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私の乙女を奪って下さい ~ 僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い ~  作者: 春原☆アオイ・ポチ太
第二章 ラプソディ 〜炎夏に訪れる暴風雨〜
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20話 エマルション

和訳『水と油の融解』


 恋敵である夏稀の教育担当に専任されてしまった僕は、重苦しい雰囲気の中で指導を始めたのだったが……


「おい、なんで俺のエプロンのロゴがピンクなんだよ。舐めてんのかよ、オラッ」


「くっ……苦しい。そんなの僕に言われても……」


 店長の発注ミスなのか?

 はたまた余り物だったのか?


 夏稀はエプロンの色が気に入らないと僕の胸ぐらを掴むと激しく罵倒してきた。こんな喧嘩っ早い奴に接客なんか出来るのかと、僕は先行きが一気に不安になっていた。



 ― レジ打ち ―


「じゃあ、ここにカードを翳してから……えっ?」


 すると、夏稀が僕の顔を物凄い形相で睨み付けて来る。その鋭く恐ろしい眼光に、僕は完全に萎縮してしまい……固まってしまっていた。


 エプロンの件もあってか、夏稀は何だか苛ついている様に見え、メモを取る為に渡したボールペンも壊し兼ねない程に、強く握り締めていた。


 僕が夏稀の指導に四苦八苦していると、助け船となってくれたのは晴希だった。


「こらこら接客業なんだから、そんなに睨まないの。ここにカードを翳すだけだから……簡単でしょ?」


 晴希の助言で安心したのか、夏稀は恐る恐るリーダーにカードを翳すとホッとした顔になった……どうやら機械が苦手で、不安から恐い顔になっていたらしい。


「じゃあ、私は早番だから、あとはお願いしますね」

「えっ? あっ……ああ」


 ここで晴希が帰宅……頼れる存在がいなくなり、急に心細くなった僕は顔を強張らせていた。



 ― 品出し ―


「古い品物を前に出して、新しい物を……」


「お前、馬鹿にしてんのか? それぐらい知ってるよ。もう大丈夫だから、アンタは逆側からやってこいよ」


「あっ、ちょっと……」


 そう言うと夏稀は、一人でホールの品出しを始めてしまった。一応、仕事はこなしている様だが、協調性については欠片も無かった。


 やはり慣れ親しむ事など出来ないのでは無いかと、僕が不安に思ってると……


 ガシャーン!!


 ホールに、硝子の弾ける様な音が響き渡った。


 慌てて僕が駆け付けると、そこには視線を床へと落とした夏稀が立ち尽くしていた……その足下にはビンの破片とお酒が散乱している。


 どうやら品出し中に、誤って酒瓶を落としてしまった様だが、身勝手な行動をして割ってしまった事もあり、分の悪い夏稀は僕と視線を合わそうとはしなかった。


 そんな夏稀の前に立つと、僕はいつになく険しい顔付きで声を掛けていた。


「小湊さん、怪我とかしてない? 今、掃除道具とか持って来るからお客さんが通らない様に封鎖しといてくれる?」


 そう伝えると僕は倉庫から清掃道具を持って来て、大慌てで掃除を始めた。その様子を黙って見つめている夏稀だったが、店の異変に気付いた店長が凄い剣幕で走って来ると……


「これは酷いな。いったい誰がやったのかね?」

「…………」


 店長の質問に対し、夏稀は歯を食いしばりながら睨みつけていた。まさに一触即発の事態に、僕が咄嗟に間へと入ると……


「すみません店長。()()手を滑らせて割っちゃいました。これ弁償しますので、許して頂けないでしょうか」


「困るよ草原君、大切な商品なんだからさ。まあ、弁償は良いから、次から気を付けるんだよ」


「はい、ありがとうごさいます」


 少し不機嫌そうに立ち去ってゆく店長を見て、ホッとしている僕だったが、その後ろでは夏稀が静かに様子を伺っていた。


 それから数時間が経過し、来客のピークを越えると僕は、夏稀と共に休憩へと向かう事になった。


 一緒に事務所へと向かう途中、僕は自販機の前で立ち止まると、晴希の時と同じ様にガマ口財布を出しながら……


「今日はお疲れ様。良かったら何か飲んでよ」


「……ん? なんだこれは!?」


 当たり付き自販機を、夏稀もまた物珍しそうな目で見ていた……これは晴希の時と全く同じ反応である。


「これは、当たり付きの自販機と言って……」


 緊張の面持ちでドリンクを購入する夏稀だったが……


「はぁあ? ふざけんなよ。何ハズレてんだよコイツ……おい、もう一回だ」


「えっ……いや、あのぉ」

「さっさと金を入れろ。当たりがどっか消えちまうだろ」


 ルーレットが外れると自販機を叩き出す夏稀……諦めきれない夏稀の為に結局5本もジュースを買う羽目となったが、結局当たりを引く事が出来ず、手にはジュースだけが増えていった。



