第2章-2 世界の為の犠牲
その日の夜。
例の事故の結果を引き下げ、場所をVR内にあるNV社のシークレットルームに移した。
「一体どういった理由で集められたんだ?」
「説明を求む」
各地域のVR管理施設の代表、並びにVRカプセル作成の指揮を執っている者など、端に座れば端の人の顔が視力1.5でも分からないほどの長机が埋まるほどの人が集まった。
「既に皆さんに連絡した通り、本日カンボジア支部でのVR移住作業の際に部屋にトラブルが発生しました」
一番前の席で多くの関係者たちと対面するように座る社長の横で、今回問題が起きたカンボジア支部の重役が早急に作り上げた資料を読み上げる。
「それについてだが、単に脳波トラブルがあったわけじゃないのか?」
誰もが始めに疑う論点を一人が突いてくる。
しかし、それは既に現場で結論が出されていた。
「脳波への異常は無かったと思われます。問題があったのは、VR世界の方です」
「VRの方の問題? バグでも見つかったのか?」
説明した途端に送られてきた質問。カンボジア支部の重役はそれにも首を横に振った。
「現在のVRなら簡単なバグくらいはVR内のAIによって簡単に処置できます。ですが、今回の問題はそれでは対処できないのです」
動物が軽い怪我をした際、白血球が頑張って体の修復をするように、VR内にもシステムの損傷、所謂バグが発生した場合それを直す白血球のようなシステムが随分と昔に導入されていた。
だから、こんな集まりはここ数年起きることなく、ここに集った人たちもAIに頼りっきりで年中バカンスを楽しんでいた。そんな夢をぶち壊す準備が、カンボジア支部重役の資料に出来上がっていた。
「単刀直入にお伝えします。容量不足です」
「何だと⁉ こんなに早くか⁉」
「まだ100年以上はもつだろうと言われていたのに」
衝撃の一言だったのは、場の騒然する様でよく分かる。
VRの可能性は無限大。
そんなキャッチコピーを出した過去を改めたいと思う時がこんなに早く来るとは誰も思ってはいなかったのだろう。
VRで再現するのにお金は必要ない。
けど、VRを起動するには電力とハードディスクが必要となる。今問題になっているのは後者だ。
「なら、新しい筐体を作るのか?」
「それは出来ない。今の筐体全てを維持するだけでも、400年しかもたない」
単純な解決策が生まれた瞬間、VRカプセル作成をする担当が答える。
「まさか2170年代に薦められた月に鉱物を採取しに行く計画が、時を超えて今持ち出されそうになるとは……」
機械を作る為の鉱物が枯渇した時代、月には大量の鉱物が眠っていると言う事実から月まで鉱物を取りに行く計画が出された位だった。生活を豊かにするために月を消す気か⁉ と騒がれたのが懐かしい位時代は変わったのというのに。
「そこで今回集まってくれたのは、今後のVR世界をどうするかについての議論です」
大きな問題に直面したことを理解してくれたのを確認して、議題を発表する。
「対応策の一つ。先程も出ましたが、新しい筐体を増やす方法なのですが、これについてはいかがでしょうか?」
カンボジア支部の重役は読み上げると同時にVRカプセル製作の担当者に目を向ける。もう答えが出来ているのは分かっている、が。
「作ることは可能性です。一台作るごとに全体の寿命が縮むことを理解してください」
「そもそも後何台作るべきなんだ?」
「スパコン一台につき、VRカプセルが50台作れます。とは言いますが、それではその場しのぎにしかなりませんね」
カンボジア支部に新しく移住する人は50人だが、全世界にはまだVRに移住できてなく、VRに移住したいと言う人は数多くいる。
今や世界の人口は210億人。
1%が残っていたとしても2.1億人。0.99%追加して99.99%移住していたとしても210万人もの人が残されている。それだけの人をVRに移住するとなると、ハイスペックなスパコンが後4万2千台必要となる。
そして、それを作れば作るほど全体の寿命が減ってしまう。
「ならもう一つの対応策と言うのは、VRへの移住者を減らすことか?」
「そんなことできる訳がないだろう! まだVRへ移住したい人がどれだけいると思ってるんだ?」
「VR移住を希望している人が働いている先は鉱石採取や風力、太陽光発電所が多いです。もし彼らがその話を聞いてストライキを起こせばNV社にとっては大打撃になりかねん」
必然的に生まれたもう一つの答えに対しては批判的な声ばかりが上がる。
「それについては難しいでしょう」
そうなるのは既に分かっていたのか、移住者を減らすと言う考えはこれ以上話を続ける気が無いことを告げる。
「ですので、もう一つの対応策は、VRシステムの容量を開けることだ」
「容量を開ける……だと?」
「そうです。その空いたスペースに新しい部屋を作るのです」
確かにそれを作ることが出来れば、ハードを増やすこともなく移住者を迎えることが出来る。
「では、聞くが。どうやってその場所を作るんだ?」
どうやってその場所を作る?
