第12話 第四の神器
「多少、説明不足だけど、まぁ、概ね合格ね。」
知佐は、説明のバトンを受け取った。
「足利義満が南朝を説得したネタは、二つよ。
まずは、南北に別れていた期間、正当な皇統は吉野の南朝だったと認める事。
次に、その上で皇位を(三種の神器)と共に北朝に譲り、以降は南・北交互に皇位を継承する事。」
「カマクラ時代に戻ったワケダナ。」
「でも、そうはならなかったの。
義満は約束を反故にし、南朝はそれ以降、皇位を継ぐ事もなく、後南朝4代・西陣南帝を最後に歴史から姿を消したわ。」
「それは表の歴史だろ?」
「そうね、実際には南朝の皇統は、後南朝とは別に連綿と受け継がれてきたの。」
知佐は、崇継の方にチラッと視線を投げる。
崇継は、物憂げに思案していたが、意を決したように話し始めた。
「父からは、南朝は<知>に秀で、北朝は<魅>に秀でた血筋だと聞きました。
だから、権威の象徴である天皇の役割は、北朝にこそ相応しいものだとご先祖様は判断して、南朝はその<知>の力で歴代の天皇を影から助けるために、自らは表舞台から身を引いた。と、聞いています。」
知佐が補足する。
「超霊感の力は、南朝の血筋にしか発現しないのよ。」
「正当血脈っちゅうコツかね?」
「正当かどうかは関係ありませんよ。
ただ、そういう宿命を持って生まれてくるというだけです。」
すかさず、崇継が嗜めた。
「でも、さっきの話だと、超霊感って南朝なら誰でも持ってるって訳じゃないんだろ?」
翔が、疑問を差し挟む。
「そうです、僕にしても意識して使えるわけではないので…。」
崇継は、もどかしそうに頭を振った。
「ここから先は、私もここまで逃げてくる間に聞いたんだけど。」
知佐が、軽く前置きして話し始めた。
「さっき、三種の神器が天皇家の皇位継承の証って話してたわよね?」
「したけど…違うのか?」
「違わないわ、それは正解。」
「じゃあ、何だよ。」
「でも、本当はもう一つあるのよ、南朝の<知>を司る英知の証、南朝系の皇位継承の証である第四の神器が。」
「何だと!?」
翔と、ダニエル、レオナルドは仰天した。
四つ目の神器だと?そんな話は初耳だ。
「デ、キミはソレを持ってるノカ?」
レオナルドが興奮した様子で食いつく。
「ここにはないわ。」
レオナルドは残念そうに肩をすくめた。
「崇継くんは、見たことはあるのかい?」
「いいえ、父も恐らく本物は見たことはないはずです。
僕が知ってるのは(降天菊花)という名前と、翡翠だという事だけです。」
「それならお爺さんが持っていらっしゃるの?」
「いえ、実際に使うのは皇位継承の儀式の時だけで、普段は別の場所に隠してあるんですよ。
三種の神器も普段は神社に奉納してあるでしょう?」
確かに、三種の神器も普段は別々の場所に保管・奉納されている。
「でも、あっちと違って、(降天菊花)は普段の保管場所は、極秘事項なんですよ。
実際に保管してる人以外で、場所を知ってるのは、お爺さんとお父さんくらい…。」
そこまで言うと崇継は俯いて黙ってしまった。
目からは涙が零れている。
「ほんなら、お父さんば襲った賊ん目当てっちゅうとは…。」
「おそらく…ね。」
「むごかコツばする!クソが!」
ダニエルは、デカイ身体を怒りで震わせている。
「デモ、ソンナ物を闇市場にナガしても買い手がツクカ?」
レオナルドの指摘は尤もだ、背景を知ればなるほど凄いお宝だが、知らなければただの古い翡翠だ。
危険を冒してまで奪う価値があるとは思えない。
かと言って、その背景を語った所で信じる人間は居ないだろう。
「純粋に宝石としてだけの価値ならそうかもね。」
「だけ、じゃないんだな?」
「私も詳しくは知らないの。」
知佐は、いたわりの目を崇継に向ける。
「僕も詳しくは知らないんです。」
崇継は、誤魔化すように涙をぬぐうと更に言葉を続けた。
「でも、一度お爺さんから聞いた事があります。
『(降天菊花)に選ばれた者は、世の理全てを理解する【全知の者】となる。使うべきが使えば大いなる善を為し、誤って使えば大いなる悪を為す』…と。」
「ツマリ、特殊なチカラを秘めたヒホウだという事カ。」
翔は困った様に頭を掻いた。
「そんなもんが賊の手に渡って、この世界は大丈夫なのかよ。」
「大丈夫、多分だけど、まだ賊の手には渡ってないわ。」
皆、一斉に知佐の方を向いた。
「殿下はどんな事をされても口を割るようなお方ではないし、私たちに追手が来たのは、殿下から聞き出せなかった証拠だと思う。」
確かに、その説にも一理ある。
「それで、九条は賊の正体に心当たりはないのか?」
本当は<知佐>と名前で呼びたかったが、馴れ馴れしい気がしたので<九条>と呼ぶ事にする。
「残念だけど、見当もつかないわ。」
「でも、今朝襲って来た奴らは皇宮警察の同僚だろ?」
「同僚と言っても、特務課は文字通り特殊なのよ。
表向きは存在しないはずの南朝の方々の警護をするわけだから、表の仕事をしてる普通の護衛官との交流はないの。それどころか、特務課内でも他の係については、顔も名前も知らないわ。」
そう言って目を伏せた知佐の表情には、僅かな陰りがあった。