35話 ギバウスエモーション
和訳『実りゆく想い』
「じゃあ、俺等は行くか」
夏稀の手を掴むと、強引に連れ出そうとしていた政斗だが、夏稀は手を振り払うと不機嫌な顔をしながら……
「おい、ちょっと待て……お前、どこに行く気だよ」
「人前じゃ恥ずかしいんだろ? ウチに帰るぞ」
「はぁ? ざけんなよ……抽選会はどうすんだよ」
「それなら問題ない」
そう言うと政斗はポケットからグシャグシャになった抽選券を取り出し、僕へと手渡すと……
「いやぁ、良いところで会ったな……パイセンさん。この抽選券はアンタに託した。食い物が当たってたら後でナツに渡してくれ、もし捨てたり、誰か他のヤツに渡したりしたら……分かるよな?」
「はっ、はいぃぃ……」
政斗の圧倒的な圧力の前に、完全に屈してしまった僕は、どうしても断る事が出来なかった。
「んじゃ、後は頼んだぜ」
「離せ、離せよ。コラッ、ちょっと……」
ジタバタと足掻いていた夏稀だが、政斗の強靭な腕力には逆らえず、いとも簡単に連れ出されてしまった。
「…………」
あまりに突然の出来事に、まるで氷の様に固まっていた僕だったが、冷たい秋風が頬を掠めると冷静さを取り戻し、自らが置かれた最悪な状況を理解した。
右手には、亜紀……
左手には、晴希……
夏稀達の離脱によって、取り残されてしまった……まさに地獄のスリーカードである。両手に花と言えば聞こえは良いが、この花達には……棘があった。
まさに地雷原と言っても過言では無いだろう……
何を話しても危険な状況に、僕は黙りを決め込んでいたのだが、晴希達は何やら難しい顔で話し込んでいる様だった。
「亜紀先生達はこの後、時間ありますか?」
「私は大丈夫だけど、直樹さんは用事が……」
好意を抱く二人に……
同時に見つめられると……
否応なしに、ドキドキとしてしまったが、この亜紀の助け船は……僕に取ってチャンスだった。
「あぁ、実は……」
僕は早速、この危険地帯からの脱出試みようとしたのだが……何かが引っ掛かった。
『もし捨てたり、誰か他のヤツに渡したりしたら……分かるよな?』
先程、政斗から言われた事を思い出すと、僕は全身に悪寒が走り、身震いした。
頭を掠める……
覆面男の無惨な姿……
「いや……実は用事ってのは、こっそり晴希達を驚かしに行こうと思ってたんだ。こんな事に亜紀さんを付き合わせるわけには行かないからさ」
政斗の圧倒的な圧力に負けた僕は、脱出のチャンスを捨ててまで、考えを改める事にしてしまった。
「ふふふっ……そんなの事、言ってくだされば、ご一緒したのに」
「そうだよ。直樹さんってば、水臭いですよ」
この苦し紛れの言い訳にも、晴希達は疑う事はせず、笑顔で返してくれた。
――何も知らない二人……
愚かにも、形成されてしまった……
地獄の三角関係……
抽選会場まで移動している最中も、もし二股がバレたらと恐怖心から震えの止まらず、目を合わさない様に注意を払っていたが……とても生きた心地がしなかった。
― 抽選会場 ―
「わぁーー、凄い人だね」
抽選会場には既に沢山の人が集まっており、その様子を見た晴希は目を丸くして驚いていた。そんな晴希を見て、少しだけ気が緩んだのか僕は得意気に説明を始める。
「綿樫祭は、この町で一番大きなイベントなんだ。景品も良い物が沢山あって、今年の特賞はえっと……」
「ふふっ……トライフルランドのVIPチケットです。市販には出回って無い物らしいので、狙ってる方が多いみたいですよ」
『トライフルランド』とは、お菓子やケーキを模したアトラクションが特徴のテーマパークで大人から子供まで幅広い人気で、年間1,000万人を超える来園者が訪れるんだとか……
