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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第四章 カプリース 〜冬山に舞い散る雪花〜
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44話 ユニバーサルグラビテーション

和訳『万有引力』


 ― 12月上旬 ―


 晴希と付き合い始めて2ヶ月程が経過した頃になると、辺りには冬の景色がチラほらと見え隠れしていた。


『ねぇねぇ、直樹さーん。今日、バイト終わったら、お買い物に付き合ってくれませんか?』

『えっ!? 昨日も行ったばっかりじゃん』


『買い忘れちゃった物があるんです。ダメですか?』

『いっ……いやダメじゃ無いけど』


 晴希の真っ直ぐな瞳に見つめられると、どうにも誘いを断れなくなってしまう僕は、気付けば……完全に振り回されていた。


 付き合っていると言っても、特に何かが変わった訳では無く、買い物やカラオケに行く頻度が増えたり、人の目を気にせずに手を繋げる様になったぐらいだ。


 あと一歩の所で届きそうで、届かない……

 そんな、もどかしい日々が続いていた。


 そんな僕にも、起死回生となるイベントが控えていた……トライフルランドのデートである。


 収穫祭で手に入れたVIPチケット……


 冬季限定のイルミネーションが、どうしても見たいと晴希から強請(ねだ)られた事もあり、すっかり先延ばしにしていたが漸く、その時が来たのだ。


 以前、晴希から送られて来たデートプランの締め括りには……『シフォンの丘でのキス』


 晴希と付き合い始めてから2ヶ月も経過しているのに、未だ頬にキスすら出来ないでいた奥手な僕……そろそろキスぐらいなら良いだろうと意気込む反面、嫌がられたらどうしようと不安に思い、不安と期待を胸に、このデートを楽しみにしていた。



