第1章-3 限界の世界
VRローファンタジー内の人間は大きく二種類に分かれる。
プレイヤーとノンプレイヤーキャラだ。
片や実際に生きている人間。
片や0と1の複合体から作られた存在。
異なる種族の恋。と言う認識をすることさえ難しいこの二人。それでも互いに愛しあっていることに、ミシェルの内には常に晴れないモヤモヤが立ち込めていた。
「お前、今年でいくつだ?」
「17」
「なら人生のほぼ半分をここで過ごしてるならわかるだろ? もうこれが当たり前、という次元さえ超えている。自然と言う言葉がしっくり来る世界になったんだ。無論ここだけの話じゃない。ニューセンチュリーだって」
ノールがミシェルを諭していた時だった。
「ん? 終わったか?」
「みたいですね~。お土産は何でしょうか~?」
「旅行じゃないんだからな。それ以前に持ってこれねえしな。それよりそこの二人ベタベタしてる場合じゃねえぞ。セシリ、二名追加だ」
「あ、ぁぁっ、はい!」
甘い世界から抜け出たセシリがシステムから作られた存在とは思えないような困惑を見せて、カタカタ揺らしながら新しい紅茶を用意する。
そうしている間にフレンドシップの拠点に二人の来客が現れる。
「皆ただいまー!」
「ジョコンドただいま帰還しました」
声高々と告げる青年とその一歩後ろを歩く老師が、帰ってきたことを告げる。
「お帰り。パオロとジョコンド」
「二人がいない間にちょっと依頼をこなしていたぞ。成果はそこまでだったが」
「これ貰えました~」
「…………」
三人は各々に来客に返事をする。そんな中でミシェルは一人口を噤む。これ以上炎上されては溜まったものじゃないからなのだろう。
ギルドフレンドシップのメンバーであるパオロとジョコンドはそんな皆を見て、大体のことを察した。
「そうか。僕とジョコンドがいなかったら前衛を張れるのはハールだけだったね。ごめんねこんな大事な時に」
「坊ちゃま、仕方がありませんよ。定期検査に関しては例え坊ちゃまと言えど例外とはいきませんから」
パオロは馬に乗って戦うパラディンと呼ばれる職で、ジョコンドはガーディアンと言う大きな盾と大きな斧を持った持久戦が得意な職だ。今日はスレーンド墓地地下でハールが前線を張っていたが、防御面に関してはパオロの方が上で、ジョコンドに至っては足元に及ばない程度でしかない。聖職者などの回復職がいなくても卒なく色んな所に旅に出れるのは、偏に彼らのおかげと言える。
普段は相当なことが無ければ参加できる二人が同時にいなかった理由はただ一つ。
ピッ。
謎の追加音が響く。
ただし、それを認識できたのは一人だけだった。
「誰かからメールか」
ハールは自身にだけわかる伝言メールを確認する。
「マジか。今度は俺が定期検査だ」
「あれ? ハールって僕たちの定期検査とそんなに近かった?」
「私の記憶が確かであれば一週間近くは間が空いていたような気がしますが」
ハールの疑問にパオロとジョコンドも同じく疑問の声をあげる。
「とは言っても、しっかり受けとかないとここに戻ってこれなくなっちまうからな……」
諦観したように告げながら、その視線は自然とセシリに向けられた。
戻るべき場所が無くなる。それが意味することは現在の地球では誰もが直面する問題であり、ハールだけが抱える問題ではない。
「ハールさんどこかにお出かけですか?」
「うん。ちょっと……ね。遠いとこへ。でもすぐに戻ってくるよ」
「そうなんだ――絶対に帰ってきてね」
「あぁっ」
ハールは頷き約束する。
そしてハールと言う人間が、この世界から消えた。
◇
「うーっ。サッブ!」
そして、梅田友晴と言う人物が目覚めた。
「全く変わんないな――当たり前だけどな」
冷気伴うVRカプセルの中から沸き上がった体は半年前の、と言うよりもVR内のハールと瓜二つだった。
「そしてここも――あんまり増えてないな」
友晴がVRカプセルから出て周囲を見渡す。そこには友晴が入っていたVRカプセルと同じものが大きな部屋に何百個もあった。
「VRローファンタジー人気ないのかな。いや、ニューセンチュリーが人気すぎるだけか」
ここはNV社(New Vision社)が経営する施設の一つ『VR管理施設東京支部』。ここにはこのようなVRカプセルが設置された部屋が千。その部屋ごとにVRカプセルが約百個近くも置かれている。
身体を氷点下マイナス20度で冷凍保存し、脳だけを活性化したままVRに繋げられた人が、このカプセルの中に漏れることなく一人は入っている。今や人類はこれ無しでは生きられないほど、VRに依存している。
発端は2180年頃にまで遡る。
円運動が基本だった機械が臨機応変に動き、内蔵された情報内だけで対応できていたAIが自己判断できるようになるなど、機械産業はピークを迎えていた。
このままいけば人類は働かずとも安定した生活、食料、環境を手にすることができると信じていた。
が、現実はそう甘くなかった。圧倒的物資不足が直面した。
野菜も酸素も生成するだけの技術はあったが、その装置を作る元となる鉄、金、アルミ、チタンなどを生成する術が、機械、否人類にはなかった。
限られた資源の中で長らく生きるために人類に残された道は妥協と退化だけに見えた。
そんな中で現れたのがVR、仮想世界だ。
起源はオンラインゲームにあり、まるで自身がゲームの主人公になったかのような体験ができることからゲーム業界と言う小さな界隈で名が広まったVR。
それがNV社のVR世界への人類移住計画によって再び注目を浴びることになった。
必要な物資はスパコン並の筐体のみ。機械もAIも必要なもの全てがその中で揃えられる。これ以上高スペック、低コストの物は存在しない代物だと言われた。
勿論抵抗、それ以前に批判もあった。
果たして、それは生きているのか?
本当に安全なのか?
元はゲームと言う考えが、世間一般論としてマイナスイメージを産み出した。それを払拭するためにNV社はVR内の快適な生活の紹介、低コスト故に行い易い体験会、著名人のVR体験談などを駆使してVRを大々的にPRした。
その結果、VRへの移住者は増え、それにともない現実世界の生産性、雇用、生活水準が低下。それによってVRへの移住希望者が更に増加。このループが完成することによって、VR世界はどんどん発展していった。
そして、2200年。新しい世紀へと移るに相応しい時期に、VR『ニューセンチュリー』は世界として認められた。
「ローファンタジーの定期検査は俺だけっぽいか。何でこんな時期に?」
友晴は辺りを見渡し、定期検査が一人だけであることに不信感を募らせた。
VR内での死亡因の99%以上が脳死、それも衰弱死となった。
それでもごくまれに低体温症による複合症やカプセルの不備によって死者が出ることがあった。それを可能な限りゼロにするために、こうやって定期検査が各施設で行われている。
「誰かと間違えたか?」
その可能性も否定出来なかった。確認するために、VRローファンタジー専用の部屋を出る。
「やっと起きたか、友晴」
けど、その可能性は部屋を出ると共に消え去った。
「通りで前の定期検査より早かったわけだ。何だ、親父」