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第20話 宇佐神宮に潜む影

 ドライブ日和(びより)の大分道をひた走る二台の車は、玖珠(くす)ICで高速を降りると、国道387号線を北東に進む。


「お前、余計な事検索してないで、<()()()()><()()()()>で調べてみろよ。」

 レオナルドがすかさずキーを叩く。


「ホウ。」

 検索結果を見て、思う所があるのだろう、感嘆(かんたん)の声を口にした。


 数年前、宇佐神宮(うさじんぐう)は、宮司(ぐうじ)の世継ぎ問題で、雑誌やワイドショーに盛んに取り上げられていた。

 宇佐神宮の宮司は代々世襲(せしゅう)で受け継がれてきたが、神社本庁から無理やり天下り宮司を派遣されたとして、一時期話題になっていたのだ。

 当時は、そんな所にも権力争いがあるんだなと、漠然(ばくぜん)と思っていたが、今回の事件に繋がる動きだったとすれば、妙に符合(ふごう)が合う…。


「キヲ付けたホウが良さそうダナ。」

「あぁ、隠密(おんみつ)行動が必要かもな。」

「ニンジャの本領ハッキか?」

 翔は、返事の代わりに笑顔を返した。



 **********


 翔たちは、国道387号線を左折して県道658号線に入ると、突当りを右折して県道10号線に入った。

 道なりにしばらく走ると右手に広々とした駐車場が見える。

 その手前の信号を右折し、古びた旅館の駐車場に車を停めると、チェックインもそこそこに、参道の商店街の中から、これは!と思う店で食事を採る事にした。

 先ほどの襲撃のお蔭で、朝から何も食べていない。


「かくまさ」という名前のその店は、650席を備えた巨大な店だ。

 小上がりの座敷席に通されると、メニューを見て驚いた。

 うどん・そば・親子丼などの定番に加えて、大分名物のとり天や、茶葉麺、しじみ貝汁など、豊富なメニューを揃えている。

 茶葉面にも心を惹かれたが、やはり店の名物と銘打っている<()()()()()()>を注文する事にした。

 ほかの皆も同じ気持ちの様だ、全員一致で注文する。


 程なくして運ばれてきた<だんご汁定食>は、味噌仕立てのスープに、たっぷりの野菜と、豊中だんごと呼ばれる小麦粉で作った平たい団子のような麺が入った郷土料理だ。

 ほっとする柔らかい味わいが体の中に染み入って来るようだ。

 定食にすると、からあげが付いてくるのも地味に嬉しい。


 子どもは、から揚げ定食とかの方が良かったかなと思ったが、崇継も紗織も「おいしい!」を連発している。

 こういう郷土料理を美味しく食べられる子どもに悪い子は居ない。

 デザートにソフトクリームを頼んで、英気を養ってから店を後にした。


 まだ、15:00を少し回った所だ。


 観光客に紛れて神社の周辺を散策し、周囲の状況を探る。

 背後に御許山(みもとやま)を従えた境内は広く、それ自体が<小椋山(をぐらやま)>という山になっており、前面を流れる寄藻川(よりもがわ)を渡る橋は四本掛けられている。


 一行は、朱色に塗られた明神(みょうじん)鳥居に一礼してくぐり抜けると、寄藻川では大きな鯉が口を開けて待ち構えている。

 熱心にエサを蒔く観光客の後ろをすり抜け、<神橋>を渡って境内に入った。

 深い緑に覆われた境内は、樹齢の高い樹が多いのだろう、落ち着いた重厚な(たたず)まいで、訪れる参拝客を出迎えている。


 崇継と紗織は、その立場故、遠出どころか自由に出歩くことさえ、ままならない生活だったのだろう、目に映る風景を物珍しそうに眺めては、

「わぁ、お兄ちゃん、あの鳥なに?」

「さぁ…、多分、ウグイスかな?」

 などと、はしゃいでいるのが、微笑ましい。


「ふふふ、アレはメジロですよ。」

 後ろから声を掛ける知佐も、きっと同じ気持ちなのだろう。


 少し歩くと右側に宝物館が現れた。

 国宝に指定されている<孔雀文磬くじゃくもんけい>など、数々の文化財が展示されている。

 その宝物館に連なるように建てられている参集殿では、様々な催し物が行われる。

 その瀟洒(しょうしゃ)な造りの参集殿を右手に通り抜けると、左側には広大な池、右側には摂社・末社が立ち並び、一つ一つにお参りしていては、時間がいくらあっても足りない。


 ゆるやかな登りとなっているその参道を更に進むと突当り<祓所(はらいどころ)>が見える。

 参拝の前に(けが)れを落とす場所だ。

 参拝者は、そこで穢れを落とした後、最も左側にある鳥居を潜ると<上宮>、その隣の鳥居を潜ると<下宮>へと続いている。


 <祓所>の前に来ると、崇継がこめかみに手を当てて俯いた。


「おい、大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です。」


 言いながらも、肩に捕まって来る。

 しばらくの間肩を貸していると、崇継は、顔を上げて<上宮>へと続く参道の方を睨みつけた。


「あいつらです。」


 その視線の先には、頭髪を短く刈り込んだ黒いスーツの大柄な男がいる。

 その隣には、視覚障碍者用の杖を左右に振って砂利を払いながら、砂利道を器用に歩く小柄な老人。

 二人は、<上宮>の方に歩いている。

 一見すると、障碍者とその付き添いの様にも見えるが、観光客とは思えないほどの異様な雰囲気は隠し切れない。


「気づかれたと思うか?」

「いえ、恐らくまだでしょう。」

「ダガ、ここに来る事はシッテイル。」

「あぁ、だから先回りしたつもりなんだろう。」

「くそっ、なんでバレとるとね、やっぱ、あん女やろか?」

「どうするの?」


 しばらくの間、顎に手を当てて考えていた翔が、口を開いた。

「今夜、忍び込む!」


「えっ?」

 皆が驚いたように翔を見る。


「連中の目的が俺達の命なら、ここに来るまでの間に襲撃できたはずだ。

 それが、あいつらもここに来たって事は、連中にも探してるものがあるって事じゃないか?」

「オタカラか…。」

「連中に盗られる前に、俺たちが盗る!」

 一同の決意が固まった。


「ばってん、あいつらが先に見つけて持って帰ったらどげんするとね?」

 ダニエルが尤もな指摘をぶつける。


「俺に考えがある。」

 翔は、男二人が砂利道に残した足跡から、両手いっぱいの小石を拾うと、ニヤッと笑った。

「さぁ、一旦却って作戦の準備だ。」


 一行が来た道を引き返して行く様子を、一組の男女が摂社の一つに参拝するふりをして、背中越しに伺っていた。


「おい、姉貴、アレじゃねぇか。」

「シッ、気づかれるわよ。」

 鋭い言葉で制したのは蜂谷薫だ。


「忍び込むとか言ってたな、おっさんに知らせるか?」

 弟の蜂谷攻の提案に、姉はあまり乗り気でないようだ。

「バカね、私たちの目的は(降天菊花)よ。

 わざわざ自分たちで汗かいて探す必要はないわ。」


 蜂谷薫は、遠くなっていく一行の後ろ姿を見ながら笑みを浮かべた。

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