23話 ダブルブッキング
和訳『両手に華束』
― 自宅 ―
ベットへと横になった僕だったが……
目を閉じると浮かぶのは二人の笑顔だった……
『暖かな陽射しのような晴希の笑顔』
『優しい月明かりのような亜紀の笑顔』
二人への想いが交錯する度に心に強い痛みを感じ、僕は顔を歪ませながら苦悩を重ねていた。
― ミカゲマート ―
昨夜も寝付けなかった事もあり、疲労困憊だった僕は完全に活力を失っていた。酷い眠気で倒れそうな体を気力だけで突き動かしながら、バイトへと向った。
――はぁ……しんどいな……
数時間の勤務の末、漸く交替の時間となった。早々と帰宅して寝ようと僕が、着替えをしていると、交代でやって来た晴希が何やら僕を手招きして来た。
「直樹さん、ちょっとだけ良いですか?」
「ん? 何かあったのか?」
晴希はそう言うと、背負っていたリュックの中から徐に、小さな紙袋を出した。
――これは、昨日の……
そこにあったのは紛れも無く……
昨夜に晴希が抱えていた紙袋だった。
「はい、これ。最近なんか元気無かったから私から直樹さんにプレゼントです。気に入ってくれると良いんだけど……」
恐る恐る、中を覗くと……そこには小さなヒヨコ型のぬいぐるみが入っていた。
「これは、いったい?」
「ふふふっ……これはね『スピークロック』って言ってね。今流行りの目覚し時計なんだよ」
どうやら晴希達は、これを買いにアーケードまで行っていたらしい。何でも大人気商品で中々見つからず、何日も夏稀と一緒に色んなお店を梯子しながら探し回っていたんだとか……
身勝手に嫉妬したり、浮気したなどと勘違いしていた僕に取っては何とも分の悪い話である。
穴があったら入りたい……そんな心境だった。
「あっ……ありがとう。なんか可愛いな、これっ」
「ふふっ……可愛いだけじゃないんですよ。他にも凄い機能が……あっ、後は家に帰ってからのお楽しみって事で……バイバイ」
晴希は誤魔化す様にして事務所から出てゆくと、品出しをしていた夏稀の下へと駆け寄りと、コソコソと内緒話をしていた。
(ふふふっ……直樹さんに、スピークロックを渡して来ちゃった。凄く喜んでくれたよ)
(マジかよ。苦労して探したのに、あんなヤツにあげちゃったのかよ……チッ)
帰り際、何故か突き刺さる様な視線を感じて、僕は身震いしていた……
― 自宅 ―
家に到着すると、僕は満を持して紙袋を開封した。現れた、その全貌を見て……思わず、顔が緩む。
黄色いモフモフとした毛並み……
小さくて愛くるしいクチバシ……
そして、お腹には大きな時計が付いている。
紙袋の中には更に手紙の様な物が入っていた、どうやら晴希お手製の説明書の様だ。
説明書の通り、背中にある電源スイッチを入れると……
「お目覚めサポーターの『ハルルン』だよ。今日から居候させて貰うから、いっぱい可愛いがってね」
人形から聞き覚えのある声が聞こえた……晴希の声だ。あまりにも突然の事に、僕は暫く固まっていただが、その愛くるしい姿と可愛いらしい声に、不思議と癒やされていた。
「へぇー、なんか凄いな」
【説明書】
①セットした時間になると元気な声で起こしてくれるよ。止める時には優しく頭を撫でてあげて下さい。
『朝だよぉ!朝だよぉ!!直樹さん起きて〜』
②恋しくなった時には右手を握ってね。
『直樹さん……大好きだよ。心はいつも一緒だからね』
③喧嘩した時には左手を握ってね。
『今日は喧嘩しちゃったけど……私の事を嫌いにならないでね』
④暇をもて余したら尻尾を握ってね。
(ランダムで色んな事を喋るよ)
『私の乙女を奪……』
「なっ、何て言葉を入れてんだよ」
⑤その他にも、シークレットボイスがいくつかあるから聞けたらハッピーだよ。良かったら聞いてみてね。
晴希の想いの詰まったハルルン人形は……
この日から僕に取って『特別な存在』になった。
再認識した晴希の愛に……
僕の想いもまた、熱を帯びてゆく……
――亜紀さんに、本当の事を伝えなきゃ……
晴希への想いを胸に、亜紀との縁談を断る決意を固めた僕だったが……
チャラチャラン……
今度は、亜紀の方からメールが届いた。
その内容とは……
【拝啓 晩夏の候、暑さはまだまだ続いておりますが、直樹様はいかがお過ごしでしょうか。先日はご多忙の中、私の為にご会食の席を用意いただきありがとうございました。心からお礼を申し上げると共に……】
僕への想いを募った亜紀のメッセージが、なんとスマホのスクロール画面いっぱいに綴られていた。
真面目な亜紀らしい丁寧な文章だったが……正直、かなり重い。流石の僕も少し引いてしまっていたが、要略すると……コンサートのお誘いの様だ。
【こちらこそ、昨日はありがとうございました。明日の夕方でしたら空いていますので、是非ご一緒させて下さい】
【では17時頃に藤見ヶ丘公園で待ち合わせしましょう。私も楽しみにしてます。では失礼致します】
亜紀とのデートに、初めは浮かれていた僕であったが、晴希の事を考えるとキチンと話して、縁談も無かった事にしなければならず……正直、とても気が重かった。
晴希と亜紀……
相反する二人の女性を同時に好きになってしまった故に、激しく揺さ振られる僕の心……悩んでも悩んでも一向に結論は出ず、寝不足と疲れから僕は気絶する様に夢の世界へと落ちてゆくのだった。
※ハルルン人形は今後、大活躍をして行きますので要注目です。




