第39話 耐え忍ぶ者
「なんや、自分、忍術使えへんようになった割に元気そうやな。」
前触れもなく突然現れた谷本は、気遣いを見せる事もなく、第一声であっけらかんと核心を付いてきた。
「お前、どこでそれを!? まさかまたアッチ側の命令で動いてるのか?」
翔は、背中に隠し持った刀に手を掛ける。
「ちょっと、ちょっと待って、教えたのは私よ!」
菜々が慌てて止めに入った。
「菜々さん、こいつは!」
「聞いたわ、甲賀の子なんでしょ。」
「だったら、何で?」
「うっとぉしいのぉ、何もしぃひん言うたやろ! あいつらとはもう縁切っとんのや!」
「じゃぁ、何で東京に来た?」
「ウチは東京都民のシティーガールや! 自分の家に帰るんをおんどれにとやかく言われとぉないわ!」
「まぁまぁ二人とも、お茶でも飲んで落ち着いて。」
菜々が、香りの強い玉露で二人をとりなす。
「甲賀になら何か方法があるかもしれないと思って話したのよ、この子翔君のお友達なんでしょ?」
「ちゃうわ!」
「違います!」
二人同時に否定する。
「ほら、仲良しじゃないの。」
ケラケラと笑う菜々に毒気を抜かれて、二人は大人しくお茶を飲んだ。
「ほんまに使えへんのか?」
谷本が真剣な顔で聞いてくる。
「あぁ…、その…甲賀に失った力を取り戻す術はないのか?」
翔は藁にもすがる思いで聞いたが、谷本の返答はにべもない。
「聞いたことないなぁ。」
「そうか…。」
うなだれて肩を落とす翔を不憫に思ったのか、谷本にしては珍しく励ましの言葉を掛ける。
「せやかて、グリゴリウスを殺ったんも、結局はただの剣術やったんやし、自分、海老名でもごっつい地震起こす忍者を、忍術使えへんまま殺ったんやろ?」
「それはそうだけど…。」
「何も術使うだけが忍者やあらへん! 忍者には武器になる忍び道具もぎょうさんあるし、術が使えへんかったら、剣術でもなんでも使えばええやんか!
ええか、そもそも忍者っちゅうんは、耐え忍ぶ者や!
困難な状況の中、一年も二年も耐え忍んで耐え忍んで、もひとつ耐え忍んだ上で大輪の花を咲かせるんが、忍者っちゅうもんや!
自分、まだ2~3日やん! 全然耐え忍んでへんやん!」
「そ、そうだな、すまん。」
翔は、突然の忍者論に圧倒されて、何故か謝っている。
「これは一本取られたな、翔。」
半次郎が半笑いで翔の肩を叩いた。
「谷本、お前ほんとは優しいんだな。」
「はぁ!? な、何言うとるんや、自分があんまり情けない顔しとるから喝入れただけで、優しさとかそないなもん、あれや、なんや、その…」
翔の何気ない感謝の一言に、今度は谷本がしどろもどろになっている。
「まぁ、あれや『パンが無いならケーキを食べや』ちゅうこっちゃ。」
言ってる事は分からないが、言いたい事は伝わった。
「ありがとな。」
そう言うと、翔は谷本の肩を軽くポンと叩いた。
「かまへん。」
谷本は軽く返すと、立ち上がって店を後にしようとする。
「あ、お勘定!」
慌てて料金を徴収しようとする菜々に、谷本はニッと笑顔を浮かべて言った。
「そこの兄ちゃんの勉強代や、サービスしとき。」
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「いただきまーす!」
テーブルの上には、山盛りのパスタや唐揚げ、サラダなどの大皿が所狭しと豪華な夕食が並べられ、ナスのミートソースの香りが食欲をそそる。
大皿から取り分けるなどという庶民のスタイルは新鮮なのだろう、崇継は好奇心に満ちた目で先陣を切るダニエルの作法を観察している。
もっとも、作法と言ってもただ取り分けるだけなのだが、崇継には新鮮らしい。
「結局、合流できなかったけど、何軒回ったんだ?」
「三軒回ったバイ!」
「まぁ、崇継くんもそんなに沢山食べてきたの?」
「はい!」
「じゃあ、パスタじゃない方がよかったかしら? ごめんね、気が利かなくて。」
「い、いえ、凄く美味しいです!」
菜々は、素直な崇継がかわいいのか、よくちょっかいを出す。
「で、ラーメンはどうだった?」
「うーん、うまかったけど、やっぱ俺のラーメンには敵わんね。」
「おっ!じゃあ、今度ダニエル君の腕前を披露してもらおうかな。」
半次郎の期待を込めた頼みをダニエルも受けて立つ。
「任せとってください!」
「俺も合流しとけばよかったかな。」
残念そうに呟いた翔に、ダニエルがウインクを送る。
「実はもう一軒、飲んだ後の締めに人気のラーメン屋があるっちゃん!」
「お、じゃあ、飯終わったら軽く飲み行くか!」
「イイネ~。」
盛り上がる翔とダニエルとレオナルドを、崇継が不満そうに見ている。
「残念だけど、ここからは大人の時間だ。」
「え~…。」
突如仲間外れにされて不満そうな崇継を、半次郎がとりなす。
「おっと、崇継くん、君はこっちを手伝ってくれ。」
取り出したのはNゲージの<特急・やまびこ>だ。
「あ、<やまびこ>じゃないですか。」
「おぉッ知ってるのか? やっぱこれぞ男のロマンだよな~、まだまだ沢山あるぞ!」
どうやら崇継の機嫌も直ったようだ、それどころか、レオナルドも残りかねない程興味をしめしてる。
「レオはこっちたい。」
翔とダニエルは、二人でレオナルド引っ張って、影が蠢く池袋の夜の街へと消えて行った。




