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第14話 狂犬と仔猫

2019年(平成31年)4月7日

 ~福岡~


 博多港に面したサンセットパークにみずみずしい朝日が差し込み、胸を打つように鮮やかな黄金色(こがねいろ)の朝焼けが、一日の始まりを後押しする。

 そんな朝の光景に似つかわしくない、ダークグレーのスーツに身を包んだ人影が三つ。


「ここで間違いないようだな。」

 犬山が鼻を鳴らしながら口を開く。


「警察手帳持ったままだったってんだろ?とんだ間抜けだぜ。」

 蜂谷(こう)が悪態をつく。


「持ってたのは表の方だけって話よ。」

 蜂谷(かおる)が答える。


 昨日の朝の事だ。

降天菊花(こうてんきくか))に繋がる情報を待っていた三人は、みかど様の代理を名乗る男から、福岡で例の子どもを発見したとの知らせを受けた。

 捉えて移送するよう願い出たが、その後一向に連絡が来ない。

 夜になってようやく、みかど様の代理を名乗る男から連絡が来た。


「子ども達には逃げられた。」

「は?」

 電話に出た蜂谷攻は、不機嫌さを隠せない。


「代わりなさい。」

 蜂谷薫は電話を受け取ると、努めて冷静に事の次第を確認する。


 その内容はこうだ。

 子ども達の行方を捜していた組織の人間が、捉えようとするも、何者かの邪魔が入って任務に失敗し、身元が露見(ろけん)するのを恐れて命を絶った。

 組織の上の方は、後始末に忙しくてこちらへの連絡が遅れたそうだ。

 もちろん、邪魔した奴が何者か、その人数も、子どもたちの行方も分からずじまいという。


(間抜け共が!)

 蜂谷薫は、怒鳴りつけたい衝動を抑えるのに精一杯だ。


「みかど様からのご伝言だ。」

 <みかど様>の言葉に背筋がピリッとする。


「甲賀組は、福岡に向かい、速やかにご子息を確保せよ。」

「むろんだっ!」


 そして、深夜の高速を飛ばして朝一で福岡に着いたのだ。

 夜なか中ハンドルを握っていた蜂谷攻の目には、朝日は()みるのだろう、迷惑そうに眼をそむけている。


「そこのはずよ。」


 櫛田(くしだ)神社浜宮(はまみや)の小さな境内にある馬の像の足元あたりを指さす。

 知佐たちを襲った暴漢が命を落とした場所だ。

 よく見ると、足元の辺りには血の跡が残っていた。


「おっさん、本当にできんのかよ?」

 蜂谷攻が、嫌疑(けんぎ)の眼差しで犬山を見る。


 犬山は、蜂谷攻の挑発を聞き流すと、血の跡を見つめて意識を集中し始めた。

獣身(じゅうしん)顕彰(けんしょう)。」


 すると、驚いた事に犬山の鼻と口が、まるで犬のように盛り上がり、興奮した犬のようにハッ、ハッっと息をし始める。

 犬山は、荒い息のまま血の跡に鼻を近づけると匂いを嗅いでいたが、しばらくすると、大きく息を吸って変身を解いた。


「できるの?」

 蜂谷薫の問いかけが耳に入っていないのか、犬山は上を向いて目を閉じ、何かを感じ取ろうとしている、…いや、嗅ぎ取っているのか。


「捉えた。」

 そう言って目を向けた先には冷泉公園がある。


「マジかよ、やるじゃん、おっさん。」

 蜂谷攻の冷やかしを無視して歩き出す。


「こっちだ、付いて来い。」

 通勤ラッシュは既に終わっていたが、都心の渋滞は慢性的だ。

 車でごった返す那の津通りを渡り、土居通りを通って、昭和通りに出る。

 更に、昭和通りを渡って、そのまま土居通りを進むと、進行方向右手が冷泉公園だ。


 公園の中央辺りで、犬山は立ち止まってもう一度上を向いて匂いに集中する。

「あっちだ。」

 冷泉(れいせん)公園を背にすると、冷泉通りを東に向い、一本目の厨子町(ずしまち)通りを北上すると、古ぼけたビルの前で立ち止まった。

 そのビルの3階の窓には、シルクスクリーン印刷された<()()()()()>の文字が、日に焼けてくすんでいる。


「アレだ。」

 そう言って見上げた犬山の血走った眼は、狂気を(はら)んで鋭い。

 蜂谷姉弟は、不安を抱きながらも犬山の後を追う。

 急角度の階段を登り、3階に到着すると、所々ペンキのハゲたドアが三人を出迎えた。

 蜂谷薫は、そっと押し棒に手をかけたが、鍵が掛かっているようだ。


「獣身顕彰」

 犬山の体が膨れ上がり、巨大な狼のような姿になる。


「お、おい、待て!」

 蜂谷薫の制止も聞かず、犬山は強烈な一撃でドアをけ破った。


***********

 

「きゃぁ、かわいい~!」


 それは、気を失うような強烈な一撃だった。

 ザ・ビートル・カブリオレを駐車場に止め、車から降りると、陽だまりの芝生の上で、人懐い仔猫(こねこ)が背中を地面にこすりつけてゴロゴロしていた。

 知佐と沙織は、(とろ)けるような笑顔を浮かべて仔猫の元に駆け寄ると、おなかの辺りを撫でまわしている。

 女性というものはどうしてこうも猫が好きなのだろうか、大抵の女性は、愛らしい猫に目がない。


 …実は、翔もそうだ。


 猫を飼いたいと本気で思っているが、猫を飼い始めると、今まで女性に持っていた情熱や興味が猫に向いてしまいそうなので、思いとどまっているのだ。

 その分、町で見かけた野良猫には愛情を注ぐようにしている。

 今だって、そうしたいのはヤマヤマだが、二人を差し置いて仔猫を()でる勇気はないし、それだけの分別(ふんべつ)は持ち合わせている。


 二人と一匹は、しばらくキャッキャと騒いでいたが、仔猫の方が飽きたのか、プイと去っていった。

 名残惜しそうに仔猫が去っていった方向を見つめる二人と崇継に、翔は言った。


「さぁ、温泉に入ろう!」

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