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第43話 神の軍配

「見合わんか! 始めるぞ!」

 相撲取りの仕切りに、ダニエルは立ったまま左手を前に出し拳を目の高さに構える()()()()()スタイルを取った。


「ダニー気を付けろ! 相撲取りの立ち合いは見かけより早いぞ!」

 前を向いたままコクリと頷く。


「待ったなし!」


 相撲取りとダニエルはにらみ合い、立ち合いのタイミングを計る。

 先に動いたのはダニエルだ。

 鋭い左ジャブを相撲取りのこめかみに打ち込む。

 その左手を外側から払うと、相撲取りは低い体勢から体ごとぶつかってきた。

 <()()()()


 ギリギリで右に避けたダニエルの腰を、相撲取りの左手が襲う。

 がっしりとベルト毎カーゴパンツの腰を掴んだ相撲取りが、頭を付けてそのままグイグイと押し込んでくる。

 <()()()()


 一気に土俵際まで押し出されたダニエルが、膝を顔面にくらわし間一髪で逃れる。

 バックステップで距離を取って襲撃に備えるダニエル。

 相撲取りの鼻からは真っ赤な鮮血が滴っているが、意に介する様子はない。


()()の突っ張りには遠く及ばんなあ。」

「誰ねそれ?」

 ダニエルは左手を下に降ろしたデトロイトスタイルに構えを変えた。


「なるほど、下からの攻撃に対処する気か。」

 相撲取りは再度仕切りの体勢に入る。


「なら<()()()>で何もさせずにあの世行きだ!」

 今度の立ち合いは、先に相撲取りが動いた。

 動いたのを見て、ダニエルが側頭部目掛けて回し蹴りを入れるが、脂肪の鎧に阻まれて腕にしか届かない。

 不安定な体制になったダニエルの体が宙に浮き、そのまま電車道のレールに乗った瞬間、()()が相撲取りの膝の裏目掛けてダイブした。


 全く予想外の人間から予想外の攻撃を受け、相撲取りはもんどりうって倒れ込む。

 訳も分からず慌てて立ち上がった相撲取りは、ダニエルに背を向けていた。


(勝機!)

 ダニエルは体ごと相撲取りの背中にタックルを仕掛けて、そのまま相撲取りを土俵の外に押し出す。

 あっけなく土俵を割った相撲取りは、崇継に断末魔の叫びを浴びせた。


「小僧、貴様は!!」


 ゴウッと地鳴りのような音が再び明日館に響き、地面が揺れると、盛り上がっていた土俵が地面に沈み、カクテルライトに照らされる元の芝生に戻り、土俵を覆っていた帳も上空の切妻屋根も消えている。

 後には巨大な肉の塊となった相撲取りの死体だけが残っていた。


「どげんなったとね。」

「ワカラナイ。」

「タカくんはなんで動けたと?」

「分かりません、最初は動けなかったんですけど、ダニエルさんがピンチになって、助けなきゃって思ったら体が動いたんです。」


「そうか、()()()を付けたんだ!」

 翔は、得心がいった様子で説明を始めた。


「ほら、あいつが言ってたろ、ルールに()()()付けれるのは()()()だって。」

「タカくんが()っちゅーこと??」

「まぁ、お前らと日本人とは<()>の概念が違うから理解できないかもしれないけど、タカの血筋はずっと辿っていくと、()()()()()()()なんだよ。」


「いや、()()ですよ、僕は!」

 崇継が顔を赤くして否定する。


「そりゃもちろん生物学的にはそうだし、今の所ただの()()()()子どもだけど、史書を信じるならそうなるって事だよ。」

「僕は()()()()もありません!」

 崇継は顔を赤くして否定した。


「まぁ、何にせよ崇継に()()を預けたのがあいつの敗因だったって事だ。」

「そうやね、ほんと助かったバイ、ありがとうね、タカくん。」

「いえ、僕もたまには役に立ちたいですから。」

「そうや! お礼に<無敵家>のらーめんおごっちゃろか!」

「オ!ソレはイイ!」

「いいね、ダニーご馳走様~!」


(今日の所は崇継サマサマだったが、この先も忍術を使わずになんとか敵を倒せるかもしれない。)

 翔は今日の勝利に少しだけ希望の光を見ていた。



 ~東京・南光院邸~


「紗織様、またお食事をされていないのですか?」

 知佐の問いかけにも答えずに紗織は布団にくるまっている。


「コレは投げるモノじゃないとお分かりいただけたのなら、お返しします。」

 知佐の手にはくまモンが握られている。

 食事の度に知佐に投げつけられるそのクマのぬいぐるみを、知佐が取り上げたのは昨日の夕食後だ。


「返してよ!」

 珍しく紗織が布団から出て突っかかって来たが、

「反省なさるまでお預かりします。」

 と、けんもほろろに取り上げられた。


 紗織は反省などしていなかったが、布団から手だけだしてクマを受け取る。

 知佐は軽くため息を吐いてクマを渡すと、くるまっている紗織に厳しい声を投げかけた。


「誰とも話さないおつもりなら、布団の中でその()()()()()()()なさるのがお似合いですよ。」

 そう言って部屋を出ていく。


 紗織は布団の中で、一日ぶりに戻って来たクマもんを抱きしめて涙ぐむ。

 しばらくそうしていると、くまモンから微かに物音が聞こえてきた。


「…さぁ…さぁちゃん…聞こ…聞こえる?」

(ちぃちゃん!? しかも、『さぁちゃん』って。)


「もしもし、ちぃちゃん!?」

 紗織は半信半疑で、くまモンに問いかける。


「あぁ、良かった、今布団の中よね?」

「うん。」


「さぁちゃん、よく聞いて、私は何があってもさぁちゃんの味方だから。」

「うん!」

 紗織は嬉し涙が溢れるのを我慢して元気に答える。


「きっと助けるから、もう少し我慢してね。」

「分かった!」


「これからは連絡は布団の中でしましょう。」

「うん! ちいちゃん?」

「なぁに?」

「ありがと!」


 紗織はくまモンをギュッと抱きしめた。

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