誰もが気になることを一人が問いかけた。
「デバッグを行いますその後デフラグによって纏まった場所を作るんです」
デバッグ。それはバグを省くことだ。
それによって出来た隙間をデフラグと言うフォルダとフォルダの僅かな隙間を少しずつ寄せていく手段を使って大きな隙間を生み出すということだ。
「そんなものは随時行われているだろ。今更そんな大きなバグなど存在する訳がない。塵の寄せ集めで50人分の空きが出来たとしても、次は無いぞ?」
先述したようにVR内の簡単なバグはAIで処理することが出来る。あったとしても壁に蟻が通れるほどの小さな穴が出来ていたとか、机が0,1度くらい傾いている程度の誤差程度の物しか見つからないだろうし、AIが見つけらなかったものを人間が探し出すのは到底難しい。
「確かに、大きなものが無ければ隙間など生まれません。ですから、大きな物で不要な物を探しましょう」
「不要な物、だと?」
「これを見てください」
会議場中央にあるホログラムシステムが一つの映像を浮かばせる。
「これはVR2000のとある施設です」
古き良き高度経済成長時代のVR。基本的に働かなくてもいいセンチュリーと違い、2000では未だに働いている人が数多くいる。働くことで収益を得て、それで贅沢をしたり、家庭を築いたりすることに喜びを感じている人たちに向けて作られたのが、2000だ。
その2000内にある路地。
色とりどりのネオンと黒いスーツの男、派手派手しいドレスと豊満な肉体美を露出した女たち。所謂風俗街だ。
「VR2000の統計では、この区画の使用率は年に僅か0,8%。使用率が異常に低いのは、VR2000の利用者が真面目な人が多いことが原因であると思われます」
2000年代において稼いだ金で酒と女に溺れることは一種の贅沢だった。それを踏まえてVR2000にもヒューマノイドたちによる風俗街を取り入れたのだが、蓋を開けてみれば御覧の通りの閑古鳥。
「この区画で使用している容量はおおよそ890テラバイトにもなります。これだけの容量があれば、20人分の部屋を作ることが可能でしょう」
そこまで聞いて、参加者全員が言いたいことを理解した。これはデバッグではない。断捨離だ。
VRセンチュリーには基本的に要らない所はない。
VR2000のようにこの場所がずっと風俗街と言うわけではなく、日付、日時が変わればそこは遊園地にもなるし、アイドルコンサートのドームにもなるし、競技大会が行われるトラックにもなる。
必要な物を必要な時に作りあげ、不要になったら更地に戻す。
USBの保存、開く、削除のような原理で必要最低限の容量しか使わないのがVRセンチュリーだ。
「でも、それでは批判が生まれないか?」
「確かに0.8%の使用者には辛辣な言葉を受けるかもしれない。が、もはやそう言っていられない時期が来てしまった。もし必要ならば別の物を作るか、VRセンチュリーに移ってもらうしかない」
貯めたお金で豪遊するのが好きな人でなければ、金を使わずに永遠に豪遊できるVRセンチュリーはまさに天国のような場所だ。始めは抵抗があっても、次第に欲に負けていく可能性は大いにある。
「では、残りの30人も同じような方法でデバッグするのか」
「そうです」
果たしてこれがデバッグと呼べるのか、と言う疑問は余裕を失ったNV社には無かった。
「次はこちらです」
そして次に映し出された世界は、VRローファンタジーだった。