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第03話 嘆きの忍者

2019年(平成31年)4月2日

~福岡~


 九州一の繁華街・天神を東西に横切る国体通りから、那珂川(なかがわ)に沿って伸びている道がある。

 住吉橋通りに行きつくまでの間は「春吉リバーサイド通り」と呼ばれ、その道沿いにはラブホテルや飲食店が立ち並んでいる。

 そんな色っぽい道路を肩を寄せ合って歩く一組のカップルがいた。


 男の方は痩身で背が高く、短い髪を後ろに撫でつけた五十歳前後のサラリーマン風の風貌、女の方は四十手前だろうか、長い地味めのスカートに紺のカーディガンを羽織っている。

 一見して不倫を匂わせるカップルだ。

 その後ろに、一定の距離を保ちながらスマホで道を調べるふりをして、二人の写真を撮る男がいた。

 時折向き合って笑顔を交わす二人を写真に収め、写りを確認する。

 完全に二人の世界に入ってくれているお蔭で、本人確認には申し分ない写真の宝庫だ。

 翔は唇の端にニヒルな笑いを浮かべて、再びスマホをカメラモードにした。


21:18チェックイン。


 全国チェーンのビジネスホテルの手前にあるラブホテル・MAXに入る時も、二人は全く警戒せずにいてくれたお蔭で、決定的な写真を撮ることができた。


 あとは、適当に時間を潰して出てくる写真を撮るだけだ。


 都合よく翔が車を停めている駐車場の隣のホテルに入ってくれたお蔭で車の中で時間を潰せる。

 翔は駐車場に行くと青のザ・ビートル・カブリオレのドアを開けて乗り込んだ。


 愛車のダッシュボードを眺めていると、人の性行為が終わるのをただ待っているこの時間が、この世で最も価値のない時間に思えてくる。

 だからと言って、ゲームなどして気を散らすわけにはいかないので、通りを行き交う人の群れに目を向け、漫然(まんぜん)と観察していると、たまに面白い行動をとる人間も居て意外と飽きない。

 そうこうしているうちに、ターゲットの二人が出てきた。


25:03チェックアウト


 ホテルから出てすぐのT字路で別の方向に別れるのだろうか、女の方が名残惜しそうにキスをせがんでいる。

 唇が触れ合う瞬間を写真に収め、翔は仕事を終了した。


 今日の依頼主は女の方のご主人だ、いわゆるダブル不倫で相手の方にも妻と子供がいる。

 これでまた二つの家庭が不幸になるのかと思うと、やりきれない気持ちもあったが、男の方の警戒感のないニヤケ面には嫌気がさしていたので、自業自得だと割り切った。


 翔は、自分の事務所の駐車場に車を戻すと、終電を逃した酔客達でごった返す中州の街を縫うように歩いて、那珂川のほとりに居並ぶ屋台の中からキャナルシティー寄りの端にある<ダっちゃん>の暖簾(のれん)をくぐる。


