第28話 忍術・梅花の舞~乱舞~
目の前で十人、いや、十匹に別れた獣を見て、翔は戦慄した。
(くそっ、そういう事かよ。)
<梅花の舞~飛梅~>は、大人数を相手にする事を想定していない。
両の手の動きだけで対応できるのはせいぜい2~3人だ。
周囲にはむせ返るような獣の臭いが充満し、興奮した獣の息遣いが耳障りだ。
翔が頑張って、なんとか4匹相手にできたとしても、ダニエルと崇継で残り6匹を相手にするのは、到底無理な相談だろう。
ならば…
「一匹ずつ倒していく…、とでも考えているか?」
犬山が不敵な言葉を投げかける。
「一匹なら倒せるとでも思うのか?」
言葉の端には、弄ぶような響きが滲んでいる。
「ならば、やってみぃ!」
一匹が突進してきた。
ダニエルが崇継を押しのけて、身を翻す。
「そこっ!」
振り向きざまに切りつけようとする翔に、別の一匹が襲い掛かる。
「くっ!」
身をよじって避ける翔の背後から、また別の一匹が鋭い爪を振り降ろす。
「こいつらっ。」
転がって避けた翔の背中には爪跡が浅く刻まれている。
ダニエルの方も崇継を庇いながら、鋭い爪をガードするのに精いっぱいだ。
「どうした、まだ半分しか相手にしておらんぞ。」
見ると、半分は元居た場所から動いていない。
パシュッ!
そのやりとりの間隙を縫うように、ダニエルを盾にした崇継のジグ・ザウエルが火を噴いた。
今度の弾丸は、犬山たち一匹の肩に命中したが、肉厚が厚いのだろう、致命傷には程遠い。
「やりおったな。」
犬山は、怒りに目を細める。
十匹は、散開するとそれぞれに身を屈め、襲撃体制に入った。
「まずは、お前からだ!」
そう言うと、二匹がダニエルに襲い掛かる。
すんでの所で躱したダニエルが、反撃のため銃を構えた背後から、更に別の一匹が襲い掛かる。
ダニエルは慌てて振り向くがもう遅い。
鋭い爪の一撃が振り下ろされる。
パリンッ。
ガラスが割れるような音とともに、ダニエルを狙った鋭い爪の一撃は空中で跳ね返された。
「飛梅!」
数十枚ずつにまとまった梅花の盾が三人の周りに浮かんでいる。
「ほう、面白い、盾にも使えるか。」
頬まで裂けた犬の口を歪ませて、犬山が笑う。
「面白い、これぞ戦いだ!」
十匹はその場で一斉に遠吠えを上げる。
「ウオォーン。」
歓喜に満ちたような長い遠吠えが終わると、翔に血走った狂気の目を向ける。
「だが、いつまで持つかな!」
十匹が一斉に躍りかかった。
翔は、必死に梅花をコントロールして、三人の身を守る。
ダニエルの右から来れば、右に梅花の盾を展開し、崇継の背後から来れば、背後に梅花の盾を滑り込ませる。
「いいぞ、もっと必死に守れ!」
「うるせえ!」
「ほら、自分の方がお留守だぞ!」
「くそっ!」
「よそ見しとっちゃなかバイ!」
崇継とダニエルは、間隙を縫って反撃の引き金を引くが、乱戦の中で頑丈な獣に致命傷を与えられない。
「いいぞ、これこそが人生、これこそ戦いだ!
人は戦いの中に身を置いてこそ生を掴める!そうは思わんか!」
犬山たちが牙を剥いて、翔に襲い掛かる。
「ふざけるなっ!」
その牙を、梅花が受け止める。
「では、お前はなぜ戦う!」
梅花を押しつぶすように牙が迫る。
「なぜだと!?」
「お前は何のために忍術をおぼえた!」
「お前らみたいなのが居るからだろうがっ!」
数十枚の梅花が犬山に襲い掛かる。
「違う!お前が血のにじむ様な修行をしてまで忍術を会得したのは、戦うためだ!」
それを躱し、再び犬山が襲撃体制に入る。
「戦いとは何だ?奪う事だ、人間は奪うために生きている!」
犬山が再び襲い掛かる。
「勝手な理屈をっ!」
翔は犬山の前に梅花の盾を滑り込ませる。
「お前たちは肉は食わんか?魚は?野菜もっ!
人間は命を奪って生きている!生きるとは奪う事だ!」
「奪わせるかっ!」
「なら、ワシの命を奪ってみせよ!」
「貴様っ!」
「出来ぬか、なら、ワシが奪う!」
犬山が飛びかかり、梅花が防ぐ。
果ての無い攻防に見えるが、攻撃を防ぐたびに割れて散る梅の花弁は、見る間にその数を減らしている。
その時、崇継が決死の覚悟で犬山たちの一匹に飛びかかった。
犬山は、軽く身をひねって躱すと、そのまま崇継を地面に押さえつけて捕らえようとするが、投げつけられた翔の刀に気づき、後ろ向きに体をひねって飛び上がり、空中で一回転して着地した。
慌てて崇継の元に駆け寄った翔とダニエルは、地面に這いつくばった崇継の横にかがみ込み、体を起こさせる。
犬山達は、その間に円を描く様にグルッと翔たち三人の周りを取り囲んでいた。
「いよいよ、最後っちゅう感じやな。」
「ごめんなさい、僕が飛び込んだせいで。」
八方塞がりの状態に、死の覚悟を決めたのか、意外に穏やかだ。
「いや、却って好都合だ。」
翔は、静かに立ち上がった。
「翔さん?」
「傍に居ろ、出来るだけ体制を低くするんだ。」
翔は、二人にウインクを返した。
「すぐ終わる。」
その言葉が終わるやいなや、翔が来ていたTシャツがはじけ飛び、モヤのようなものが全身から立ち上った。
「梅花の舞」
翔たち三人を包み込むように発生したモヤが、梅の花弁に姿を変える。
その数、数万枚。
「~乱舞~」




