43話 カレッジボウル
和訳『勇気の器』
※今回は箸休め回なので、気楽に御覧ください。
晴希と付き合い始めてから1週間……
僕達は頻繁にLINKで連絡を取り合っていた。
「晴希ぃ……晴希ぃ……」
枕を抱き締めながら、晴希の事を思う僕には、幸せな一時が流れていた。
チャラチャラン……
――きっと、晴希からだ……
期待に胸を踊らせながらスマホを手に取ると、そこには……
【強制出動命令(全員強制参加)】
まさかの『中年童貞の集い』の招集であった。
晴希達の騒動もあり、バツが悪くなってしまった僕は、バーベキュー以来、招集には参加していなかったが、今回は全員強制参加……
これは通常の飲み会とは異なり、リーダー安倍のリアルなSOSなのである。
「うーん……仕方無いか」
日頃、お世話になっている安倍の頼みであれば仕方無いと、僕は晴希の事は伏せながら招集に参加する事を決めた。
― 翌朝 ―
僕がアジトに到着すると、そこには……四十代童貞達が待ち構えていた。
「草原君は、久し振りの参加だにね」
「すっ、すみません。ちょっと忙しかったので……」
相変わらず、到着の早いメンバー達……遅れてきた僕に太田が声を掛けてきたのだが、他のメンバーは少し冷やかな目をしていた。
全員揃ってアジトの中へ入るとそこには……いつに無く弱々しい姿をした安倍の姿があった。
「だっ……大丈夫ですか、安倍さん」
安倍の事を心配して、前へと出た佐武だったが……
「アイタタタ……お前ら、今日は忙しい所すまなかった。実は折り入って頼みがあるんだ」
何でも依頼は裏山にあるミカンを収穫して欲しいとの内容だった。例年は頃合いを見て、安倍自身が粛々と収穫を行っていたらしいのだが、どうやら腰をやってしまって動けないらしい。
「ミカンの運命は、お前達に託した……ぜぇ」
ガクッ……
そのまま布団に入り、寝てしまう安倍。僕達は仕方無く裏山へと向かう事になった。
広大な畑に聳え立つ緑のカーテン……ポルカドットの様に飾られた黄金の果実『早生ミカン』その芳醇な甘味と酸味は、コタツ族に取っては欠かせない逸品である。
― みかん狩り ―
――晴希と一緒に来たら、楽しいんだろうな……
勝手に妄想を膨らませていた僕は、ニヤニヤと気持ち悪い笑顔をしていたのだが、他のメンバーの表情は何故か重かった……いったい何故だろうか?
「明日は、大雨らしいから今日中に全て収穫しないと……だね」
いつも涼しい顔で、卒無く仕事を熟してゆく、城崎だったが今回は違った。降り掛かる難題に頭を抱えながら苦悩している……
こんな困っている姿を見るのは初めての事だった。
すると……
「がぁははは……拙者に任せるでござる」
すると、汚らしい笑い声と共に、全身毛むくじゃらの男が現れた。
『自然派童貞 土井』
野生児を自負しており、汚らしい外見とは裏腹に逞しい体をしている。無類のサバイバル好きであり、今回は舞台が山だと聞いて、すっかりテンションが上がっていた土井は……メンバーの中でも、常に浮いていた。
「土井君がいれば百人力だね」
「任せてガッテン……でござる」
愛想笑いを浮かべながら無難な対応をしている城崎だったが……土井は激しく燃えていた。
「秘技『掴み取り』でござる」
「だっ……駄目だよ土井君。安倍さんからも素手で無理矢理、取らない様に言われているだろう?」
あまりにも無茶苦茶な土井の振る舞いに、流石の城崎も怒っている様だった。結局、各々が別れて収穫する事になったのだが……
「がぁははは……草原君はまだ1本目でござるか。拙者、もう5本目に取り掛かったでござるよ」
「!?」
異常な速さでみかんを収穫する土井に、僕は驚きを隠せななかったのだが、コンテナを見ると……中はスカスカであった。
