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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第三章 ノクターン 〜秋空に沈む太陽と昇る月〜
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39話 バルサミックグリーム

和訳『沈黙と希望』

 ― 晴希の部屋 ―


「ううぅ……ううぅ……」


 薄暗い部屋で……

 咽び泣く晴希の声……


 二人で交わした約束……

 信じていた僕からの裏切り……

 強い不信感……

 その全てが、晴希の心を蝕んでいた。


「直樹さんに取って私は、ただの遊びだったの?」


 口では好きだと言っても、女子高生を相手に本気で恋愛を考える大人の男性なんて、僅かだろう。世間体から僕が付き合う事に躊躇っているのも、晴希は陰ながら理解してくれていたらしい。


 ――頭では、分かってたはずなのに……


 目の前に年頃の女性が現れれば、惹かれしまうのも無理はなく、相手が憧れの存在だった亜紀ならば、惹かれない方がおかしいのだ。


 自分の我が儘で付き合いたいと言っている以上、女性関係は寛大な心で許す気でいた晴希だが、いざ目の前で亜紀を襲おうとしている姿を見て抑えていた感情が爆発してしまった様だ。


 燃える様な激しい怒り……

 真っ暗な冷たい悲しみ……


 晴希の心は、まるで硝子細工の様に脆くも砕け散った。


 ――真実の愛って何なの?


 晴希は自問自答を繰り返しながら、涙で枕を濡らしていた。ポッカリと空いた心の穴は塞がる事も無く、無気力な空虚感によって深い闇へと誘われてゆくのだった。


 ・

 ・

 ・


 ― 亜紀の部屋 ―


「…………」


 何も無い壁を……

 ただ呆然と見つめていた……


 亜紀の顔に生気の無く、その表情はまるで、ショーウィンドウに飾られていたマネキンの様に冷たかった。


 ――運命って、なんて残酷なんだろう……


 信じていた僕のスキャンダルは、亜紀の心を人間不信へと追い込んでしまったらしい。


 まさか、女子高生に手を出していようとは……

 しかも、相手は嘗ての教え子……

 これは決して許される事では無かった。


「ううぅぅ……ううぅぅ……お父さん。私、どうしたら良いか、わからないよ」


 たが僕への想いを完全に断ち切る事が出来なかった亜紀は、現実と妄想の狭間で一人押し潰されそうになり……苦しんでいた。


 ――これが夢なら……醒めて欲しい……


 重なり合う感情……

 入り混じりる疑惑……

 少しづつズレてゆく想い……


 それぞれの想いを乗せて……夜が明けた。


 ・

 ・

 ・



 ― 自宅 ―


 チュンチュン……チュン……


 まるで昨日の出来事が、嘘であったかの様に清々しい朝だった。僕の熱も下がり、体調もすっかり良くなってはいたが……心にポッカリと空いた穴だけは、塞がら無かった。


 ――僕は、なんて酷いヤツなんだ……


 二人の想いを踏み躙り、傷つけてしまったと後悔していた僕だが今更、反省しても時既に遅し……


 最早、やり直す事など……

 出来やしないのだから……


『朝だよぉ!朝だよぉ!!直樹さん起きて〜』


 いつもの様にハルルン人形が騒がしく話し掛けてくると、僕は静かに抱き締めながら……


「ハルルンちゃん……僕は、いったいどうしたら良いんだよ」


『今日は喧嘩しちゃったけど……私の事を嫌いにならないでね』

 

