13話 ガールズノーライフ
和訳『生涯童貞宣言』
※今回は箸休め回なので、気楽に御覧ください。
昨夜、なかなか寝付けなかった事もあって、昼頃まで僕は、布団の中でグダグダとしていたのだが……
チャラチャラン……
スマホから着信音が響いた。
恐らく、晴希からだろう。
晴希への想いが膨らみ過ぎて、オーバーヒート気味だった僕は内容も確認せずに、そのまま寝てしまったのだが、夕方になっても鳴りやまないスマホに、違和感を感じた僕が恐る恐る手に取ると何通ものメールが届いていた。
その内容とは……
【緊急招集】
― 紅樺駅 ―
電車を降りた僕は猛スピードで駆けていた。額から流れる汗は宙へ舞い、夕焼け色が透けて綺麗に輝いている。それは、まるで弾ける琥珀の様でもあった。
僕が向っていたのは……魔導集団『中年童貞の集い』のアジトだった。
魔導集団と言っても、別に魔法を使える訳でも、手品が出来る訳でも無い。実際のところ中年童貞達が集まり、和気藹々と愚痴を言い合うだけの飲みサークルだ。
メンバーには、それぞれ戦隊ヒーローを彷彿とさせるようなコードネームがつけられており、一番若輩者の僕は、こう呼ばれていた……
『若葉の童貞 草原』
傍から見たら、かなり痛いネーミングだと思われるが、僕自身は案外と気に入っていた。
この日は、僕の30歳の誕生日を記念してリーダーの安倍が自宅へ招いてくれたのだが、メールを見逃していた事もあって集合時間を30分も遅れていた。
ピーンポーン
「すみません、遅れてしまって……」
アジトでは四十代童貞達が険しい面持ちで立ち並んでおり、僕の顔にも緊張が走った。
「おせぇぞ『ピュアグリーン 草原』主賓が遅れるとは何事だ」
「いっ……」
甲高い怒鳴り声と共に現れたのはリーダーの安倍だった。時間に遅れた事もあり、鬼の様な形相で睨みつけると、僕を激しく罵倒した……怒髪天を衝くとは、まさにこの事を言うのかも知れない。
あまりにも突然の事に、スッカリ怖気づいてしまった僕は何とか安倍の理解を得ようと、勇気を振り絞りながら弁解を試みたのだったが……
「すみません。でも、メールを気付いたのが夕方で、どうしても間に合わなくて……」
「言い訳すんじゃねぇ。だいたいお前はなぁ……」
苦し紛れに言い訳をした事で、逆に安倍の怒りを買い火に油を注いでしまった僕は、暫くの間、立ったまま説教されてしまった。
確かにスマホを見ていなかった僕も悪いが、当日になって思い付きでイベントを企画する安倍にも、全く否がない訳では無い。
― 5分後 ―
主賓にも関わらず、俯きながら涙を流している僕を見て、流石に言い過ぎたと感じたのか、頭を掻きながら笑い出した。
リーダー『情熱の童貞 安部』
メンバーの中では、最年長の五十代童貞であり、ねじり鉢巻に夕陽に照らされて赤銅に輝く、ピカッピカのスキンヘッドが特徴の小太りなおじさんだ。
気さくで面倒見が良く、僕達に取っては親分みたいな存在だったが、怒りの沸点が低いのが玉に傷だった。
その後、他のメンバー達に慰められ僕が落ち着きを取り戻すと、安部は気を取り直して皆に号令を掛ける……
「今日は我等が盟友『ピュアグリーン 草原』が無事三十路を迎え……晴れて三十代童貞となった」
まるで演説でもする様に語り出した安倍だったが、数人のメンバーがウツらコクりしているのを見兼ねて早速、乾杯の音頭へと移行する事となった。
「もう良いや……お前ら全然、話聞いてねぇし、乾杯すんぞ。サッサと準備しやがれ」
プシュ……
コポッ……
プショ……
まだ、霜のついた缶ビールを片手に取ると一斉に立ち上がり、僕達はビールの蓋を開けた。
そして……
「新たなるマジシャン誕生と更なる発展を祈り……ガールズノーライフ」
「ガールズノーライフ!!」
これは、ファントムグリフでは恒例の乾杯の合言葉で今宵、マジシャン入りを果たした僕を皆、温かく迎え入れてくれた。
「美味いだにぃ」
「最高でござるな」
手に持ったビールを一気に飲み干すと瞳を閉じ、僕がその余韻に浸ってると次々とマジシャン達やって来て……
「ははは……ついに草原君も仲間入りてござるか」