 ― デート当日 ―


 緊張から昨夜、あまり寝れなかった事もあり、最寄りの駅のベンチに座って、うつらうつらとしながら晴希の到着を待っていると……


「直樹さん。お待たせしました」

「あっ、おは……えっ!?」


 眠気眼を擦りながら、声がする方を見るとそこには……普段見る事の無い、大人っぽい姿の晴希がいた。


 シックなネイビー色のキャミワンピ……

 ベージュのニットカーディガン……

 キラリと耳元で光る金のイヤリング……


 まさに、大人の装いである。


 アプリコットピンクの唇は艶めき、その優しく落ち着いた瞳に見つめられると……僕の心は激しく揺さぶられていた。


「デートだから、お洒落してみたんだけど……どうかな?」


 どうやら晴希は……本気の様だ。


 少し不安そうな顔をしながら、モジモジとしている晴希を見ていると、僕の鼓動は激しく高鳴り、顔が熱く火照っていた。


「おっ、大人っぽくって凄く似合ってるよ、」


 ――ココは、まだスタート地点だ……


 こんな所で躓く訳には行かないと、僕が俯きながら心を落ち着かせていると、晴希が下から笑顔で覗き込んで来て……


「ふふっ……じゃあ、行きましょうか」

「あっ、ちょっと……」


 すっかり気を良くした晴希は、戸惑う僕の腕に手を回すと、足早にトライフルランドまで走り出した。



 ― ホールケーキ城 ―


 トライフルランドの中央に位置する、大きなお城で絶好の撮影スポットである。通常は、徒歩で入る事が出来ないのだが……


「VIPチケットのお客様ですね……コチラから城内にお入り下さい」


「ふふっ……リサーチ通りだ。早速、VIPエリアに行きましょう」

「えっ、あっ……ちょっと……」


 流石はVIPチケット、普段は入れない場所も難なく入れる。場内は、まさに御伽の国……絵に書いた様な夢のお城であった。


「ここは本来、マシュマロトレインに乗りながら眺める事しか出来ないエリアなんだって」


「へぇー……凄い所なんだな」


 ガタンゴトン……ガタンゴトン……


 僕達のすぐ横をマシュマロ模した電車が通過すると、中に乗っていた人が手を振ってくれた……


「おーい!!」


 飛び跳ねながら、笑顔で両手を振り返す晴希だったが、僕は……恥ずかしくて堪らなかった。


 それからも、晴希の綿密なプランニングに沿って、効率的にアトラクションを消化してゆくと……


「はぁ……もうダメ。少し休憩しないか」


「じゃあ、ちょっと早いけど……ランチにしましょうか」


 チョコレートマウンテンの頂上で、持ってきたウサギ柄のレジャーシートを広げると、晴希はリュックを下ろした。


 中を開くと……


「じゃーん、特製のスペシャルランチです」

「えっ!?」


 目の前には三段の重箱……中には定番のサンドイッチやオニギリ、唐揚げやサラダ……フルーツなど数種類のおかずが所狭しと敷き詰められていた。


「こっ……これ全部、晴希が作ったの?」


「うん、前日に仕込んでたから、そんな時間は掛からなかったけど」


 晴希の料理の腕は、やはり本物だった。


 以前、余り物で朝食を作ってくれた時も、舌鼓を打っていたが……ちゃんとした食材を使うと、まさに別格。高級レストランのシェフですら、腰を抜かす程に美味であった。


「これ美味しい、こっちも美味い……こっちのヤツも……ゴホゴホゴホッ」


「そんなに焦らなくても、まだまだ沢山あるから……」


 夢中で箸を進める僕の姿を見て、ニコニコと笑う晴希は……まさに地上に舞い降りた天使だった。


「クスクスクス……こんな所に、()()可愛い所有物(ペット)が紛れてるけど、どうして?」


 そんな仲睦まじい僕達の様子を双眼鏡で見て、クスクス笑う怪しい人影があった。


 食事を終え、すっかり気力を取り戻した僕は、残りのアトラクションを制覇するべく、奔走してゆく……


 そして……


「これで全アトラクション制覇だな」

「やったね、直樹さん。後はゆっくりパレードを見てから帰りましょ」


 気付けば辺りは暗くなっていた……賑やかな音楽と、多彩なイルミネーションで飾られたパレードが始まると、僕達は今日のラストを締め括る『シフォンの丘』を目指した。


「ふふふっ……直樹さん、綺麗だね」

「うっ……うん。そっ、そうだな」


 このシフォンの丘は本来、立入禁止区域……VIPチケットを持つ者だけが踏み入る事が許される、謂わば聖域だった。


 この丘から見える絶景は……

 人々を魅了し……

 ロマンチックを演出する……


 何でもココでプロポーズをした人は、必ず結ばれるってジンクスがある程だ。


 無邪気な晴希は、すっかりパレードに夢中だったが、僕は気が気では無かった。何故なら、このパレードの後には晴希との()()が控えていたからだ。


 パレードが終わると、誰もいない丘の中心で僕達は立ち止まり、ゆっくりと肩を寄せ合う。


「直樹さん……ココなら、誰も見てないよ」

「う……うん」


 まるで、この瞬間を待っていたかの様に、晴希は静かに目を閉じると……その頬を赤らめていた。


 目の前にある……

 プルっと柔らかそうな唇を見て……

 やはり僕は、躊躇していた。


「直樹さん……愛してるよ」


 そんな僕を察してくれたのか、晴希は耳元で小さく囁くと、漸くキスする決意した僕は、晴希の頬へと、手を宛がい……


「僕も晴希の事が大好きだ……愛してるよ」


 チュッ


 晴希の唇まで、残り数cmの所で突如……僕の右頬に鈍い痛みが走った。


 一瞬、何が起きたか分からない僕だったが、顔を上げると目の前には……晴希の頬へキスをしている王子衣装の男がいた。


「なっ!!」


 ピシャーーッ


 驚いている僕を横目に、キス男に対して晴希は容赦無くビンタを繰り出したのだが、全く動じる気配が無かった……この男は、いったい?


「あはは……相変わらず初心(うぶ)な女だな。頬にキスなんて、海外じゃ挨拶代わりだぜ()()」 


冨幸(ふゆき)君……どうしてココに?」


 冨幸と呼ばれる金髪のロングヘアーの男。


 持ち前の高い鼻に……

 甘いマスク……

 洗練されたボディー……

 所謂、イケメンである。


 先程からのやり取りから晴希の知り合いだと言う事は、何となく察しがついたが、いったいどんな間柄なのだろうか?


 気になっていた、仕方が無かった僕は……


「いったい何者なんだコイツ?」


「この人は、私の……」

「ご主人様だ。そして晴希は、僕の可愛いペット」


 晴希を指差しながら自身のペットだと、豪語する冨幸に対して、堪忍袋の緒が切れた僕は、訳もわからず突進してしまったのだが……


「晴希はな、僕の彼女だ。お前のペットなんかじゃ……あわわ」


 冨幸が軽快な身のこなしで、鮮やかに突進をかわすと、僕は体勢を崩し倒れてしまった。そんな僕の顔を不敵な笑みで見下しながら冨幸は……


「あはは……物の例えだよ。しかし、こんなオッサンと付き合ってるとは……お前、随分と物好きだな」


「直樹さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。それよりコイツはいったい?」


 晴希の口から語られたのは、あまりにも無情な現実だった。

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