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第15話 急襲

 ドアをけ破った犬山たち三人は、懐からサイレンサー付きのベレッタM9を取り出し、警戒しながら中に踏み込む。

 右手の部屋のドアを蹴り、中に侵入した蜂谷攻が声を上げる。

「ベッドルーム、クリア。」


 左手の部屋からは犬山の声が響いてくる。

「応接室、クリア。」


 蜂谷薫が緊張の色を解きながら、失望したように答える。

「もぬけの殻ね。」


「おっさんの鼻もアテにならねぇな。」

 蜂谷攻から嫌味を浴びせられた犬山の鼻は、獣の鼻に戻っていた。

 犬のようにクンクンと匂いを嗅ぎ回ると、窓の外を指さす。


「あっちだ。」

 蜂谷薫が、窓に駆け寄って外を見ると、そこは駐車場になっていた。


「車で逃げたって訳?」

「で?おっさんは車の中の匂いも追えるのか?」


「それは無理だ。」

 犬山の目に、一瞬憎しみの様なモノが浮かんだが、すぐにそれを消し去った。

「だが、手はある。」


「どんな?」

 蜂谷薫のいら立ったような質問を無視して犬山が続ける。

「ただし、ここからは別行動だ。」


「はぁ?」

 蜂谷攻は不満の声を上げた。

「説明してちょうだい。」

「お前たちの術は追跡向きではなかろう? 動かせる部下もいない…違うか?」

 その通りであった、蜂谷姉弟の術は純然たる戦闘用だ。


 しかも…


「俺には追跡向きの部下がいる。」

 犬山の言葉に、蜂谷薫はいら立ちを露わにした。


 本来、甲賀の血筋で言えば、本流は<()()()>だ。

 だが、長い衰退の歴史の中で、<()()>の名は落ちぶれ、歴史書の中に出てくる昔は偉かった人と同義となってしまい、その代わりに、金策に長けた<犬山家>がいつの間にか甲賀の残党を統べる立場になってしまった。

 面と向かっては一応の敬意を示しているが、本人が居ない所では蜂谷姉弟の事を<()()()()()()>と呼んで公然と蔑んでいる。


 忸怩(じくじ)たる思いを、意志の力で抑え込んでどうにか言葉を返した。

「分かったわ。」

 その返事を聞くと、犬山は鼻を鳴らして出て行った。


「いいのかよ、姉貴。」

 怒りをぶつけてくる弟に対して、怒りに満ちた目で妖艶な微笑みを浮かべた。

「尾けるわよ。」



 ***********


 筑紫野バイパス沿いにある温泉施設アマンディは、和風の落ち着いた空間とバリ風のゴージャスな空間を持つ日帰り温泉である。

 崇継と紗織の幼い兄妹には、精神を解放してやる時間と空間が必要だと判断した翔が、おはようの挨拶もそこそこに、半ば無理やり連れてきたのだ。


 昨日の話では、今日から「()()」と呼ぶつもりだったが、いざその時になると、なかなか呼びつけない。

 知佐も車中では、ついに「()()()」のままだった。

 温泉の解放感が手伝ってくれることを期待して受付を済ます。

 施設のカレンダーでは、今週は男性が和風風呂で、女性がバリ風だ。


(ツイてる。)

 翔はここの和風の露天風呂を気に入っていた。

 清潔感のある広いロッカールームで手早く服を脱ぐと、浴室に入る。

 頭から軽くシャワーを浴びると、崇継を伴って露天風呂に出た。


 出た正面に、広々とした大型浴槽があり、奥には寝湯もできるスペースが付いている。

 普通の温浴施設ではこれでお終いだが、ここにはまだ先がある。

 左手の石段を十段ほど登ると、目の前には四~五人が同時に入れる中型岩風呂があった。

 そこにはあいにく先客が居たので素通りして、更に奥に進むと、突き当りには個人用の岩風呂が三つ鎮座している。

 露天の解放感を味わいながらもパーソナルスペースを確保できる、この岩風呂が翔の一番のお気に入りだ。


 都合よく三つとも空いていたので、自分は一番手前に入り、崇継はその隣に入らせた。

 お湯が体に染み入り、こびりついた疲れを溶かしてくれるようだ。

 崇継の方を見ると、出会ってからこれまで見たことのない位リラックスした表情でお湯に浸かっている。


()()!」

 頃合いを見て、思い切って呼んでみた。

 崇継は、驚きとも戸惑いとも言えないような表情でこちらを見ているが、拒否はされていないようだ。


「俺の事はどれくらい知ってるんだ?その…超霊感ってやつで。」

「超霊感で分かったのは、顔と名前、あと…、暖かいイメージだけでした。」


「じゃあ、俺の事を話していいか?」

「はい、ぜひ聞かせてください。」


 翔は、これまでの人生の事、忍術修行の事、夢破れた後の落ちぶれた人生の事も含めてすべて話した。

 そして、最後にこう付け加える。


「タカ、俺はお前と友達になりたいと思ってる。」

 我ながら恥ずかしいセリフだ。

 崇継も驚いたようだが、やがて、照れたような笑顔で頷く崇継を見て、素直に嬉しかった。

 人に受け入れられるという感覚は、人の心をこんなにも暖かくするものなのだ。


「ありがとう。」

 そう言うと、崇継は照れ隠しなのか、バシャバシャと顔を洗った。

 それからしばらく無言のまま余韻に浸っていたが、翔の方から切り出した。

「友達として聞くけど、タカはこれからどうしたいんだ?」


「分かりません。」

 素直な回答だ。


 突然、見たこともないお宝のせいで、父親は殺されて、自分は賊に狙われて遠く離れた福岡の地に居る。


「翔さんならどうしますか?」


 自分ならどうするだろう?

 実は、昨日、翔も寝しなに考えてみた。

 しかし、そもそも境遇が違いすぎて自分に置き換えることすら困難だ。


 でも…


「そうだな、俺ならその(降天菊花)ってヤツは見てみたい。」

 崇継は曇りのない眼差しでこちらを見ている。

「自分の人生を変えたモノはどんなモノなのか、見たこともないんじゃ寝覚めが悪いからな。」


「そうですね!」

 崇継は迷いが晴れたような爽やかな笑顔で同意した。

「よし、上がるか。」


 内風呂に戻ろうとしていると、中型浴槽から声が飛んできた。

「もう話しは済んだとね?」

 声の主は、ダニエルとレオナルドだった。

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