一緒になるって決めたから」


 初めは冗談だと高を括っていた冨幸だが、晴希の真っ直ぐな瞳を見て本気なのだと理解した様で、いつしか冨幸の顔からは、笑顔が消えていた。


「(コイツ、人のペットに手を出しやがって……)」


 すると、今度は僕の顔を恨めしそうに睨みながら、何かをボソボソと呟いていたのだが……


「ふぃーー」


 冨幸は深呼吸をすると、冷静さを取り戻し、ゆっくりと僕へと近付いて来た。


「あははは……僕とした事が失敬したね。良かったら、()()で手を打たないか?」


「ん!?」


 冨幸が僕に手渡したしたのは、分厚い封筒……中を覗くと、大量の札束が入っていた。

 

「ここに100万ある……これで晴希から身を引いてくれないか?」


「はっ?」


 ニコニコとしながら、晴希の買収を図る冨幸だったが……当然、僕はこのお金を突っ返した。


「なっ? これでは足りないと言うのか……卑しい

奴め。それならば……」 


「…………」


 今度はポケットから紙切れの様な物を出し、僕へと手渡して来た。


「これに、好きなだけ金額を書くと良い」


 今度は、小切手を手渡して来た冨幸だが……当然、僕はこれも拒否した。晴希の事を物の様に扱う、冨幸に対し、強い不快感を露にした僕は拳を握り締めながら……


「晴希は物じゃないんだ……どれだけお金を積まれようと、別れたりしないよ」


「…………」


 先程までとは打って変わり、怒り心頭の冨幸は僕を押し倒して馬乗りになると、拳を勢い良く振り上げた。


「何なんだよ、お前。僕の……僕の婚約者(フィアンセ)に手を出しやがって、こっちには誓約書だって、あるんだからな」


 ――ふぃ……フィアンセ?


 冨幸の言葉に驚きを隠せなかった僕が、目を泳がしていると……


 プルルル……プルルル……


 冨幸のカボチャの形をしたズボンから電話の鳴る音がした。ポケットからスマホを取り出すと、冨幸は不機嫌にそうに電話に出たのだが……


「なんだよ()()。今、取り込み中だから、後にしてくれないか」


 そのまま、電話を切ろうとする冨幸だったが……


「坊っちゃま、お待ち下さい。監視カメラにて拝見しておりましたが、お客様に手を上げられては困ります」


「五月蝿い、僕はココの責任者だぞ。歯向かうならお前を首にしてやっても良いんだからな」


 苛立って怒鳴り散らす冨幸であったが、このお爺さんは少し悲しそうな声で……


「この老いぼれの首など、いつ落として頂いても構いません。しかし、先代から引き継がれて来たトライフルランドの不評が広まる事だけは辛抱なりません。どうか事を穏便に……」


「チッ……わかったよ」


 電話を切ると冨幸は煮え切れない表情をしながらも、ゆっくりと僕達から離れて行った。


 そして、去り際に……


「ふんっ、今日の所は見逃してやろう……どうせなら初口付け(ファーストキス)ぐらい奪ってやれば良かったな」


 頬にとは言え、目の前で晴希にキスされてしまった事を思い出すと、僕は心が傷んだ。


 己の優柔不断さを恨み、悲しみに染まっていた僕だったが……ココで晴希がとんでも無い事を言い出したのだ。


「べぇーだ。ファーストキスだったら、もうとっく済ましてるんだから……」


「はっ?」

「えっ?」


 ――え? いったい誰と?


 男……女?

 両親……子供?

 それとも、外国人の友達や動物の類い?


 頭の中で考えれば考える程、僕は落ち着かなくなってしまう。そんな中、先に口を開いたのは冨幸の方だった……


「このふしだら女め。いったい誰とキスしたんだよ」


 冨幸が質問すると、晴希は一瞬だけ僕の方を振り返り、ニッコリとしながら……


「ふふふっ……私の一番大切な男性(ヒト)だよ」


 ――えっ? 嘘だろ?


