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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第二章 ラプソディ 〜炎夏に訪れる暴風雨〜
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27話 ノーティマスク

和訳『悪戯な仮面』

 ミイラ男の何とも言えない存在感と威圧感に圧倒された一同は、一瞬だけ言葉を失う。その不気味な姿に自然と道が開かれると、宍戸は目を見開きながら、金魚の様に口をパクパクとしていた。


「なんだ、まるで亡霊でも見た様な顔だな」


 それも、そのはずだ……

 目の前に現れたのは……


「政斗……さん。なんでアンタがここにいるんだ。事故って死んだはずだろ。万が一、生きていたとしても、とても動ける体のはずじゃ……」


不死竜(サラマンダー)の通り名……忘れた訳じゃねぇよな。それに、俺がいないのを良い事に随分と楽しそうな事をしてんじゃねぇか、混ぜてくれよ」


 ミイラ男の正体は事故死したと思われていた政斗であった。その怒りに満ちた眼光の鋭さは見る者全てを圧倒し、凍り付かせる程に尖っていた。


「いひぃぃいいぃぃ……たっ助けて下さい大和さん。ほら、アンタはウチのチーム吸収したがってただろ? アイツ、怪我してますし、一緒にチームを乗っとりましょう」


 政斗を見た宍戸は、激しく取り乱すと大和の下へと走った。藁をも縋る思いで懇願する宍戸だったが……


「おいおい……手負いの人間を殺って、俺が喜ぶとか本気で思ってんのかよ。この腑抜けが……」


「ヒィイイイ……ご勘弁を……」


 宍戸率いる反乱軍は、一目散に逃げ出したが、あっという間に捕らえられてボコボコに打ちのめされた事は言うまでも無い。騒動が落ち着くと、夏稀は政斗の下へと向かって行った。


 その目からは、涙が染み出している……


「バカ野郎、死んだと思って心配したじゃねぇか」

「ははは……流石のお前も、心配とかすんだな」


 大声で笑いで往なす政斗だったが、どうやら夏稀のピンチを聞き付け、病院を抜け出して来た様だ。


 すると政斗は、大和へと詰め寄りながら夏稀に指を指差すと……


「テメェ、大和。ナツの胸を見やがったな」

「はぁ? 夏稀の方から見せて来たんだろうが……」


 何やら夏稀の事で揉め始めた二人は、額をぶつけながら歪みあっていた。まさに一触即発の状況である。


「テメェ、見てただろがぁ」

「見たからなんなんだ、オラッ」


 その後も、二人の醜い口喧嘩は続いてゆく……


 一方、難を逃れた僕達は、事態の終息を知ると夏稀の下を目指していたのだが……


「晴希、ごめんな。大丈夫だったか?」

「私なら大丈夫です。直樹さんとナツが守ってくれたから……」


 右腕でガッツポーズを作ると、どこも怪我して無いよと言わんばかりに晴希は、自らの無事をアピールした。


 そんな晴希を見て僕は……


「結局、僕は何も出来なかったし、なんか格好悪い所を見せただけになっちゃったな……あはは」


「そんな事、無いよ。直樹さんが来てくれなかったら今頃、ナツも私もどうなってたか分からないもの。それに……こんな、ボロボロになるまで私達の為にありがとうね、格好良かったよ」


 晴希から感謝の言葉を受け取ると急に照れ臭くなってしまい、僕は鼻の頭を掻きながら照れていた。


 そんな中、晴希の病気の事が気になっていた僕は、意を決して聞いてみる事にしたのだが……


「あのさぁ……」

「おおおぉぉぉぉ」


 僕が質問しようとした瞬間だった、何やら不良達の方から大きな歓声が上がった。どうやら本当の夏稀の脱退式が始まる様だ。


「お前らも知ってる通り、ウチのチームからナツが抜ける事になった。ナツの抜けた穴は大きく、各自これまで以上に気持ちをだな……」


 政斗の取り仕切りで話は始まったが、話が一段落すると、今度は夏稀へとマイクが手渡された。


「皆……何の挨拶も無く、すまなかった。俺がチームを抜けるキッカケになったのは、お袋が亡くなったからなんだ」


 夏稀の口から語られたのは、亡き母への切なる想いと……最後の約束だった。


 夏稀の母は、以前から重い病気を患っており、夏稀の物心が付く頃から、ずっと入退院を繰り返していたらしい。ここ数年は、特に症状が悪くなってしまい入院生活を余儀なくされていた様だが……



