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第27話 甲賀の首領

 拝殿の出口を塞ぐように、仁王立ちに立ちふさがるその大柄な男は、目に濃い色のサングラスを掛けていた。

 サングラスに隠れてい見えないが、鋭い目つきは狂気に満ちている。

 その目が見据えているのは、崇継だ。


「お久しゅうございますな、坊ちゃん。」

 からかう様な口調で崇継に言葉を掛ける。


「よくも、父さんをっ!」

 激情にかられた崇継が、ジグ・ザウエルをぶっ放すが、不慣れな銃弾は明後日の方向に飛んで行った。


「ほぉ、ワシの事を覚えておいでか。」

 崇継の激しい怒りの眼差しを受け流して、不気味に笑う。

 剥き出しの犬歯からは、まるで獣の様に(よだれ)が滴っていた。


「何者だ?」

 翔が問いかける。


「犬山現示。」

 静かに答えると、一拍おいて言葉を続けた。

「甲賀の首領だ!」


**********

 <()() ()()


 今や、甲賀の首領を自称して(はばか)らないその男だが、その本当の名前は、本人ですら知らない。


 彼は孤児だった。

 彼が覚えている最初の記憶は、スーパーのゴミ箱の残飯の味。

 毎晩のようにゴミを漁りに来る彼を、世間は受け入れなかった。

 スーパーやコンビニの店員は、野良犬を扱うように(ほうき)で叩いて追っ払い、彼は生きるために僅かばかりの抵抗をした。

 <()()()()()()

 ロクに戦った事もないような軟弱なヤツほど、この言葉を使いたがる。

 どこぞのコピーライターしかり、ドラマの脚本かしかり。

 だが、彼の人生は本当の戦いだった。

(飢えとの戦い)

 敗ければ死が待っている。

(だが、それがそうした?)

 惨めな犬コロの人生に価値などない、戦いに敗ければ死ぬ、ただそれだけだ。

(別に負けてまで生きようとは思わない。)

 絶望に支配されていた彼の頭は、常にそう思っていた。


 だが、彼の本能は違う。


 産まれた時から続く強烈な()()が、逆に彼の生存本能を、生に対する根源的な欲望を極限まで膨れ上がらせた。


 強烈な生存本能と、それを否定する理性。


 やがて、精神と肉体のバランスは崩壊する。

 極寒の1月の夜。

 いつものように、スーパーの裏口で残飯を漁る彼を、不運な店員が発見した。

 その店員は、いつものように箒を振り回して脅してみせる。

 いつもならそれで怯えた目をして逃げ出すはずだった。


(なんだこいつ?いつもと違う。)


 そう思った瞬間、店員はのど元を食い千切られ絶命した。

 吹き出る血の暖かさに我に返った彼は、恐怖し腰を抜かして後ずさる。

 そんな彼の頭の中に、声が聞こえて来た。


「好きなだけ食え、もう邪魔は居ない。」

 その声は自分の内側から響いてくるようだった。


()()()()

 彼の過剰な生存欲求は、彼の中に異なる自分を作り出したのだ。

 だが、彼の悲劇はそれだけに終わらない。

 自分の中の異なる自分を受け止め切れない彼は、更なる自分を作り出していく。

 その数、()()

 そんな彼に目を付けたのが<犬山家>だ。


 凄まじいまでの生存欲求と闘争本能、そして多重人格という特殊な才能にほれ込んだ、当時の犬山家の当主・犬山現一は、彼を養子にし、名前を授けた。


 <()() ()()


 その名前が、十人の彼のうちの誰に与えられたものかは分からない、あるいは全員かもしれない。

 とにかく、彼は<犬山現示>となった。


 そして、授かったものがもう一つ。

**********


獣身(じゅうしん)顕彰(けんしょう)

 元から大柄な犬山の全身が膨れ上がり、口が前にせり出し、両耳は上に伸びる。

 身長はもはや2mを超え、体中を毛むくじゃらにしたその姿は、映画でよく見る狼男そのものだ。

 上下に突き出した鋭い牙を見せつけ、興奮した様子で涎を垂らしている。


「谷本といい、あんたといい、甲賀者は動物好きが多いらしいな。」

 翔は、すかさず両手の手のひらを上に向けた。


「谷本が言わなかったか、その術はワシには効かん。」

「試してみるか?」

 手のひらの上空に浮かぶ花弁の数は、既に数百枚。

()()()()…」


 翔が舞を舞おうかというその瞬間、犬山の声が飛んだ。

獣拾(じゅうじゅう)分身(ぶんしん)陽炎(かげろう)!」


 そして、翔たちは目にした。

 闇夜に浮かぶ()()の獣の目を。

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