14話 ダークメシア
和訳『闇の救世主』
― ミカゲマート ―
懸命な指導もあってか、数日間の見習い期間を経て、晴希は独り立ちする事になったのだが、僕達のシフトが重なったある日の事……事件は起きた。
『可愛い定員のいるスーパー』
そんな噂が立つと忽ちに、押し掛けて来たのは不良達。空いている僕のレジは見向きもせず、一目散に晴希の列へと並んでゆく……
懸命に仕事を熟す晴希だったが、流石に1人では限界があり、その顔には疲れが見え隠れしていた。
「あのお客様。お決まりでしたら、こちらのレジで承りますが、お品物をお預りさせて頂いても宜しいでしょうか?」
見かねた僕が、不良の中でもリーダー格の男に声を掛けると、男は下から鋭い眼光で睨み付けながら僕を小馬鹿にする様な口調で……
「はぁ? オッサンに用はねぇんだよ。それより、お姉ちゃんマブイね。これから俺等と遊びに行かない?」
この男は僕の言葉に耳を傾ける事もなく、あろう事か晴希をナンパして来たのだ。こんなデリカシーの無い男には早々に退場して欲しい物であるが……
「申し訳御座いません、お客様。営業時間中ですので、そう言ったお話はご遠慮していただけませんでしょうか?」
達の悪い不良とは言え、お客様だ。僕は大人の対応で乗り切ろうとしたのだったが……
「あぁん? さっきから何なんだよテメェは……保護者かよ。客に楯突いてんじゃねぇよ」
「うわっ、痛ててて……」
僕は男に突き飛ばされると床へ派手に尻餅をついてしまった。尻骨に感じる鈍い痛みもそうだが、まるでゴミでも見ているかの様な蔑んだ視線が、僕の怒りに火を着けた。
天を突く怒りとは、まさにこの事を言うのだろう。
今にも殴りかかりそうな程、激情していた僕は、不良達を睨み付けながら、力強く拳を握り締めたのだったが……
「お店の中で暴れるなら、警察呼びますよ」
僕の異変を察した晴希が機転を利かせて叫ぶと、男達は薄ら笑いを浮かべながら……
「じゃあ、外で待ってるよ。バイトが終わったら、一緒にベッドで楽しい事しようぜ……へへへっ」
そう言うと、不良達は店の外へと出てゆき、駐車場の真ん中にデンっと座り込みながら、大声で談笑を始めた。
警察に通報しようとも考えたが、あまり大事にしたく無かった事もあり、暫く様子を見る事にした。
すぐに諦めて帰るだろうと高を括っていたのだが、不良達は閉店の時間を過ぎても帰る気配は無く、僕達は決断を余儀なくされてしまう。
「どうしよう、直樹さん。あの人達まだいるよ……やっぱり、警察の人を呼んだ方が良いのかな?」
「うーん」
暫く考え込んでいた僕は、正面突破は難しいとして、お店の裏口からコッソリ抜け出す事にした。
滴る汗……ハンドルを回す手にも不思議と力が入る。音を立てない様に細心の注意を払いながらゆっくりと扉を開けると、僕達は裏口から一気に抜け出した。
駅の近くまで来ると、さっき程まで強ばっていた晴希の顔にも安堵の色が見え始めた。
「なんとか巻けたみたいで良かったな」
「直樹さん、ありがとう……助かったよ」
あと少しの辛抱、僕は晴希を連れながら慎重に駅を目指していたのだが……
「待てや、コラッ」
「きゃっ……」
住宅街の一角へ差し掛かった時……
暗がりで待ち伏せしていた3人組の不良に捕まってしまい、僕達は瞬く間に囲まれてしまった。
「ったく、釣れないよな。俺達の誘いを無視して帰ろうとするなんてよ」
「もう、やめてくれよ。晴希は嫌がってるだろ、これ以上やるなら警察に……」
絶体絶命の晴希を救おうと、何とか不良達の間に割って入った僕だったが……
「邪魔すんなよ、オッサン」
ドサッ
「痛たた……」
必死の抵抗も虚しく、僕は再び突き飛ばされると派手に尻餅をついてしまった。
腰の痛みからか、恐怖からか……
僕がその場から動けずにいると……
不良の一人が、立ち尽くしていた晴希の腕を強引に掴むと、晴希の体に異変が起きた。
突然、ガタガタ震え出した晴希は、ただ一点だけを見つめ……人形の様に動かなくなってしまったのだ。その虚ろになった目からは大量の涙が溢れ、小声で何かをブツブツと呟いている。
「ごめん……なさい……ごめん……なさい……ごめん……なさい……」
まるで壊れたスピーカーの様に、何度も謝り続ける晴希は何処か不気味で何かに取り憑かれている様だった。
後に知る事になるのだが、これ晴希が抱える病気『男性嫌悪症』が大きく影響していた様だ。
「うぁあああ……」
病気の事など全く知らかった僕は、恐怖で晴希が可笑しくなってしまったと勘違いしてしまい、痛めた体を奮い立たせると真っ直ぐに突進しながら、不良達から晴希を引き剥がした。
