第35話 絶たれる望み
「忍術を復活させる!? 復活させるってどういう事だ? それじゃまるで…。」
半次郎は、押し黙る翔を見て、言いたい事を飲み込んだ。
「よし分かった、落ち着こう、落ち着いて何があったか話せ、いいな。」
自分を落ち着かせるように言葉を繋ぐ。
「何があったかは、俺にも分からないんだ。 まず、<梅花の舞~乱舞~>を使った。」
「~乱舞~!? 何だってあんな危険な!? いや、まぁいい、で?」
「その後、激しい脱水症状で死にかけた。」
「そりゃあ、そうだ。 給水車でも用意してなきゃ、あんな術使えない。」
「でも、翔くん生きてるわよ。」
菜々が口を挟む。
「瀕死の翔さんに<霊水>を飲ませたんです。」
「おい~~。」
崇継の返答を聞いて、半次郎は白い手袋をはめた手をこめかみに当て、天井を仰ぎ見た。
「忍者が<霊水>を飲んだの?」
菜々も目を丸くして驚いている。
どうやら、菜々は長い間店を手伝う間に、門前の小僧よろしく薬草や忍者の知識を相当会得しているようだ。
「マズかったんですか?」
崇継が心配そうに質問する。
「いいかい、まず忍者がどうやって術を発動するかを知らなきゃいかん。」
「どうやるんです?」
「人には気の流れというものがあって、普通は右回りに廻っている。」
「ホウ。」
かねてから忍術に興味を持っていたレオナルドは、忍術を説明してくれそうな人にやっと出会えて嬉しいのだろう、目を輝かせながら聞き入っている。
「忍者は、術を使う時に、一時的にその気の流れを逆転させる。」
「というよりは、右回りの気に新しく左回りの気をぶつけて強制的に左回りにするって感じね。」
半次郎の説明に、菜々が補足を入れた。
「その通り、さすがは菜々さんだ。」
半次郎は菜々にウインクをして話を続ける。
「まず、忍者が術を使う時には、必ず気が逆回りになってるんだ。 これが出来ないと忍者になれない。」
「ソウナノカ?」
レオナルドに問いかけられたが、翔にしても初耳だ。
「翔にしても意識してやってる訳じゃないさ、これは僕が研究に研究を重ねて辿り着いた結論だ。」
「ナルホド。」
「いいか、続けるぞ。 気の流れが逆転する時に、右回りの気と左回りの気がぶつかる事で、莫大なエネルギーが生じる。」
「ホウ。」
「そのエネルギーを、左回りの気に乗せて体外に放出するのが忍術の基本だ。」
「そしたら、手から梅の花出したりするとも、そんエネルギーて事ね?」
ダニエルが疑問を口にする。
「いい質問だ。まず、右回りの気は人間の基本的な身体能力をコントロールしている。」
「フム。」
「これを強制的に左回りにすることによって、体の色んな器官に<特殊>な作用が働く。」
「特殊な作用ですか?」
「まぁ、言い変えれば<異常>が生じると言ってもいい。」
「例えば<梅花の舞>だけど、あれは全身の汗腺から水分を放出して、ぶつかり合った気のエネルギーと混ぜ合わせて、鋭利な刃物状にする術だ。」
「あれ汗やったとね?」
「正確に言えば汗になる前の水分といった所だろうな。」
「オモシロイ。」
「人によっては汗っかきな人もいるけど、普通あれだけの水分を放出する人間が居たら、間違いなく病気というか、異常だろ?」
「そうですね。」
「なんか、映画の忍者と随分違うっちゃね。」
ダニエルがしみじみと呟く。
「だから、いつも言ってるだろ!」
翔の突っ込みに、若干空気が和らぐ。
「ジャア、モトの気が大きケレバ、ブツかって発生するエネルギーも大きクナルノカ?」
「その通り、生命力に溢れてる人間が、その気を逆転できる程の左回りの気を産みだせれば、尋常じゃない忍術を使えるだろう。」
「ナルホド。」
「で、ここからが本題。」
「はい。」
「霊験あらたかな<霊水>は、人間本来が持つ生体エネルギーを強化する。」
「ソウカ!」
「気づいたかな? つまり、翔は右回りの気が大きくなり過ぎてしまって、左回りに出来なくなってるんだ。」
「で、どうすれば、元に戻るんですか?」
半次郎と菜々が、気まずそうに目を合わせる。
「方法、あるっちゃろ?」
ダニエルが食いつく。
半次郎と菜々は、無言で首を横に振った。
「そんな…。」
「ま、待て、諦めるな、今知らないってだけで、探せばきっと方法はあるよ。」
「そ、そうよ、諦めないで…、そうだ!みんな朝ご飯まだでしょ? 食事にしましょう!」
半次郎と菜々は慌ててその場を取り繕おうとするが、そんな二人の優しさは、今の翔の心には余計に痛かった。
「俺、ちょっと周囲を見回ってきます。」
翔は、そう言うと一人で店を後にする。
止めようとする崇継を、レオナルドが制した。
「ソットしといてヤレ。」