「おぃ土井。テメェの収穫した木、上の方が全然、穫れてねぇじゃねぇか。ブッ飛ばされてぇのか」
「ひいぃぃ……ごっ、ござる」
鋭く睨みを利かせた佐武が声を荒げると、土井は畏まった様に直立した。どうやらその様子からズルをしていた様だ。
呆れた佐武が、脚立を渡すと……
「佐武殿、拙者は高所恐怖症なのでござる」
「…………」
土井はお調子者……出来もしないのに見栄を張っては毎回、安倍や佐武に怒鳴られる始末。決して悪い人では無いのだが……どこか残念な人だった。
― 夕暮れ ―
「ふぃー……捥ぎ終わったぁ」
「お疲れ様、後は倉庫に入れれば終わりだね」
黙々と収穫を続ける事、数時間……メンバー達は、無事に任務を終える事が出来た。
掌からほのかに香る……
爽やかな柑橘の匂い……
泥まみれで夕映えに佇む僕達は、すっかり男の顔になっていた。
「夕食は太田君特製のみかん鍋ですよ」
先にアジトへ戻っていた太田は、料理の仕込みをしていたが、この鍋……大胆且つ、奇抜だった。
中には野菜の他に大量のみかんが丸ごと投入されていたのだから……いくら料理上手の太田が調理したからと言ってもこれを食べるのには、かなり勇気がいるだろう。
「あで? みんな食べないだにぃ?」
「見た目は奇抜ですが、美味しいんですよ。皆さんが食べないなら冷めないうちに私が……」
中々箸をつけようとしない一同に、太田は不満そうな顔をしていた。発案者の城崎が皆を煽る様にして箸を入れようとすると……
「せっ、拙者が最初に食べるでござるよ」
なんと、この奇抜な鍋に土井が挑むと言うのだ。
太田が器へと鍋を取り分けると、漂う柑橘系特有の爽やかな香り。みかんを押しのけながら、味を確かめる様に土井が汁を啜ると……
「ん!? これは……何でござるか」
土井の険しい表情に、緊張が走った。もしかしたら、始まって以来の失敗料理なのかも知れない。
そんな緊張の中……
ゴクゴク……
ムシャムシャ……
ズズズッ……
「太田殿……御代わりでござる」
まさかの御代わりを要求、どうやら見た目の奇抜さとは裏腹にかなり美味しい鍋らしい。残りのメンバーも、土井に続いて鍋を口へと流し込むと……
――これは、確かに美味い。
メンバーが舌鼓を打っていると、横の部屋で寝ていた安倍が起きて来た。
「お前ら御苦労。なんか美味そうな物、食べてるじゃねぇか俺も混ぜろや」
そして、いつもの宴会が始まった。
お酒も混じり、仲間達と過ごす楽しい時間……この時ばかりは晴希と付き合っている事も忘れ、メンバー達と話に花を咲かせていた。
「うぃー、もう飲めませんよ安倍さん」
「全く懲りねぇ奴らだな……」
潰れるメンバー達を見て眉間にシワを寄せる安倍だったが、呆れながらもその表情は優しく……まるで自分の子を見守っているかの様であった。
「草原は、帰れそうか?」
「僕は大丈夫です。今日はご馳走様でした」
ペコリとお辞儀をして僕が帰宅しようとすると……
「今日はありがとな……助かったよ。色々と事情はあるんだろうけど、またいつでも招集に参加してくれよな」
「あっ、はい。ありがとうございます」
安倍からお礼を聞いた僕は、笑顔で扉を開いた……
ビューー
吹き荒れる木枯らしによって、舞い上がる落ち葉は、秋の醍醐味だろう。この葉が全て落ちきる頃にはきっと……寒い冬が訪れるのかも知れない。
ご覧頂き有り難うございます。
第三章も、これで完結となりますが、如何だったでしょうか?
『第四章 カプリース 〜冬山に舞い散る雪花〜』も引き続きお楽しみ下さい。
【ファントムグリフ 構成員紹介】
五十路童貞(リーダー)
・情熱の童貞 安倍
四十路童貞
・激情の童貞 佐武
・博愛の童貞 城崎
・大食漢の童貞 太田
・自然派童貞 土井
・???
三十路童貞
・若葉の童貞 草原