「晴希、晴希。おい、しっかりしろ」
「えっ?あっ、直樹さん……ごめんなさい。私、また……」
晴希の両肩を揺さ振り、何度も僕が呼び掛けると。我へ返った晴希は、申し訳無さそうな顔をしながら俯いてしまう。
「テメェ、よくもやったな。リンチして、潰れたトマトみたいにしてやんよ」
いつもの晴希に戻った事で僕がホッとしていたのも束の間、目の前の不良達は禍々しい狂気を発しながら僕達に押し迫って来ると……晴希は震えながら僕の背中へとしがみついて来た。
ブォーン……
痺れを切らした不良の一人が僕に殴り掛ろうとした時だった……1台のバイクが僕と不良達の間に割り込んで来たのであった。
「テメェ、どこに目ぇつけてんだ」
「ぶっ殺されてぇのか、オラッ」
事故にこそなら無かったものの、危うく大怪我を負うところだった不良達は、目を血張らせながら怒り任せにバイク男へと迫るのだったが……
「お前らこそ、誰に喧嘩を売ってるのか分かってんのか?」
青い炎柄のスカジャンを身に纏ったバイク男が、ヘルメットを外すと露わになった全貌……
金髪のロングヘヤーにハーフな様に整った顔立ちの超イケメン顔。その鋭い眼光と凄まじい覇気は見る者全てを圧倒し、まさに『魔王』と呼ぶに相応しい風貌であった。
初めは威勢良く吠えていた不良達もバイク男の素顔を見るや否や事態は一変し……
「すっ……すみませんでした」
なんと不良達は地面へ膝を付くと、そのまま頭を擦り付けながらバイク男に謝り出したのである。どうやらこの男……この辺りを縄張りとする暴走族の副長だったらしい。
「俺の縄張りでナンパはご法度……振られて情けない姿が俺の美観に障るからだ。分かったらサッサと消えろよクズが……」
その余りの威圧感に気圧され脱兎の如く逃げ出した不良達は、まさに蜘蛛の子を散らす様に去っていった。
バイク男が僕達の前、正確には晴希に立つと顔を緩ませながら……
「誰が襲われてるのかと思ったら『ハル』じゃん。元気にしてたか?」
「もしかして『ナツ』なの? 中学以来だよね。もう会えないと思ってたのに……いつ、こっちに戻って来たのよ?」
どうやら、晴希とこのバイク男は知り合いらしいが……僕には、その関係が怪しく見えていた。
まず『ハル』とか『ナツ』とか愛称で呼びあっている事自体が気掛かりだし、その仲睦まじい様子はまるで離れ離れになった恋人同士の様にも見えた。
嬉しそうに微笑む晴希を見ていると、まるで目にゴミでも入ったかの様にゴロゴロとした痛みを僕は感じてしまう。
「戻って来たのは1ヶ月ぐらい前からだ。ハルこそ、こんな遅い時間に何やってんだ。んでコイツは……何?」
ナツと呼ばれたバイク男が冷やかな視線で睨み付けると、僕の顔にも緊張が走ったのだが……晴希の様子が少し可笑しかった。
「私は今、アルバイトの帰りで……この人はバイト先の先輩の草原さん」
苦笑いで僕達の間へと入った晴希は、僕の事をバイト先の先輩だと紹介したのだ。
しかも、いつもなら名前呼びなのに、この時だけは何故か名字で呼ばれていた。いつもだったら困るぐらいに、ラブアピールして来る晴希だっただけに、この態度の変化に僕は違和感を感じていた。
気持ちの整理が追い付いていない僕が、目を小刻みに揺らしながら動揺していると、この『ナツ』と呼ばれる悪魔は更に追い討ちを掛ける様に……
「バイトの先輩だか、何だか知らねぇけどな。もし少しでもハルに気があるなら今すぐ諦めろ。お前にハルと付き合う資格は無い」
僕は悔しかった……
晴希を諦めろと言うこの男にも……
何も言い返せずに、ただ立ち尽くす……
自分自身にも……
バイク男は持っていたヘルメットをヒョイと投げ渡すと、親指で後部座席を指しながら晴希を誘導し……
「乗れよ、ハル。帰り道だから乗せてってやる」
「ありがとう……あっ」
バイク男へとお礼を言い、後部座席へと手を掛ける晴希だったが、僕と目が合った瞬間……ハッとした表情になった。
気にするなと、身振り手振りした僕を見つめながら晴希は申し訳なさそうな顔でバイクに跨がると、バイク男を後ろから強く抱き締め……
「しっかり、掴まってろよハル」
「うん……ごめんね、草原さん」
ブルゥゥン……ボッボッボッ……ブオォォーーン……ブオォォーーン……
白煙の中に消えてゆく二人。
颯爽と走り去ってゆくその姿はまるで白馬に乗った王子とお姫様の様だった。僕の心は深く抉られ、まるでスッポリと穴が空いた様に虚しさと寂しさを感じていた。
※晴希の男性嫌悪症ついては後に明かされますが、男性の体と接触してしまうと、パニック障害を起こし、酷い鬱状態になってしまう様です。




