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最終話 黄金の令和

 南光院典明は、驚愕(きょうがく)と憎悪の入り混じった視線で翔を睨みつけていた。


「お前の如き下賤(げせん)の忍者が止めようと言うか?この儂の覇道(はどう)を?」

()じゃない、()()()だ。」


()()()()がっ!!」

 激高(げきこう)して銃を構えた典明の腕を、翔の放った梅の花弁が切り落とす。


「があぁっ!!」

 激痛に苦悶の表情を浮かべて膝まづいた典明は、それでも尚、紫紺(しこん)に輝く瞳を憎悪で彩って翔を(にら)んだままだ。


「止められるか?」

 薄く笑って呟いた典明は、視線を切り落とされた自分の腕に移した。

 なんと、その視線の先では、肘から先だけの腕がまるで意志を持っているかのように、ゆっくりと典明の方ににじり寄っている。


「<()()()>め。」

「違う、<()>だ!」


「いいや、お前はやっぱりただの()()()だよ、南光院典明。」

「なんだと?」

「お前は、人の理解が及ばない者は全て<神>のように言う。」

「そうだ、それこそが真実だ。」

「違う、<神>は<()()>を示すが、お前が示すのは<()()>だけだ。」

 翔はゆっくりと両手を上げた。


()()()()がっっ!」

()()()()()がっっ!」


 翔が両手を交差させると、薄紅色(うすべにいろ)の梅の花弁が典明を襲った、その美しい花弁は容赦なく典明の体を削り、切断していく。

 手足をそぎ落とされ、尚もバラバラに解体されていく自分の体を見て断末魔の叫びをあげる典明の首を梅花が刎ねる。

 返り血を浴びて薄紅色の花弁が深紅に染まる頃、典明の体は無数の肉片となった。


「終わりだ、<()()()>。」

 翔は冷たく吐き捨てると、自分に体を預けている知佐に視線を向ける。


 洞窟の天井から聞こえる軋むような音は大きさを増し、今にも崩落が始まりそうな気配を漂わせていた。


 知佐は生気のない顔に穏やかな表情を浮かべている。

「勝ったのね?」

「あぁ、早くここを出よう。」

「翔くん、私はもう…。」

「いいから、早く!」


 翔は、気を失っている崇継の元に這い寄って、目を覚まさせる。

「おい、タカ、大丈夫か。」

 崇継も肩を撃たれて大量に血を流しているが、三人の中では一番軽傷だ。


「すぐここを出よう、ここはもう崩落寸前だ。」

「は、はい。」


 肩の痛みに顔をしかめながら、立ち上がった崇継が愕然とした表情で動きを止めた。

「どうした?」

「あ、あれ…。」


 崇継が指さした方を見ると、無数に散らばった南光院典明の欠片が、それぞれ別の生き物のように、モゾモゾと一か所に集まろうとしている。


「くそっ、化け物め!」


 短く罵った翔の耳に、今度は大音響が鳴り響き、それとともに地響きが始まる。

 崩落が始まったのだ。

 

(これまでか…。)


 翔は知佐を見た。

 知佐もまた翔を見返す。


 無言でお互いの意志を確認した翔は、崇継に告げた。

「いいか、お前だけならまだ逃げられるかもしれない、それを持って逃げろ。」

 目で(降天菊花)を指す。


「そんな!翔さんと知佐さんは?」

「俺たちはもう間に合わん。」


「じゃあ、アレは!?」

 不気味に(うごめ)く南光院だった欠片を指さす。


「ここで俺たちと一緒に岩に埋める。心配するな、不死身といっても力は人間と変わらん。永久に岩の下から出られんさ。」

「そんなっ!!」


 涙を浮かべて渋る崇継に、翔は精一杯の笑顔を向ける。

「タカ、俺はお前と()()になれて良かったと思ってるよ。」

 知佐も最後の言葉を掛ける。

「崇継くん、あなた一人に重荷を背負わせてしまってごめんなさい。」

「そんなっ!知佐さんっ!」


 周囲では、既に大きい岩の崩落も始まっている。


「行け!これまでの()()を無駄にするな!」

 崇継は、歯を食いしばって、流れる涙に抵抗すると、力強い決意の目で短い返事を返した。


「はい!」

 涙をぬぐうと(降天菊花)を手に取る。


 すると、崇継の決意に呼応するように黄金色の輝きが崇継を覆った。

 その光の中、崇継はゆっくりと周囲を見回している。


「何やってる、急げ!」

 翔の激を気にする風でもなくポツリと呟く。


「そうか、()()()()()()()()()か…。」

 その言葉には、数百年の隔世の感が籠っていた。


「崇継? お前なのか?」

 翔はその異様な雰囲気に、崇継が別人になったように感じて、思わず問いかける。


「崇継というか…、この少年に天の理は受け継がれる…。」

 感慨深げに呟くと、崇継の周りの光は消え、その瞳は黄金色に輝いている。


「崇継…なのか?」

 翔は元の崇継に戻ったように感じて、再度問いかける。

「はい。」

 崇継は天井を見上げたまま動かない。


「なら、早く行け!もう時間がない!」

 懸命に急かす翔に、崇継は笑顔を返した。


「いえ、一緒に行きます。」

 そう言うと(降天菊花)を高々と頭上に掲げた。


()()!」


 鳥の鳴き声のようなものが遠くから聞こえたかと思うと、崩落を始めた岩礫をかいくぐるように、黒い巨大な塊が滑り込んでくる。

 唖然とする翔たちの前に表れたのは、漆黒の羽を持つ巨大な四つ目のカラスであった。


八咫烏(やたがらす)。」

 崇継は、そのカラスに近づき、頭を撫でる。

 濃紺の色を帯びていたカラスの目に金色の光が宿った。


「行け!」


 崇継の命を受けた八咫烏は、くちばしで崇継を咥え上げて背中に乗せると、ふわっと浮かび上がり、翔と知佐を両足に掴んで力強く羽を羽ばたかせる。

 身を屈めて岩礫の雨を避けながら、猛烈な速度で洞窟を進み、光指す出口から勢いよく外へ飛び出した。


 眼下では石穴神社の、数百年の時を刻んできたあの圧倒的に荘厳な自然の風景が、見る影もなく陥落しようといている。

 それはまるで、日本の大地が歴史の歪みを清算しようとしているかのようであった。

 暖かく照りつける春の穏やかな太陽は、それすらも自然の一部だよとでも言いたげに、あくまで穏やかに優しく景色を包む。


 八咫烏は暖かな日差しを背に受けて、くるりと旋回すると西へ向かった飛んだ。

 観世音寺の戦いの焼け跡を飛び越した先には、都府楼跡の広場が見える。

 その広場には多くの人が集まって、新時代の幕開けを祝うように巨大な人文字を作っていた。


「そうか、今日からか。」

「そうね、今日から新しい時代が始まるのね。」


 眼下に広がる、巨大な<()()>の人文字は、、希望に満ちた輝きを放っている。


 八咫烏は、暖かな日差しを受け、気持ちよさそうにその上空を二度ゆっくりと旋回すると、新時代を祝うように『カアァ』とひと鳴きし、三人を乗せて北の空へと姿を消していった。



 令和元年5月1日


 この日、皇太子・徳仁親王殿下は、皇居にて天皇にご即位なされた。

 それはもちろん()()歴史である。



 <終幕>

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