 その明るて元気な声は……

 眩しくて、どこか切なくて……

 僕の心を抉る様だった。


 僕は未だに、現実を受け入れる事が出来ないでいる。もう二度と晴希や亜紀と話す事が出来ないと思うと……涙と悲しみと世界が曇ってしまった。


 ――晴希、亜紀、ごめん。僕にはもう……


 もう二人と復縁出来ない事と悟ると、明るく見えていた未来が陰り、僕は肩を落としながらアルバイトへと向かう事になった。



 ― スーパーミカド ―


「あっ、おはよう晴希。昨日は……」

「……ふんっ」


 僕が挨拶すると、一瞬だけ目を合わせた晴希だったが、プイっと顔を反らすと事務所から出て行ってしまった。


「はぁ……」


 ――やっぱ、怒ってるよな。


 これはマズいと感じながらも、もう声を掛ける事も出来ず、僕は黙々と仕事を熟していった。


 そして、晴希が早番で帰宅した後も……


「草原さん……おい、草原さんってば。どんだけ、ポリ袋でブーケ作ってんだよ。こんなにあってもレジに置ききれねぇだろ」


「えっ……あっ、悪い悪い……あははは」


 ポリ袋ブーケとは、商品を入れやすくする為に予め開いた状態で束ねておくポリ袋の事。通常は3セット程度あれば問題無い物なのだが、なんと僕は無意識に10セットも作っていたらしい。


 流石の夏稀も、この異変には違和感を感じたらしく、ジト目で僕を睨み付けると何かを疑っている様に見えた。


 閉店の時間となり、僕がお店のシャッターを閉めていると……珍しく夏稀の方から声を掛けて来た。


「おい、草原さん。今日は一段と変だったけど、ハルと何かあったのか?」


「えっ!? あっ……その何でもな……」


 僕が言葉に詰まっていると、夏稀は目を吊り上げ、鬼気迫る顔で僕に迫ると……

 

「ハルといい、草原さんといい、ポリ袋ブーケをこんなに作りやがって……何も無いとは言わせねぇぞ。サッサと白状しやがれ」


 夏稀の確信をつく言葉に、ついに観念した僕は、怒られる事を覚悟しながら全てを打ち明ける事にした。


「…………」


 きっと『自業自得だ』とか『二股男』とか言って、激しく罵倒される事を覚悟していたのだが……予想に反して夏稀は沈黙していた。


「じゃ、じゃあ僕は行くから……」


 やはり夏稀に打ち明けたのは、間違いだったのだろうか……気まずくなった僕は、逃げる様にして事務所から出ようとしたのだったが……


「待てよ」


 僕が事務所の扉に手を掛けると夏稀に呼び止められた。思い返してみれば、夏稀は規律や男女関係には人一倍厳しい人間だ。


 もしかしたら、どんな罰を与えるかを考えていただけなのかも知れない。恐る恐る振り返ると……これまた予想に反して、夏稀は頭を抱えながら悩んでいた。


「やっぱり、どう考えても俺のせいだよな。ハルとの関係を引き裂いたり、付き合っている様な素振りを見せたりして……」


 ……意外だった。


 てっきり批判的な事を言われ、殴られるとばかり思っていたのに夏稀は自分のせいだと、自身を責めていたのだ。


「いや、二股掛けたのは僕の方だし……」


「確かにそれは良くなかったと思うけど、あんだけ邪魔ばっかされたら、心移りしても仕方ないよな……相手が桐月先生なら尚更だ」


 予想に反して慰めてくれた夏稀だが、二人の撚りを戻すのが困難な事は分かっていた。すっかり復縁を諦めていた僕だったが、ココで夏稀は意外な提案をして来た。


「二人の誤解は俺が解いてやる。連絡先も知ってるしな」


「えっ?」


 僕は目を丸くして驚いた。


 今までは邪魔ばかりして来た夏稀が、今回は手助けをしてくれると言うのだから……


「えっ……でも……」


「勘違いすんなよ。俺は、アンタの恋路まで応援する気は無い……ただ誤解されたまま、終わりにされたら後味が悪いからな」


 普段は問題ばかり起こし、厄介者だと思い込んでいた夏稀だったが、今日は心強く……その言葉には何か強い意思の様な物を感じた。


 過度な期待は禁物だが、夏稀のお陰で二人と和解が出来るかも知れない……微かな希望を見出しながらも二人の事を思うと僕は心が痛かった。


「最後に一つ良いか? 誤解を解けたとして結局、草原さんはどっちを選ぶんだ」


「僕は……」


 僕が回答を聞き終えた夏稀はバイクへと跨ると、そのまま夜の闇へと消えてゆくのだった。

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