第13話 皇宮警察
そもそも、<皇宮警察>という組織自体がややこしい。
<皇宮警察本部>は警察庁の一付属機関であるが、そこに所属する警官は<皇宮護衛官>という官職の国家公務員だ。
もちろん、権限は普通の警察官と何ら変わりないのだが、皇居の敷地内にある<皇宮警察学校>で所定のカリキュラムを終了する必要があり、そのカリキュラムは和歌や茶道から乗馬まで多岐に及ぶ。
特務課については、更にその中から特別に選抜されて、その任に就く。
「じゃあ、裏の皇宮警察の全貌を知ってる人間は一人も居ないって事なのか?」
「いいえ、一人居るわ、皇宮警察本部長よ。」
「九条は、その人の事は知ってるの?」
「…本部長の名前は、九条 晃…、私の父よ。」
知佐は、ためらいがちに目を伏せた後、言葉を続けた。
「ともかく、南朝の件は、普通の皇宮護衛官は知らないはずよ。」
「そしたら、そん普通の皇宮護衛官が来たっちゅう事は…。」
ダニエルが言いたい事は分かる、表の皇室関係者の仕業と言いたいのだ。
だが、こんなヤバい仕事の時に手帳を持ち歩くような間の抜けた事をするだろうか?
ともかく、少ない情報で先入観を植え付けるのは危険だ。
ましてや、知佐たち三人は逃亡生活で疲れ切って、判断力が鈍っている。
「トモカク、そんな物騒なモノなら悪党の手には渡せナイナ。」
「そげんばい、こっちが先に見つけてやらな!」
重苦しい空気を察してか、レオナルドとダニエルは努めて明るい言葉を掛けてくれた。
「とにかく、今は情報収集だ、頼むよ、レオ!」
こういう時にレオナルドの情報収集能力は役に立つ。
「ヨシ、一旦解散ダナ!」
「そんなら、俺は仕込みばするバイ! 紗織ちゃん、後でラーメン食べにこんね!」
「はい!」
満面の笑顔で手を振る紗織に見送られて、二人は事務所を後にした。
「逃亡生活で疲れただろ、少し横になって休むといい。」
ベッドルームに折り畳みの簡易ベッドを運んで、二人分の寝床を用意すると、紗織と崇継を床につかせた。
よっぽど疲れていたのか、二人とも5分もしないうちに安らかな寝息を立てる。
知佐はと言えば、大きいソファに深く腰掛けてウトウトと船を漕いでいた。
翔は、窓際に佇んで、ため込んでいた息をフーッと大きく吐き出す。
知佐たちの話を聞いても、謎が増えただけだったが、やる事ははっきりしている。
(あの子たち…)
翔は、ベッドルームですやすやと眠っている幼い兄妹の事を想う。
あんな小さい子たちに、神様はなんて重いものを背負わせるんだ。
いや、日本の正史だと、あの子たちこそが神の末裔か…。
(そんな事はどうでもいい!)
翔はある決意を固めると、すっかり冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干した。
そんな翔の様子を、いつ目覚めたのか、知佐がニコニコと見つめている。
「九条、話があるんだけど。」
そう言うと、知佐の隣に腰かけた。
「うん?」
「あの子たちの事なんだけど。」
「うん。」
「あんな重荷を背負わせて大丈夫か?」
「それは私も気になってたの…、だから私がお支えしなきゃって。」
知佐も二人の精神状態が気になってはいたようだ。
「違うと思うよ。」
「え?」
知佐の目に不審の光が宿る。
「今のあの子たちに必要なのは、従者じゃなくて、同じ目線で理解してあげる事…友達なんじゃないかな。」
翔の言葉に、知佐は胸を衝かれたようで、不審の光は既にない。
「お前がなるんだよ、友達に。」
「私が!?」
「俺はなるぞ、あの子たちが目を覚ましたらもう友達だ。」
「そんな簡単に…。」
「簡単じゃないけど、やらなきゃなんないだろ?」
「そうだけど…。」
「俺は崇継くん事は<タカ>って呼ぶから、九条は紗織ちゃんの事を<さぁちゃん>って呼べよ。」
「はあぁぁっ? 私が紗織様の事を<さぁちゃん>だと!?」
「あの子たちが心配なんだろ!」
知佐はブツブツ言いながら考えこんでいる。
やがて、顔を上げるとまだ混乱しながらも答えた。
「わ、分かった、やってみる。 で、でも、タイミングは私に任せて欲しい。」
「その意気だ。」
翔は、弾けるような笑顔で、知佐の肩を軽くポンと叩く。
混乱で強張っていた知佐の表情が緩み、笑顔を浮かべる。
「翔くん、ほんとありがとね。」
しみじみと感謝の言葉を述べる。
「タカ…崇継くんと、さ、さ、さ、さぁちゃんの事、こんなにも真剣に考えてくれて。」
翔は噴き出しそうだったが我慢した。
「あの子たちはいい子だもん、力になってやらなきゃ。」
「そうね、ほんとにいい子よ。」
「あんな子どもだったら何人でも欲しいな。」
「私も…。」
そう言いながら、翔の肩に頭を乗せて来る。
知佐の方に顔を向けると、知佐もこちらを見つめていた。
二人の距離が近づき、お互いの唇が求め合うように重なる。
(ガチャ)
飛び跳ねる様に体を離して、物音がした方を向くと、紗織が寝ぼけ眼をこすりながら歩いてきた。
「トイレ…。」
まだ寝ぼけているようだ。
知佐が笑いながら肩を抱いてトイレまで誘導する。
そのうしろ姿を見守りながら、翔は自分が青春の全てを犠牲にして得た技術を使う時が来た事を感じていた。