数あるチケットの中でも、特に入手が困難なのが、このVIPチケットでトライフルランドにある全てのアトラクションを、待ち時間無く搭乗する事が出来るのは勿論の事……なんと、一般公開されていないシークレットエリアにまで、足を運ぶ事が出来るらしい。
「間もなく、綿樫祭メインイベントの大抽選会が開催されます。お集まりの方は押し合わず、当選者をお通し頂く様に……」
アナウンスが終わると愉快な音楽と共に、芸人風の司会者二人が特設ステージへと上がった。
「どーも、シグナルズの斉藤です」
「佐々木です」
小柄でテンポの良さそうなツッコミ役の斉藤と、がっしりと体格が良いボケ役の佐々木は、マイクの前で一礼すると早速、ネタを始めた。
「今日は仰山集まってくれて大きにな。ほなっ、見たいテレビがあるから帰るわ」
「アホか、抽選会どないすんねん」
熱気を帯びてゆく会場……晴希と亜紀も楽しそうに笑っていたが、僕だけは不安に頭を抱えながら……一人怯えていた。
――もしも、VIPチケットが当ってしまったら……
限り無くゼロに等しい確率にも関わらず、いざ当たってしまったらと思うと、気が気じゃなかった。
晴希や亜紀にどう説明しようか悩んでいると、抽選が始まってしまう。
ステージ上に用意された紅白の箱……
赤い箱には商品名が、白い箱には当選番号が入っており、司会の二人が引き合って行く様だ。司会者の一人が、徐に箱の中へと手を入れると……会場に緊張が走った。
「早速、ビッグな景品が来てしまいました。記念すべき最初の当選品は……なんと、お米10kgだ」
「当選番号は……At26365です」
ステージにある巨大なスクリーンに番号が表示されると、当選者と見られる大柄な男が舞台へと駆け上がって行った。
男が抽選券を手渡すと、司会の二人がQRコードで番号を照合してゆく、その後も抽選は次々と行われ……
「次は大人気ブランド ハープナーのフライパンお鍋セット。番号は……」
「あっ!!私です。当たっちゃいました」
なんと、亜紀が見事に当選したのだ。ステージへと上がり、笑みを浮かべた亜紀は司会の二人に、誰に料理を作りたいか問われると……
「色んな方に料理を振る舞いたいですが、やっぱり一番は今、私が大切に思ってる人です……ふふっ」
会場に微笑ましい声が響きわたると、亜紀は少し照れくさそうに笑っていた。そんな亜紀を見て、晴希は……
「亜紀先生の恋、成就すると良いなぁ。ねっ、直樹さん」
「あっ、あぁ……そうだな」
恩師の恋の行方を密かに応援していた晴希だが……まさか、その相手がすぐ横にいる僕だとは、夢にも思わなかっただろう。
晴希の言葉に罪悪感を感じていた僕は、心を鑢で削られる思いだった。
抽選会も後半へ差し掛かると……
「やったー!! 直樹さん、私も当たりましたよ」
亜紀に続いて、今度は晴希もお菓子セットを引き当てた。その後も次々と当選者が呼ばれてゆく中、僕の番号だけは呼ばれず、残るはVIPチケットのみとなった。
「この抽選会も、いよいよ次でラスト……お待ちかねトライフルランドのVIPチケット。運命の当選番号はジャジャジャン……『Lb86697』」
――やっ……やったー!!
番号を確認すると……夏稀達から預かっていた抽選券は見事にハズレていた。
「残念ですけど、ハズレてしまいましたね」
「折角、最後まで残ってたのにぃ……」
「あははは……仕方無いよ、こう言うのは時の運だしさ」
――僕の不安は、杞憂に終わった。
口では悔しいと言っていた僕も、心の中では笑みが溢れていた。VIPチケットの抽選が外れた事で、完全に浮き立っていた僕だが……
「当選者おらんのですか? 今日の目玉景品やで」
どうやら、まだ当選者が申し出て来ない様だ。このまま当選者が出て来ないと、再抽選になってしまう為、僕はただ必死で……祈り続けていた。
――どうか、当選者が出て来ます様に……
悲痛な願いを込めていた僕だったが、その後ろには不振な影が迫っていた。