 ― 事務所 ―


 椅子に凭れ掛かると、僕がオレンジジュース、夏稀が無糖炭酸水を手に持ち、蓋を開ける……僕達の飲み物は、まるでそれぞれの性格をイメージしている様だった。


「あれっ? これは……」


 僕がテーブルの上で見覚えのある小さなポーチを見つけると夏稀へと手渡した。


「コレ、晴希のだな。小湊さん、悪いんだけど帰りに届けて貰えないかな?」


「…………」


 夏稀は無言でポーチを受け取ると、自分の鞄へと静かにしまっていた……返事は無かったが、どうやら引き受けてくれるらしい。


 そのまま無言の時間が過ぎると意外にも今度は夏稀の方から話し掛けて来た。


「……さっきは、何で俺を助けたんだよ?」

「さっき? 何の事だったっけ?」


 突然、話し掛けて来た夏稀に対して、不思議そうな顔をしていた僕だったが、何の事だがサッパリ分からずに困惑していた。


 バンッ


 そんな僕の様子を見て苛立ついていたのか、夏稀はテーブルを叩くと激しく睨み付けながら……


「瓶酒の事だ。俺が割ったんだから、本当の事を言えば良かっただろ?」


「ああ……あれか。あの店長、結構しつこいからさ。初日から目をつけられたら、可哀想かなって思って……僕はこう言う事には慣れてるから、気にしないでよ」


 全く気にする素振りも見せない僕に、夏稀はどうもにも納得が出来ない様で、詰め寄って来たのだが……


「アンタは俺の事を嫌ってるんだろ? 庇ったりなんかしないで放っておけば良かっただ。それともハルとの事を許して欲しくて、点数稼ぎでもしてるつもりか?」


「あはは……そんな事してないよ。それに僕は小湊さんの事、別に嫌いじゃないけどなぁ」


 僕の軽はずみな発言に、更に機嫌を悪くしてしまった夏稀は、更に目を尖らせながら……


「はぁ? あんだけ嫌がらせされて、病院送りにもされて、それでも俺の事を嫌いじゃねぇって……お前、バカなのか?」


「ははは……確かにそうかも知れない。でも昔っから苦手なんだよな、人を嫌いになるとか恨むとかってさ」


 夏稀は目を閉じながら、理解出来ないといった様子で掌を上に向け、首を横に降っていた。


「お人好しなのか、イカれてるのか本当に良く分からん奴だな。助けてくれた事は礼を言っとくが、勘違いすんなよ……ハルの一件は許した訳じゃないからな」


「あはは……そんなの分かってるってば」


 尚も睨みつける夏稀に対して、僕は苦笑いしながらも、やんわりといなしていた。


 そんな僕に対して夏稀は……


「それと、もう一つ……小湊さんって呼び方止めてくんねぇか? 違和感あんだよ、俺の事はナツで良い」


「えっ? ああ……宜しくなナツ。僕の事は草原さ……」


「アンタの呼び方は『お前』で良いよな?」


「…………」


 夏稀の口の悪さに暫くの間、固まっていた僕だったが……内心嬉しかった。


 ――きっと、夏稀と和解してみせる。


 水と油の様に、決して混ざり合う事が無いと思い込んでいた夏稀だったが、話してみると不器用な性格なだけで、案外と普通なのかも知れない。


 バイトを終えると、夏稀はそそくさとバイクで走り去ってしまった。



 ― 自宅 ―


 家に帰りオンラインゲームに明け暮れていると晴希からメッセージが届いている事に気付いた。


【今日はナツの事をありがとう。なんか直樹さんに庇って貰えたのが嬉しかったみたいよ】


【あんまり嬉しそうには、見えなかったけどな】


【二人には仲良くなって欲しいけど、あんまり仲良くなっちゃったら私も嫉妬しちゃうかも……なんてね】


 ――男に嫉妬? いや絶対にあり得ないだろ。


 ボーイズラブに興味が無かった僕は、内心そう思っていたのだが、ここは穏便に返信しようと晴希へのラブアピールで締め括る事にした。


【僕が好きなのは晴希だけだよ】

【私も直樹さんが大好き】


 最初は嫌がらせの為に夏稀がバイトを始めたのかと思っていたが話を伺うと、どうやら僕達を和解させる為に、晴希がバイトへと誘ったらしい。


 色々と考えてくれている晴希に感謝しながらも、夏稀と、どう向き合ってゆくか考えると、何も浮かばず、僕は一人迷走してしまうのであった。

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