40話 エディセミネイティング
和訳『恋の螺旋階段』
― 晴希の家 ―
ピンポーン……
「はーい。今、行きまーす」
チャイムを鳴らすとバタバタと廊下を走る音……扉が開くとそこには、可愛いウサギ柄のパジャマ姿を着た晴希が出て来た。
「あれっナツ? こんな時間にどうしたの?」
平然を装っている晴希だが、酷い顔をしていた。目は泣きすぎて兎の様に赤く充血しており、あまり寝れていないのか下瞼には大きな隈も出来ていた。
きっと僕の事で、相当苦しんでいたに違いないのだから……
「話がある……入って良いか?」
「それは、構わないけど……」
夏稀は誤解を解く為にも、僕から聞いた事を包み隠さずに全て話してくれたらしい……それが一番、晴希にも分かって貰えると思ったからだ。
「じゃあ……直樹さんは無理矢理、襲おうとしていた訳じゃ」
「ああ……それは全部、晴希の勘違いだよ」
真相を知った晴希はホッとした顔をしつつも、勘違いで僕に手を上げてしまった事を後悔していたらしい。
「私……カッとなって、直樹さんに酷い事をしちゃった」
「それは、別に良いんじゃ無いか? 身体には手を出していなかったけど、二股掛けてたのは事実だからな」
初めは心配そうな顔をしていた晴希も、夏稀の言葉に元気を貰い、徐々に笑顔を取り戻して行った様だ。
「まあ、本人も反省しているみたいだし、俺が原因を作った様な物だから許してやって欲しい」
「分かった……でも直樹さんは、これからどうするつもりなんだろう」
「それは……」
― 30分前 ―
スーパーの事務所で夏稀が僕へと問い掛けた。
「誤解を解けたとして結局、草原さんはどっちを選ぶんだ」
「僕は……まだ選べない。自分の心が良く分からブホォ……」
あまりにも優柔不断な回答に怒りは頂点へと達した夏稀は、僕の頬を思いっ切り殴り飛ばした。
そして、去り際に……
「一週間やるからよく考えてとけよ。次、また同じ事を言ったらその時は……覚悟しやがれ」
『…………』
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「ったく、頭に来たからつい殴っちゃったよ。まあ、あの人の優柔不断さは今に始まった事じゃ無いしな。兎に角、一週間だけ待ってやって欲しい」
「うん……わかった。こんな遅い時間なのに、ありがとね。それと、ナツにお願いがあるんだけど……」
夏稀の話を、真剣な眼差しで聞き入っていた晴希は、少しホッとした顔をしていた。
― 自宅 ―
夏稀が定めた期限は、一週間……上手く説得出来るかは別として、僕は決めなければならなかった。
晴希と亜紀……
どちらを選ぶかを……
世間体を考えるならやはり亜紀だろう。
優しくて包容力もあり、年齢も近い……気も合うし、何より一緒にいて安心出来る理想の女性なのだから……
――だけど、僕には晴希がいる。
勿論、晴希も素敵な子だ。可愛くて明るい……僕の太陽だ。あの眩しい笑顔に照らされると、自然と暖かな気持ちになれる。
だけど晴希はまだ、女子高生……僕は、良くても周りからの目は気になってしまうだろう。
僕が目を覆いながら、苦悩していると……
チャラチャラン……
突如、僕のスマホが鳴った。どうやら晴希からメッセージが送られて来た様だ。
晴希【夜分遅くにすみません】
晴希【今から少し、電話しても良いですか?】
僕は少し戸惑いながらも、二股していた事に謝る為に晴希と電話をする事に決めた。
「もしもし、直樹さんですか? 昨日はその……理由も聞かずに、叩いたりしてすみませんでした」
勘違いをして叩いた事を晴希が謝ると、僕は目を強く瞑りながら後悔した。
――先に謝らなければならないのは、僕の方なのに……
「僕の方こそ、その……ごめん。最低な奴だよな、本当に……」
夏稀との買い物をデートと勘違いしてヤケになっていた僕は、結果として晴希を裏切って、お見合いへと踏み切ってしまった事を後悔していた。
そんな僕の謝罪を聞いた晴希の反応は……
とてめ意外な物だった……
「そんな事、無いよ。亜紀先生は憧れの先生だし、直樹さんが好きになっちゃうのも、分かる気がするから……」
晴希の様子が何か可笑しい。
いくら相手が憧れの女性だったとしても、好きな男性に二股を掛けられて、許す事など到底、出来無いからだ。
だが晴希は、亜紀の事を否定するでも無ければ、僕の事を批難するでも無く……まるで二人の関係を肯定しているかの様に振る舞ってみせたのだ。
「ふふふっ……私なら大丈夫だから、例え直樹さんが亜紀先生の事を選んだとしても、きっと応援してあげられるから……私の事は気にせずに、ちゃんと好きな人を選んで欲しいの」
「晴希?」
やはり、まだ怒っているのだろうか?
それとも、これは諦めなのか?
まるで自分の事など、どうでも良いと言った様子で話し掛けて来る晴希には、何とも言い表せない違和感があった。
――晴希の心には、もう……僕は映っていないんじゃないか?
晴希の心はココに在らず、既に別の方へ向いてしまっているのでは無いかと、不安や悲しみに打ちひしがれた僕は……静かに肩を落とした。
「晴希の方こそ、他に好きな人とかいたら、僕の事は気にしないで良いからね」
――僕は……いったい何を言ってるんだ。
動揺していたとはいえ、こんな事は絶対に口にしてはならなかった……晴希の心が益々、遠退いていってしまうからだ。
「うん、わかった。ありがとうね、直樹さん」
電話を終えた僕は、ずっと後悔していた。何故、晴希の事を好きだと、言ってあげられなかったのかを……
「はぁ……」
僕は己の不甲斐無さに悔いると共に、深い溜め息を吐いた。
遠ざかる晴希への想い……
襲い来る強い空虚感……
このジレンマの中で僕の心は……
激しく揺れ動いていた。




