33話 ラブハーベスト
和訳『恋の収穫祭』
― 藤見が丘公園 ―
色賑やかに飾られた屋台……
公園の木々はライトアップされ……
普段では考えられない程の人で賑わっていた。
僕は、この人混みを避けながら晴希達とのバッティングを避ける為の作戦を練っていた。
晴希達のバイトは19時まで……着替えと公園までの距離を見込むと、どんなに早くても到着は抽選会が始まる19時15分頃になるだろう。
晴希達が公園に到着するまでに亜紀と出店を回り、抽選会の人集りに扮して公園を出てしまえばきっと、鉢合わせになる心配は無いはずだ。
そして、別れ際に晴希の事を告げようと、僕は綿密に計画を立てていた。
街合わせ場所へ着くと、茶色いポンチョ姿の亜紀が笑顔で手を振ってくる。
「直樹さん、こんばんは。今日はお忙しい所ありがとうございます。なんだか凄い賑やかですね」
「こんばんは。毎年この日だけは、凄い人混みなんですよ」
雑談を交えながら、僕達は出店を回った……
その距離は、徐々に近付いてゆき……
「射的は得意なんです。亜紀さん欲しい物あったら何でも言って下さい」
「ふふふっ……じゃあ、あのクマさんの置物をお願い出来ますか?」
パンッ
「お見事だね、兄ちゃん」
「いや、それ程でも……はい、亜紀さん」
「ありがとうございます。大切にしますね」
僕がクマの置物を手渡すと、亜紀は嬉しそうに受け取った。気付くと僕達はまるで恋人同士のように寄り添っていた。
「あっ……凄い人」
「亜紀さん、逸れないように気をつけよう」
押し寄せる人集りの中を抜けると……
僕達は自然と手を繋いでいた。
勿論、逸れる事を心配してお互いに手を取り合ったのかも知れない。だれど、こんなにも自然に溶け込める様な女性が今までいただろうか?
公園の外れまで来ると、亜紀が突然歩みを止め、僕の裾を握り締めながら……
「ねぇ、直樹さん。私……」
ドーンドーン……ドーン
花火の音が言葉を遮ると……
亜紀は、僕に抱き付いて来た。
年齢も近く、優しくて包容力もある亜紀……このまま亜紀の事を抱き締めれば、きっと幸せな未来が待っていたのかも知れない。
それでも亜紀を受け入れられずにいたのは、晴希に対する深い罪悪感からだった。
二人で交わした約束……
晴希の眩しい笑顔……
その全てが僕の判断を鈍らせていた。
「ごっ、ごめんなさい私ったら……」
待っていても、中々抱き締め返してくれない僕に違和感を感じた亜紀は、咄嗟に手を離すと俯きながら謝罪した。暗くて良く見えなかったが、その表情は少し寂しそうに見えた。
「ごっ、ごめんよ亜紀さん。僕、こう言うの慣れてなくって、その……はっ、ははは……」
僕は笑って誤魔化そうとしたが、その空気はまるで深海の中にいる様にどんより重たく……冷たかった。
話題を変えようにも、この緊迫した状況では何も浮かばず、迷走していると……
「こんな公園の外れに誰がいるのかと思ったら、さっきの若いのじゃないか」
「さっきのお爺さん。屋台は大丈夫でしたか?」
目の前に現れたのは先程、手伝いをしてあげたお爺さんだった。僕が和気藹々と会話してると、亜紀が徐にお爺さんへと近付き……
「こんばんは、ヨシお爺ちゃん」
「おやおや……亜紀ちゃんじゃないか」
――このお爺さんと亜紀さんは知り合いなのか?
疑問を抱いていた僕は、静かに二人の会話へと耳を立てる事にしたのだが……
「ヨシお爺ちゃんは、直樹さんの事をご存知なんですか?」
「ああ……コイツはさっき屋台を組み立てる時に手伝ってくれてのぉ。まだ若いのに見上げたもんじゃ。もしかして、亜紀ちゃんのボーイフレンドってヤツかい」
「やだーお爺ちゃんたらっ……まだお付き合いして無いですよぉ」
この二人、かなり親しそうだが一体どんな関係なのだろうか。どうしても気になって僕が尋ねると……
「ヨシお爺ちゃんはね今、住んでるアパートの大家さんなんです。入居してから、ずっとお世話になっていて……」
「いやいや、お世話になってるのはこっちの方じゃよ。昨日も美味しい煮物をいただいてのぉ……そうじゃ、お前さん達ちょっと待っとれ」
お爺さんは、嬉しそうに亜紀の事を語ると屋台の裏側へと入り、ニコニコしながら何かを持って来た。
白くて丸い……
目玉の様な物体が二つ……
「なっ……なんですか、これは?」
お爺さんの持って来た物が、あまり奇天烈で不気味な形をしていたからだ。僕達はすっかり引いていたのだが……
「見ればわかるじゃろ。『おっぱい饅頭』じゃ」
「えっ?」
「へっ?」
目を見合わせた瞬間、僕達は大笑いをした。その饅頭があまりにも、おっぱいに似つかない物だったからだ。
「見た目は悪いが味には自信があるんじゃ。良いから黙って食ってけ」
再び、僕達は目を見合わせると、饅頭を口に入れてみた。
「あれっ、美味い」
「美味しいですね」
見た目に反して、確かに味は悪く無い。程良い甘さのある美味しい饅頭だった。
「ふぁっふぁっふぁっ……そうじゃろ、そうじゃろ。この饅頭は、毎年3セット限定で出しとってのぉ……」
満足気な表情で笑っているお爺さんだったが、ココでとんでもない事を言い出した。
「食べると子宝に恵まれると言われる、まっことにありがたい饅頭なんじゃ」
お爺さんの話に頬を赤くして俯いた僕達だったが、チラりと横目で様子を伺うと目が合ってしまい……
「ははは……」
「ふふふっ……」
気付けば、自然と笑みが溢れていた。
さっきまでの険悪だったムードが、嘘みたいに僕達が笑い合っていると、安心した様子のお爺さんが僕の方に歩いて来て耳打ちをした。
「亜紀ちゃんは、本当にええ子なんじゃ……宜しく頼むのぉ」
「えっ……あっ、はい」
「後は若いのに任せてワシは、お暇させて貰おうかのぉ……ふぉふぉふぉ」
すると僕達に気を使ったのか、お爺さんはそのままお店へと戻って行ってしまった。僕は軽く、返事を返してしまった事を後悔していた。
確かに亜紀は素晴らしい女性だ……こんな素敵な女性は、世界中どこを探したっていないだろう。
だが、今の僕には晴希がいる。
晴希に取って特別な存在である事を踏まえれば、当然、亜紀とは付き合えるはずも無いのだが、その不思議な心地良さと優しさ、包容力に魅了され気持ちがブレてしまう。
僕が深く考え込んでいると……
「直樹さん、もうすぐ抽選会が始まりますし、広場の方に行きましょうか」
「あっ……」
――もう、そんな時間なのか……
時間の事を全く気にしていなかった僕は、焦っていた。このままだと晴希達と鉢合わせしてしまう可能性が高いからだ。
時計の針は既に7時を指しており、タイムリミットまでは残り15分しか無かった。




