第16話 開戦 伊賀vs甲賀
湯上りの男性陣が、ガラガラのVIPルームでリクライニングチェアに座って寛いでいると、館内着を着た知佐と紗織が手をつないでやってきた。
どうやらトモダチ作戦は成功のようだ。
目が合った知佐が、ウインクをしてくる。
「さぁちゃん、あっち座ろうか。」
上出来だ。
「ちぃちゃん、窓際に座ろうよ!」
(ちぃちゃんだと!?)
ここまで打ち解けるとは、予想外だ。
こっちが愛称で呼ぶのと、向こうから愛称で呼んでもらうのとでは、ハードルの高さが数段違う。
知佐は、相当嬉しいのだろう、はた目にも舞い上がっているのが分かる。
「俺、ちょっとジュース取ってくる、タカは何がいい?」
翔がこっちの親密ぶりをアピールしようと振り返ると、崇継はこめかみを抑えて俯いていた。
「おい、どうした?」
焦って肩を掴もうとする手を知佐に止められる。
「超霊感よ。」
「これが?」
「そう、今、映像を受信してるの。」
あっけに取られて見ていると、突如、崇継が留めていた息を吐き出して青い顔をこちらにあげた。
「何か見えたのか?」
「はい、、、今から共有します、皆さん数珠つなぎに手を合わせてください。」
ダニエル達は怪訝な顔をしたが、知佐に促されて言われたとおりにした。
すると、崇継の手が数珠の先頭にいる翔の手に触れた時、全員の脳裏にイメージが飛び込んできた。
<三つ巴の紋章>に、<朱色の立派な楼門>、背後には<小高い山>が控えている…。
崇継が手を離すと、イメージは消えた。
「今の何やったと?」
ダニエルが驚嘆の声をあげる。
「超霊感は、イメージの共有も出来るのよ。」
「イマのはドコなんだ?」
「それは、分かりません。」
「今見たイメージから場所を推測するしかないわ、どこかの神社なのは間違いないんでしょうけど…。」
「とりあえず、山の麓にある神紋が<三つ巴>の神社を探してみませんか?」
崇継の提案に、レオナルドが、肌身離さず持っているノートパソコンを開き検索を掛ける。
「ダメだ、<三つ巴>の神社なんてソコラ中にアルゾ、モウ少し限定的なジョウホウがナイト。」
翔が気になっていた事を口にする。
「あの<三つ巴>、普通とちょっと違ってなかったか?」
「ソウナノカ?」
「なんか、普通のより長細かったような…。」
「そうだわ、<尾長三つ巴>よ!」
知佐が思い当たったようだ。
早速レオナルドが検索を掛ける。
「タシカに、<三つ巴>ニモ色んな種類がアルヨウダ。
エェット、メジャー所では、ウサジングウがそうだな。」
そう言って、宇佐神宮の画像を検索していたレオナルドの手が止まった。
「ビンゴ!」
画面に表示された宇佐神宮の画像は、まさに先ほど共有したイメージのそれだった。
「ここに、お宝のあるとかね?」
ダニエルは興奮を隠し切れない様子だ。
「それは分かりませんが、何かしら手掛かりはあると…うっ。」
崇継が、再びこめかみに手を当てて俯いた。
「ヒントの追加やろかね?」
どうも違うようだ、先ほどと違い今度は眉間にしわを寄せて苦しそうに見える。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けた翔に、青い顔で崇継が答える。
「逃げましょう、何かが…何かが来ます!」
翔たちは弾かれた様に行動に移った。
館内着のままだった知佐は、同じく館内着の紗織を連れてロッカー室に戻る。
既に着替えを済ませていた翔たちは、知佐たちが着替えを済ませる間に、一足先に会計を済ませた。
ダニエルたちが車を停めたのは翔とは違うブロックだったので、エントランスで二手に別れる。
ザ・ビートル・カブリオレの所に戻った翔と崇継の前に、二人組の黒スーツの男がゆっくりとした足取りで近づいてくる。
男達の手は懐に入れられたままだ。
「破刻の瞳。」
相手が何者か敵なのかさえ分からなかったが、そんな事には構っていられない。
術を掛けて相手の時間を奪うと、視線を外さないまま近づいて胸のポケットを探った。
「さて、お前らは、悪者か、ただの柄の悪いビジネスマンか…。」
翔の手に、固く冷たい鉄の手触りがある。
サイレンサー付きのジグ・ザウエルだ。
もう片方の男のポケットからも同じものが出て来た。
「決まりだな。」
動けない男たちにそう呟くと、銃把をこめかみに叩きつけて昏倒させる。
男達の身元を探ろうとしゃがみ込んだ背中に、女の声が飛びこんできた。
「なんや、けったいな術やな。」
不意を衝かれた翔は、とっさに崇継の方に身を翻し、声の主と正対した。
目の前の女は、小柄だがいわゆる男好きのする身体を持っている。
年のころは二十代後半だろうか、良く日焼けした浅黒い肌にコケティッシュな顔は、好みが分かれるが、概ね翔の好みと言えた。
ゴムまりの様な弾力を伺わせる肢体は、危険なフェロモンを放っている。
ボタッとした黒のワンピースの上からでも分かるバストの盛り上がりは、充分に暴力的だ。
「自分、伊賀モンやろ?」
「お前は、甲賀か?」
お互い答えないが、それは既に答えたようなものだ。
「昨日の刺客を殺ったんも、自分やな?」
「さぁな、だが、お前を地面に這いつくばらせるのは俺だ!」
「はんっ、えらい威勢ええけど、自分の術は効かへんで!」
どこまで気付いているのか、女は目を合わせようとしない。
だが、それならそれで問題はない。
相手の動きも確認せずに戦闘などできっこない、向こうがこちらに目を向けないのなら、こちらが圧倒的に有利だ。
「けったいなモン見せてくれたお礼に、えぇもん見せたるわ。」
そう言って女が取り出したものは、野球ボール位の大きさの玉と、一行を出迎えてくれたあの人懐こい子猫の死がいだった。
「お前、何を!」
その言葉を発する間もなく、女が手に持っていた何かを地面に投げつけると、煙のドームが翔たちの周りを包み込んでしまった。