 勿論、僕はキスをした覚えなど無い、これは冨幸に対抗する為の虚偽なのか、傍また別の男性なのか?


 僕は、その真相が気になって仕方無かったのだが……


「君が誰とキスしようが一向に構わないが、ペットの分際で主人に歯向かった事を一生、後悔させてやるる」


 怒りの矛先は晴希へと向いてしまった様だが、冨幸は捨て台詞を言うと、そのまま何処かへ消えてしまった。


 安心してクタクタと座り込んでしまった晴希に、僕が駆け寄ると、心配そうな顔で見つめながら……


「ごめんな、晴希。ちゃんと守ってやれなくて……」

「私なら大丈夫。それより直樹さんの方こそ大丈夫だった?」


 ――晴希だって、辛かっただろうに……


 自分の事よりも僕の事を心配してくれる晴希を何よりも愛おしく感じていたのだが、気になったのは冨幸の言葉だった……


『お前が僕のフィアンセに手を出したりするから……』


「あのさ……」

「あの……」


 僕達が、同時に声を掛け合うと……


「間もなく閉館のお時間となります。またのご来館を心よりお待ち申し上げます……」


 閉館のアナウンスが流れ、僕達は退館を余儀なくされてしまった。



 ― 帰り道 ―


 僕達は、微妙な距離感を保ちながら帰宅していた。暗い路地に差し掛かると僕は晴希を引き止め……


「あのさ、さっきの男……晴希の事をフィアンセとか言ってたけど、あれはいったい?」


 僕はずっと気になっていた事を質問すると、晴希は視線を横に反らしながらも、意を決した様に静かに話し出した。


 晴希の口から語られたのは、冨幸との因縁……


 『慶恩寺家』と『春日野家』が取り交わした有り得ない誓約であった。


 この誓約には、どうやら晴希の父親が深く関わっていたらしい。


 婿養子として資産家である『春日野家』へ嫁いだ父親は、大変な浪費家で日夜、ギャンブルに明け暮れる毎日……その素行の悪さに愛想を尽かせた祖父は、資金援助が断ってしまったんだとか。


 それでも、お金を欲っした父親は、春日野家と古くから親交のあった『慶恩寺家』へ取り入る様になり、何と娘である晴希を担保にお金を工面していた様だ。


「誓約には、私が二十歳(はたち)を迎えるまでに入籍しなければ、慶恩寺家へ嫁ぐ事になっているの」


「…………」


 この時、始めて晴希が結婚を焦っていた理由が分かった。僕へ執拗に迫って来たのも、もしかしたら、この誓約に抗おうと必死だったからかも知れない。


「今まで黙っていて、ごめん。こんな事を話したら嫌われると思って、どうしても言い出せなかったの」


 ――僕は、利用されていただけなのか?


 一瞬、そんな考えが僕の頭を過ったが……


『お願いです……私の体は好きにして貰って構わないから、これ以上ナツと直樹さんを傷付けないで下さい』


『例え直樹さんが亜紀先生の事を選んだとしても、きっと応援してあげられるから……私の事は気にせずに、ちゃんと好きな人を選んで欲しいの』


 思い返すと、晴希はいつだって自分の事は後回し、そんな晴希が僕を利用しようと考えていたなんて、到底思えなかった。


 不安で涙ぐむ晴希に、僕は優しく微笑み掛けると、その悲しそうに見える頭を優しく撫でながら……


「話してくれて、ありがとうな。大丈夫、どんな事があっても、僕の気持ちはもう変わらないから……」


「直樹さん……」


 感極まった晴希は抱き付くと僕の胸でポロポロと涙を流した。優しく抱き返した僕は、晴希を幸せを心から願った。


 晴希と紡いだ愛……

 僕達の絆は強く結ばれ……

 もう二度と(ほど)ける事は無いだろう……

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