 ― 6月初旬 ―


 寝たきりの母に呼ばれ、病室を尋ねた夏稀……いつもお見舞いには来ていたものの、こうして呼び出されるのは初めての事だったらしい。


「お袋から呼び出すなんて珍しいな。なんかあったのか?」


 母はベッドに横になりながら小さな深呼吸をすると、その胸のうちを静かに語ってくれた。


「夏稀……ごめんね。私がこんなだからアナタにまで、こんなに迷惑掛けて……」


「何言ってんだよ。俺は、別にお袋の事を迷惑だなんて一度も思った事は無いぜ。こうやって、お見舞いに来た時にもいっばい愚痴聞いて貰ってるしさ」


 母が家にいないのは仕方無い事……

 父から、ずっと言われて来たが……


 本当は寂しかった……

 もっと甘えたかった……

 でも現実に、それは叶わなかった。


 それでも、母とこうやって話す時間は、いつも嬉しくて、夏稀の荒んだ心を洗い流してくれる様だった……夏稀は、母が大好きだったのだ、。


「あのね夏稀、お母さんね。もう、きっとそんなに長くないと思うんだ。だから最後に……お願い聞いて貰えるかな?」


「何、弱気な事を言ってんだよ。元気になって退院するんだって自分で言ってたじゃないか」


 夏稀は涙を流しながら、必死で言い訳をしていた……母にでは無い、自分自身へだ。


 夏稀も本当は分かっていた……


 母には伝えていなかったけれど、主治医から余命半年の宣告を受けてから今日で丸一年、本当は今、生きている事だけでも奇跡だった。


 最近は病状も安定せず、まともに会話すらままならない状態だったのに、この日だけは体調が良くて、つい話し込んでしまう。


 今、思えば、これは神様がくれた最後の時間だったのかも知れない。


「まず一つ目。夏稀の事……誰よりもなんて、高望みしないから、幸せになってね」

 

「ううぅぅ……約束する」


 夏稀は涙を拭いながらも、約束を交わした……

 そんな夏稀をただ優しく見つめている母。


「二つ目は……お父さんの事。ああ見えて結構、繊細なのよ。だから……はぁはぁ……夏稀には支えてあげて欲しいの」


 夏稀の父は職人気質な性格をしていたが……母曰く、実はかなりの心配性で、夏稀が喧嘩や事故で怪我をして帰って来ると、いつも不安で仕事も手に付か無いんだとか……


 父の意外な素顔……


 俄には信じられなかったが、母が言うのだから間違いないのだろう。


「お袋……呼吸が、もう喋るのやめた方が……」


 母の体調の事を考え、夏稀が話を中断しようとするが、母はそれでも話を続ける


「はぁはぁ……これで最後だから。ゴホッゴホッ……最後にもう一度だけ……お母さんって……ゴホッゴホッゴホッ……」


 ドサッ


「おっおい、お袋。大丈夫か………おい誰か、誰か来てくれぇ……」


 突如、体調が急変した母は、そのままベッドに倒れ込んでしまった。夏稀が慌てて駆け寄ると、母の顔は白くなっており……息は止まっていた。


 ピピピ……ピピピ……


 体に取り付けられている無数の医療機器からは夥しい警報音が鳴り響き、集中治療室へと運ばれた母は懸命な治療も虚しく……翌日に息を引き取ったらしい。


 最後の約束を果たせなかった夏稀は、自分を責め続けていたらしい。


 何日も……何日も……


 せめてもの償いとして、残された父を心配させない為にもチームを抜け、バイトをする事に決めたらしいのだが……


 ・

 ・

 ・


 夏稀の話を聞き終えた不良達の瞳には、涙がうっすらと滲んでいた。


「一緒にバカやって暴れるのも楽しかったけど、親父にも心配掛けたく無いし、チームを抜ける事にしたんだ。今までありがとう……お前らは最高仲間だぁ」


「ありがとうナツさん」

「ナツさんの事、忘れねぇッスよ」

「自分ら、ナツの事が大好きですぁ」


 泣いている夏稀を静かに抱き寄せる政斗。


 流石は、このチームを取り仕切っている大将と言った所だろう感動の渦に包み込まれながら、脱退式も無事に幕を下ろすとだと思っていたのだったが……


「あっ、そうだ。お前らにもう一つ……重大報告がある」


 湧き上がる歓声……


 次第に会場のボルテージは上がってゆくと突如、政斗が耳を疑う様な発言した。


「今日から俺はナツと()()()()事にしたから、手出しすんじゃねぇぞ」


「ちょっ……バカかよ、テメェは? なに勝手に決めてんだよ」


 その瞬間、僕は目を点にして固まった。これが今、流行りのボーイズラブと言うヤツなのだろうか?


 気になって仕方が無かった僕は、横でニコニコしながら眺めている晴希に問い掛けて見る事にしたのだが……


「なあ晴希。アイツらって、そう言う趣味があるのか?」


「ん? そう言う趣味って?」


 僕の質問に対して、不思議そうな顔で首を傾げている晴希……何かおかしな事を言っただろうか?


「いや、だから……ボーイズラブ的な」


「いやだな、直樹さん。ナツはね……女の子だよ。スーパーの名札とかエプロンも女の子用のを使ってたでしょ? ふふっ……気付いて無かったの?」


「なっ!? ええぇ!!」


 言われて見れば確かに晴希の言う通りで、エプロンも名札も、女性物を使っている。店長の発注ミスだと思い込んでいた僕に取って、この事実はあまりにも衝撃的であった。


 夏稀は、女性……


 つまり僕は、今まで女性に嫉妬していた事になる。何とも言えない気まずさを隠す様に、僕は俯くと今までの事を思い返しながら掌で顔を覆っていた。

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