第2章-4 世界の為の犠牲
「で、次に来る新コンテンツの飛空艇材料をさっさと集めて売れば一儲け出来るって訳! 目星は大体つけてるからそれを先取りするわよ!」
「これ本当に合ってるの? どれも需要なさそうな物ばかりだし、何より僕たちのレベルだとどれもぬるま湯のようなフィールドばかりだよ?」
「いらないものだからこそ需要を増やすのよ! MMOじゃよくあることだから!」
「いいと思いますよ? ここのモンスターたちはあんまり強くありませんから、のんびりできますしね~」
「のんびりはしないの! 昨日の赤字分取り返すためにきびきびと効率よく稼ぐのよ!」
ハールが一階に降りようと階段に差し掛かると、下から言い争う声が聞こえる。
いや、実際に争っているように見えるのは一人だけで、それ以外は呆れている(いる?)ようだった。
「何考えてんだあいつ……」
降りたくないな。そう思うも、降りていかなければセシリの朝ご飯が冷めてしまうので、溜息を欠伸と同時に押し出して階段を降りることにする。
「ハール遅い! 今日は稼ぎ時なんだよ!」
独り相撲ならぬ独り争いをしていたミシェルはハールの遅い登場に噛みついてきた。
「上にまで聞こえてきたぞ。で、何? 飛空艇の素材の先取りか?」
「お。分かってるじゃん! ならハールは」
「それ本当に合ってんのか?」
ミシェルが勝手に同意させかけたのでハールは適当に流し、自身の席にあるベーコンエッグトーストを手に取る。
「合ってるの! 大体のゲームはそうやって経済バランスを取るの!」
「でもここってVRローファンタジーだかんな。現実味を出すとしたら需要の無いもんってとことん需要が無くなって廃れるんじゃないの?」
「ノールみたいなこと言わないでよ!」
既にその考えを持っていた人物がいたようで、ミシェルは名指しでその人物を皮肉る。
一方名指しされたノールはと言うと、上の空で話を聞いていないようだ。
「ネット新聞見てるみたいだな」
NV社が出しているネット新聞。VRローファンタジーだけでなく、ニューセンチュリーは勿論、2000などの他のVRのことも載っている新聞で、フレンドシップ内ではノールがほぼ毎日読んでいて、偶にジョコンドやパオロが見ていることもある。なお、ハールは一度も読んだことが無い。
「言っとくけど、あたしたちは今依頼を選んでいる余裕はない状況なの。簡単な依頼はどこも抑えられてるし、難しい依頼はまだ更新されてもいないんだから残された道は売買のみよ! それなら高い物を集めて売るに越したことは無いわ」
「だから、まだ高いか決まった訳じゃないだろ? もし、必要なかったらまた二束三文だぞ? お前、二束三文になったら全部言い値で買うのか?」
「それは出来ないわよ!」
「なら、今でも需要ありそうな場所に行くぞ。錬成素材か、回復薬の素材とか取った方がいいだろ。ぶっちゃけ、そこならミシェル一人でも狩れるだろ。そこまで言うなら一人で行けよ」
「何よその言い方‼」
ミシェルが机を叩き立ち上がる。よっぽど気に食わなかったのか、机を叩いた衝撃でお皿たちが僅かに浮いた。
「落ち着いてくださいお二人さん」
一触即発の雰囲気の中、割って入る人物がいた。ジョコンドだ。
「ハールさんの言うことは一理あります。ミシェルさんは飛空艇に必要な木材に関して、比較的安価なアカシアの木材が必要と考えておりますが、実際には実装してみなければ分かりません。もしかするとユグドラシルやパオバブの木材が必要になる可能性だってありますからね」
「ちょっと待ってよ! そんな希少な品で飛空艇ができる訳無いじゃん!」
「そもそも飛空艇のサイズが分かんねえだろ。それ以前に木をどれだけ使うかも分かんないし、何よりこの世界じゃ大きさって言う概念が曖昧すぎんだよ」
牛の革二枚で大人が四人位入れるテントが出来るのだから、ハールの言うことは言い得ておかしくはない。もし現実でそんなことが出来るとしたら、かなりでかい牛が必要になる。
「それとミシェルさんは一つのことに固執し過ぎです。先ほどハールさんが仰ったとおり、どれほど木材の使うかは今のところ不明です。それと同様に飛空艇の形も分かっておりません」
「飛空艇って飛行機みたいな奴でしょジョコンド」
それに対してパオロが答える。
「それじゃローファンタジーっぽくないでしょこの世界の飛行艇何だから、海上船みたいに帆で風を受けて進むんでしょ」
ミシェルがパオロの考えを否定する。
「流石にそれじゃ原理的におかしいと思うだろ。せめてモーターとか、エンジンとか加えろよ」
ミシェルの発想を現実味が無いとハールが言う。
「浮かべるなら、風船がいいんじゃないでしょうか~?」
ローファンタジーを超えてただのファンタジー発想のイーが感想を述べる。
「つまりはそういうことです」
皆の意見を聞いてジョコンドは結論を出す。
映像や情報があればこのようなことは起こりえないが、基本的にVRローファンタジーのアップデート情報は公開されずに文字媒体だけの物で告知される。何が起きるのか、どんなことが出来るようになるのか? 何が起こるか分からない現実に沿う。エマージェンシー要素を出来る限り高くしたい為にこのようなやり方をVRファンタジーは意図的にそうしている。だから、ミシェルのように先行投資する人間が生まれるのもおかしくはない。
「どんな形で、どんな素材が必要になるかは実装するまで分かりません。ですから、今はハールさんのように必要な物を揃え、その中でこれは使えるかもしれない品を見つけるのがいいでしょう。メインプランは必要物資。サブプランは飛空艇に加わりそうな物を見つけるために冒険に向かわれる方が」
「残念だが、そのプランは必要なさそうだ」
誰もが納得のいく考えをまとまろうとしていたのに、今まで円の外にいたノールがジョコンドの案を否定した。
「何やら、よからぬことが起きたようですね」
ハールとミシェルのような言い合いが起きる可能性もあったが、そこは最高齢同士、醜い争いを始める所か、相手の言わんとしていることを瞬時に汲み取ったジョコンドが聞き返す。
「新聞見ろ。異常だ」
「ふむ」
直接その理由を告げずに、新聞を見るように告げる。
年齢の割に体格の良いジョコンドが椅子に身を預けると、木が強く軋む。
先ほどまでのノールのように言葉を発せず上の空状態になったジョコンドから会話が無くなった為、ハールの口先はノールに向けられた。
「一体何があったんだ」
「ネット新聞を見れば分かる」
「俺見たことねえんだ」
「あたしなんて見かたすら分かんないわよ」
「ったく、最近の若造が。いいか聞き逃すんじゃ――いや、聞き逃す訳ねえなこりゃ」
ノールはハールとミシェルを見て訂正した。長年の付き合い故に、彼らがどれだけこのVRローファンタジーを愛しているか理解しているからだ。
「飛空艇のアップデートは延期だ。それも無期限のな」