プロローグ
火の粉が空に舞う。既に家は所々崩壊しているものもあり、逃げ惑う人の姿はなかった。代わりにそこらじゅうに逃げ遅れた人の骸が転がっており、血の海が地面を埋めている。
「フ〜〜ンフフ〜〜ン♪ 」
阿鼻叫喚ともとれる惨状を目の前にしながらなお、ボロボロのコートに身を包んだ不恰好男は鼻歌を歌いながら炎の中を進んでいく。もちろん、目の前にはこの惨劇を作り上げたとおぼしき異形の化け物がたむろしている。
「まぁもちろんいるよなぁ、『悪魔』さんよぉ」
男の声に反応して化け物たちが一斉に視線を変える。男はそれを見てニヤリと笑った。
「……今日は、まともな獲物がいりゃあいいがな」
男がコートの裾をバサリと翻す。そこにはまるで血のように赤い鞘に収まった、身の丈の半分近くはある刃渡りの日本刀がスルリと姿をあらわにした。
「時間だ閻魔斬、今日はパーティーだ」
男が刀を抜く。化け物の目の色が変わったと同時に男は悪魔の群れの中に突進し、炎の中に姿を消した………
2020年1月、世界は地獄の縁を知ることとなった。世界各地に突如現れた『悪魔』と呼ばれる怪物が世界を焼いた大事件『大災害』の爪痕は大きく、世界人口のおよそ4割が食い荒らされた。『悪魔』は人を食らう度に強くなり、並みの兵器では太刀打ち不可能となる。軍事大国は大量の兵力を注ぎ込み、最後の手段に踏み込んだ国もあったという。
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2028年 東京 渋谷跡
「……敵さんは見えるか? 」
「はい、数は…… 」
「数えるだけ無駄だ印旛。どーせこっちは二人ぽっちなんだから」
「……はい 」
奇妙な二人組が、すでに廃墟と化した渋谷のビルの森で双眼鏡を手に『悪魔』の群れを追いかけていた。軍服を着た少女は巨大なスナイパーライフルを、ボロボロのコートを羽織った男は日本刀をそれぞれ装備している。
「……距離700を切ります」
「うし、援護は任せた」
男は少女の肩を叩くと、軽く10階以上はあるビルの屋上から飛び降りた。
「えぇっ!? ……あぁもう!、自分勝手に戦闘を始めて…… 」
少女は急いでライフルの二脚を展開し、射撃態勢に入る。一方の男は着地と同時に敵に向かって突進していく。『悪魔』たちが男に気づいた時には既に男の刀は鞘から抜かれており、一体目をバッサリと唐竹割りされていた。
「ニンゲンッ! 、ナメタマネヲ!! 」
人型の大型悪魔が取り巻きの犬型悪魔に指示を出す。犬たちは一斉に飛びかかるも、男はその場で飛び上がり群れを捌く
「ウガァァァァァッ!! 」
追撃しようと踏み込む犬たちを尻目に、男は空中で刀を担ぐような構えをとる。
「だりゃあっ!! 」
真っ先に飛びかかろうとした一匹を真っ向切りで仕留める。そして犬たちを余さず蹴り飛ばし、また残った一匹を切る。その動きは洗練された舞いのようにも見て取れる。
「シャアァァァァッ! 」
「おっと」
取り逃がした一匹が背後から襲いかかるが、男の間合いに飛び込む前に脳天が吹き飛んだ。
「……ヒュウ、やるねぇ」
先程の少女の狙撃である。軽く500メートルは離れているビルの屋上から、男に当てることなく的確に敵の数を減らしている。
「ソンナッ!、タッタフタリダゾ!? 」
「まぁ、出会った相手が悪かったな」
大型悪魔を無視してタバコを吸い始める男。とうとう悪魔が痺れを切らした。
「ニンゲンフゼイガァッ!! 」
飛びかかる悪魔。その瞬間、男は地面をおもいきり踏みつけた。
「ナンノマネ…… グォッ!? 」
なんと、かつて悪魔に抗ったであろう者たちが握っていたとされる槍が転がっていたのだ。男はその柄の端を踏みつけ、テコの原理で刃先を持ち上げたのだった。
「ヌグゥッ…… コノヤリハ20キロハアッタハズ……キサマ、ナニモノナノダ…… 」
「アモンの孫、と言えば気がすむか? サタンの犬ども」
「キサマガ…… ソウカ。マッタク、ウンガナイ…… 」
悪魔の核となる心臓を貫かれ、悪魔は静かに灰となって崩れた。男は、悪魔が唯一死んでも残す部位である魔力の核 『魔煌石』を拾い上げ、少女のいる方に向かって拳を突き上げた。
「今回は大漁だぜ…… 」
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スコープ越しに男のサインを受け取った少女は、黙ってライフルをバッグに戻して階段を下りていった。
「あれが『大災害』の英雄不動 紘一とか、信じられないんですけど…… 」
一回まで降りた少女は建物の脇に停めてあった装甲車のエンジンをかけ、後部座席にライフルバッグを放り込みそのまま車を走らせた。