「おおおっ……おめでとう草原君」
「阿倍さんの傲りだし、遠慮はいらんだにぃよ」
かなりお酒も入っているからか彼等は上機嫌だった。首に腕を回したり肩に寄りかかったりと、いつもよりも手荒い歓迎を受ける僕だったが、その表情は明るかった。
「ありがとうございます。皆さんには本当に感謝しています」
久し振りのご馳走を前に、楽しく飲んでいるメンバー達とは裏腹に、僕は複雑な想いを抱えていた。
そう晴希の事だ……
みんなを騙している罪悪感から中々お酒に手が伸びず、暗く萎びた様な顔で僕は静かに飲み食いしていた。
― 2時間経過 ―
殆どのメンバー達は酒に飲まれ……
スッカリと出来上がっていた。
そして、気付けば妬みや恨みが入り交じる恒例の愚痴大会。お酒のペースもドンドン加速してゆき、宴は益々、エスカレートしてゆく……
「あの若僧め、惚気話ばっかりしやがってよ」
「ハハハ……リア充爆発しろでござる」
「モテ男は、撲滅でシャイネス」
「なんか良い気持ちだにぃね」
モテない男の末路は傍から見たら、かなり見苦しい光景だったに違いない。
人間、こうはなりたく無いと思いつつも、こうやって愚痴を吐き出す場所も必要なのだと僕は、ただジッと皆の愚痴に聞き入っていたのだが……
「おい草原。お前も今日から正式に『中年童貞の集い』の一員になったんだ。抜け駆けしたらマジで殺すからな」
『激情の童貞 佐武』
黒ジャージ姿で胸に光るゴールドネックレスがトレードマークの角刈り痩せ型のチンピラ風の男……
普段は物静かな性格をしているが、恋愛話や酒が入ると、人が変わったかのように周りへと当たり散らす気難しい人だ。
「さっ、佐武さん。僕が抜け駆けなんてそんな事……あっ!!」
言葉とは裏腹に……思い出したのは晴希のあの言葉だった……
『私の乙女を奪って……』
既に抜け駆け未遂をしてしまっていた事もあり、佐武の言葉に、僕は激しく動揺してしまう。
そのな時だった……
「まあまあ……佐武さん。今日は草原君の記念すべきお祝いですし、ここは穏便に……穏便にね」
そんな僕を見兼ねたメンバーの1人が仲裁へと入ってくれた。
『博愛の童貞 城崎』
少し茶色掛かった長い髪に白いシャツ、黒縁の四角い眼鏡が特徴のイケメンだ。性格も穏やかで、いつも纏め役を買って出てくれているのだが……今日は相手が悪かった様だ。
「おぃ、城崎……テメェこそ、何シラフ決め込んでんだよ。お祝いなんだろ? 良いから飲めよ、ほらっ」
お酒は弱いからと拒否する城崎であったが、佐武は強引に口へと一升瓶を押し込むと……城崎の顔は見る見るうちに赤くなってしまい倒れてしまった。
そんな城崎の様子を見て満足したのか、佐武は部屋の隅へと移動すると、静かに一人で晩酌を始めるのであった。
― 3時間経過 ―
安部と僕以外のメンバーは床に寝そべり、大イビキをかきながら酔い潰れていた。あれだけ浴びる様にお酒を飲んでいたのだ、当然の結果と言えるだろう。
その様子を呆れた様子で傍観していた安部は、眉をハの字に曲げながら、ため息を吐くと……
「良い歳して酒に呑まれやがって……しょうがねぇヤツラだな。コイツらはウチに泊めてくけど、草原は大丈夫なら帰れ、布団も6枚しか無いしな」
「あっ、はい。今日はありがとうございました。このご恩は一生……」
「いちいちオーバーなんだよお前は、まぁ気を付けて帰れよな」
安部に感謝しながらも、騙している罪悪感から心がモヤモヤとしてしまい、スッキリとしない思いで帰路へとついた。
ビュゥーー……
少し湿った南風は、春の終わりを知らせると共に、静かに夏の訪れを告げる……初夏の風。
暑さと待ち受ける試練に、僕の心は熱く焼かれていくのであった。
ご覧頂き有り難うございます。
第一章は、これで完結となりますが、如何だったでしょうか?
『第二章 ラプソディ 〜炎夏に訪れる暴風雨〜』も引き続きお楽しみ下さい。
【ファントムグリフの構成員】
五十路童貞(リーダー)
・情熱の童貞 安倍
四十路童貞
・激情の童貞 佐武
・博愛の童貞 城崎
・???
・???
・???
三十路童貞
・若葉の童貞 草原