「いらっしゃー・・・て、なんや、翔やんね!」

 声も体も大きいアフリカ系のアメリカ人の大将が出迎える。


「おいおい、客に向かって、なんやはないだろ。」

「冗談たい、今日もラーメンね?」


 長身の大将は、ダニエル・キースバック。店名からも分かるようにダッちゃんの愛称で通っている。

 まくった袖からは覗く腕は筋肉で盛り上がり、鷹のタトゥ-刻まれている。

 よく見ると、全身に分厚い筋肉の鎧を身に着けているが、190cmを優に超える長身のせいであまり目立たない。

 その筋骨隆々の腕で麺を1玉掴むと、注文する前に寸動に放り入れた。


「固めでな。」

 翔は念を押すと、金髪の白人男性の横の席に座った。


「今日も遅かったじゃナイカ。」

 天才ハッカーのレオナルド・レイスハムがノートパソコンのキーボードを叩きながら微笑みかける。


「あぁ、ちょっと仕事でね。」

「仕事って、また()()()()()やないと?」

 ダニエルがちょっかいをかける。


「うるさいな、ちゃんとラーメン作れよ!」

「俺はその辺のヘボラーメン屋とは違うとバイ。」


 ダニエルは軽やかに麺を湯切りし、用意したスープの上に浮かべると、流れる様な手付きで手際よく具を並べていく。

 どこで覚えたのか、ゴリマッチョの元グリーンベレーとは思えない職人技だ。


「ヘイ、お待ち!」


 湯気を立てる器を手に取り、自分の前に持ってくる。

 チャーシュー二切れとキクラゲ・味玉半個にノリとネギの具材が食欲をそそった。

 味玉と言いつつ、ただの半熟ゆで卵を出す店が多い中で、この店はきちんと味の染みた本当の()()を出す。


 美味しそうに麺を啜っていると、レオナルドがニヤニヤしながらノートPCの画面をこちらに向けた。

「やっぱり()()()()()じゃナイカ。」


 画面を見ると、リサの肩を抱きながらホテルに入っていく翔の姿が映っている。

 監視カメラをハッキングしたのだ。

「それは昨日だよ。」

 翔は苦笑いを浮かべながらPCをレオナルドに押し返す。


「せっかくポリさんが付けてくれてるんダカラ活用しナイトネ。」

 レオナルドは満足そうな笑みを浮かべて、一切れだけ残っていた餃子を胃に収めた。


 全国の警察は、治安の悪化を受けて数年前から繁華街のビルに防犯カメラの設置を依頼している。

 もちろん強制的ではないが、協力しておけばいざという時に何かと融通が利くため、オーナー側も協力する人が多い。


「どんどん監視社会になっていくな…。」

 チャーシューをつまみながら翔がつぶやく。


「こん前警察が来て、後ろの電柱にも付けて行きよったとよ。」

 ダニエルはネギを刻みながら口を尖らせる。


「アァ、アレは大丈夫。」

 レオナルドが画面から目を離さずに言い放つ。

「ニセの映像を流すように仕込んでル、ボク達の基地を見張ろうなんてフザケてるカラネ。」


 ダニエルがカウンター越しに呆れたような笑みを向けてくるのを苦笑で返し、お目当ての味玉を頬張った。


「ハッカーとしては、網が掛かればかかるほどヤリガイが増すんダヨ。」

「レオにとっては、警察さまさまって訳だな。」

「ン?それは、ショウもじゃないノカ?」

 レオナルドが、タイピングする手を止めて聞いてきた。


「そうそう、忍者なんやけん、透明になったりすれば監視カメラ関係なかやん!」

 ダニエルはスープのアクを取りながら(はや)し立てる。


「あのなぁ、前から言ってるけど、お前らはハリウッド映画見すぎ!

 忍者は魔法使いじゃないんだから、人体機能の延長上の事しかできないよ。」

「そうナノカ?」

 レオナルドは失望感を露わにした。


「例えば、口から火を噴く火遁の術ってのがある。」

「映画で見たバイ、ゴォォって火を噴くっちゃろ?」

 どうせB級映画で見たのだろう、火を噴く真似をするダニエルを無視して続ける。


「あれは、可燃性の液体が入った袋を口の中に仕込んでおいて、それを噴き出すと同時に隠し持ってた点火材で火をつけてるだけだ。

もちろん、肺活量を鍛えれば射程も伸びるけど…まぁ、今の時代ではサーカス位でしか需要はないだろうな。

放火に使うなら灯油とチャッカマンの方が効果的だし、殺人の為だったらピストルの方が早くて確実だ。」

 翔は、一気に説明すると、キクラゲを口に放り込む。


「ロマンのなかこつ言うね~。」


「現実は厳しいんだよ、忍者が大活躍できるのは映画の中()()だ。」


(そう、現実の世界には俺が活躍できる舞台はない…。)


 そう言う翔も、かつては忍者の能力に夢を抱いていた。

 忍術を使って世界平和などとバカげた理想に燃えていた少年時代はともかく、中学を卒業し高校生になってからも、社会に出たら何かしらのアドバンテージを得られないかと、現代社会における忍術の活用方法を模索しながら、厳しい修行に明け暮れた。


 戦国時代から続く忍者の名家「()()」家の嫡男として両親の期待を一身に受け、物心つく前から厳しい訓練を課されていたし、実際に忍者としての才能もあった。

 二つ歳下の弟の智哉などは、翔が三歳で出来た事を幼稚園卒業する頃になっても習得する事が出来なかったため、小学校入学を待たず早々に忍者の修行を諦めざるを得なかったほどだ。

 勉強や放課後の遊びの時間も犠牲にし、弟が部活に入って青春の汗を流すのを横目にひたすら技を磨いたお蔭で、忍者としての腕前は、それこそ初代・()()()()の前で披露しても恥ずかしくない程度まで上達したであろう。


 だが、それを活かす術だけは、ついに見つからなかった。


 その結果がこの現状だ。

 ロクに勉強をできなかったお蔭で三流大学にしか行けなかった翔に、大した就職先もあるはずがなく、卒業後は特殊清掃のアルバイトなどで食いつないでいたが、在学中にバイトをしていた探偵事務所の所長のツテで福岡に探偵事務所を開業した。


 今は俗世の上澄みを(すく)って生きている。


 それに対して忍術修行から解放された弟の智哉は、修行に充てる時間を塾や習い事に充てたお蔭で難関大学を卒業し、誰もが羨む有名企業に入社した。手取りで二百万を優に超えるボーナスを貯蓄に回し、来年には結婚を控えている。

 期待を掛けてくれた両親は、翔が大学を卒業する前の年に事故で他界した。


(忍者なんてもう過去の遺物だ…)


 翔の探偵事務所の仕事の大半は、浮気調査・素行調査だ。

 最初の頃は世の中の人間はこんなに浮気をするのかと驚いたが、今ではそれも人間のサガだと割り切っている。

 何しろ、浮気調査は労力の割に金になるのだ。


 刹那(せつな)的な仕事で稼いだ金は刹那的に使えばいい。

 親から授かった忍術は役に立たないが、もう一つ親から授かったこの()()()を最大限に利用して日本中の女をコマシてやる!

 投げやりな決意は、青春と引き換えに習得した技術のほとんどが無用の長物だったと認めたくなくて、自分の過去・未来と向き合う事なく、自暴自棄に生きている人生の裏返し…。


 翔は、溢れだしてくる負の感情を飲み込もうと、コップの水を一口に飲み干した。

 視線を上げた先にあるテレビの画面には、昨日と変わらず人の良さそうな老人が「令和」と書かれた額を、誇らしげに掲げているシーンが繰り返されていた。


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